第九話

 子蜘蛛を出しつくし、疲弊している土蜘蛛を三人が取り囲む。あたりには激しい戦いの後が刻まれている。ここまで連戦を重ねてきた三人もそれぞれに疲労もしているし、手傷を負っている。それでもその疲労を超えて余りある気力で、三人はこの戦いに臨んでいた。


 カリンが炎の尾を連続で飛ばし、ツクネが火薬球を投げる。土蜘蛛がそちらに気を取られる隙をついてユキジが斬撃を加える。土蜘蛛が振り上げた爪をユキジが刀で受け、その足を側面からカリンが鬼の手で突き刺す。


 ユキジたちは流れるような連携で土蜘蛛を追い詰める。ずっと三人でやってきたかのように以心伝心で受け攻めを繰り返す。


 気合とともに大上段から振り下ろしたユキジの刀が土蜘蛛の足を切断する。すでに向かって一番手前の二本の足がなくなり、頭部がむき出しとなっている。胴体部分にもいくつか傷がついていて、そこから体液が滲んでいる。


 ……こいつらいったい何なんだ?


 それぞれの力は土蜘蛛に及ばない。だが、三人が連携してまるで一匹の妖怪のように土蜘蛛に襲い掛かる。


 なぜだ? 我は土蜘蛛だぞ


 土蜘蛛は古代より人々や他の妖怪を畏怖させてきた。多くの伝承を各地で作ってきた種族だ。そんな自分が人間と妖怪の童なぞに……土蜘蛛の思考が歪む。


 そんな土蜘蛛の動揺の隙をついてカリンの鬼の手が土蜘蛛の頭部に迫る。かろうじて首を捻り、直撃を避けた鬼の手が土蜘蛛の角を一本叩き折る。


 何か冷たいものを感じる。これは……恐怖だ。まさかそんなはずはない! 今まで数々の妖怪や人間を巣で捉え、捕食してきた。そのものたちがいまわの際に浮かべる表情、それと同じような顔つきを浮かべているのかもしれない。


 これ以上は……


 土蜘蛛は瞬時に人間の姿に戻り、手から代官屋敷の塀に向かって糸を伸ばす。そして、この場から離脱するため一気に糸を縮めた。


「⁉」


 縮む糸を使い空中を疾走していた土蜘蛛の体が真っ二つになる。


「い……と……?」


 半分に分かれた身体が地面に落ちる。


 そこにユキジとカリンが飛び込んでくる。


 カリンが鬼の手で土蜘蛛の下半分を叩き潰し、さらに炎の尾で焼き払う。上半分はユキジが刀を突きさし、白い光と共に消滅する。


「散々、罠を張ってきた奴が最後は糸に気づかんとはな……」


 戦いのさなか、ツクネは庭木の間や塀の部分に黒い鋼線を張りめぐらせていた。月が雲に隠れた闇夜の中では、その鋼線はかぎりなく見えにくい。


 ユキジが一度、刀を振るい、鞘に収める。鞘なりの音が逆にあたりの静けさを強調する。えぐれた地面や崩壊した屋敷の壁だけが先ほどまでの戦いを物語っていた。


ギンの方はうまくいっただろうか? 連れ去られた人々が帰ってきた街では今ごろ大騒ぎが起こっているかもしれない。


「ほな、帰ろうか。ユキちゃん、嬢ちゃん、」


 ツクネの呼びかけにユキジとカリンがうなずく。


 長い夜も終わりを告げようとしていた。

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