第六話

「たぁーまーやぁぁぁー」


 ツクネの肩口から発射された砲弾が代官屋敷へと続く門扉を木っ端みじんに爆破した。あたりには粉塵が立ち込め、粉々になった木片や金属の塊が散乱している。


「どうや、『つくねさんばずぅかぁー改』の威力は! 花火にはちょい早いけど祭りの景気づけになったやろ?」


 ツクネは肩口に担いでいた大筒を地面にごろんと転がす。目の前の粉塵をふり払いながらユキジが代官屋敷の敷地内に歩みを進める。敷地内には正面の母屋の他にもいくつかの蔵があり、母屋の玄関口にたどり着くまでには広い庭を抜けなければならない。


「ツクネさん、少しやりすぎでは……」


「何言うとんのや、ユキちゃん。うちらは囮やからな。できるだけ派手に暴れて、嬢ちゃんらのとこから妖怪たちを引き離さんとな! ほら、ユキちゃんきたで!」


 先程の轟音に加え、緊急の呼び笛も響き渡り、警備にあたっていたものが次々と集まってくる。敷地の中では全く隠す気がないらしい、刀や槍などを持っている警備の者たちはすでに妖怪の姿となっている。


「ツクネさん、ここは一気に駆け抜けましょう」


「あいよ」


 ツクネは右手の指の間に挟んだ火薬玉を妖怪たちに投げつける。炸裂音が四連発で鳴ると同時に爆発が起こる。爆発の粉塵を避けて出てきた妖怪にユキジの抜き胴が決まる。丹田の辺りから背中まで斬り抜くとそのままの勢いで、大きく振りかぶった刀を二匹目の妖怪に振り下ろす。


 蜘蛛の顔をした妖怪は刀の横腹でユキジの斬撃を受け止めた。片膝をついて攻撃を受けている妖怪に対して、ユキジは構わずそのまま上から圧力をかける。肚に力を込め、体重を乗せていく、体勢的にはユキジが有利だ。それに相手は刀の腹で受けている。ユキジの刀の圧で少しずつ妖怪の刀にひびが入る


 もう少し!……さらに力を込めようとするユキジに少し離れたところにいた妖怪が背後から糸のような物を吹き付けようとする。ユキジに向かって伸びていく糸をツクネがいち早く察知した。


 ツクネはユキジと糸を吐いた妖怪の間に入り、籠から傘を取り出して、柄の部分にある突起を押す、すると一瞬のうちに蛇の目傘が開いた。


「ユキちゃん、背中は任しとき!」


 ユキジと背中合わせのツクネが傘で糸を受けきる。


「ありがとうございます、ツクネさん!」


 振り返らず礼を言って、一層、刀に力を込める。先ほどのひびの部分が刀全体に広がり、妖怪の刀が砕けた。すかさずユキジはそのまま一度斬り下げた後、追いうちで喉の辺りに突きを見舞う。


 妖怪が白い光に包まれて消滅する。ユキジは突きからそのままの正眼に構えて目の前の妖怪と対峙する。ひい、ふう、みい……まだ出てくる。一気に屋敷まで突っ切るつもりだったが、そうもいかない。


「ユキちゃん、ええ考えがある! 交代や!」


 ツクネが妖怪の糸を左手に持った蛇の目傘で受けながら、右手で背中の籠の中を探る。籠から何や黒色の球をとりだした。球からは細いひもが出ている。ツクネが反転してユキジの前に立つ。すかさずユキジも反転して、お互いの相手だけを替えて再び背中合わせになる。


 その隙をねらって先ほど糸を吐いてきた妖怪がユキジとの間合いを詰める。妖怪は月牙鏟げつがさんと呼ばれる三日月型の刃のついた槍のような武器を構える。勢いよく突き出した妖怪の鏟をユキジは刀を右下段に下ろし、転身しながらいなす。


 ユキジがそのまま斬撃を加えようとするところに、妖怪は再び口から糸を吐き出す。慌ててユキジは刀を止め、側方に転がりながら、間一髪で糸を躱す。


 再び構えを正眼に戻し、体勢を立て直すユキジ。妖怪は両手を使い、頭の上で月牙鏟を勢いよく回す。風切り音がどんどんと速くなり、二人の間合いが少しずつ詰まる。


 先に動いたのは妖怪の方。遠心力をつけた三日月型の刃をユキジ目がけて振り下ろす。その刃に対して下がるのではなく、あえて前に出て、低い姿勢から振り下ろしきる前の刃を跳ね上げる。そして、がら空きになった胴を真一文字に切り裂く。


 きれいに上半身と下半身に離れた身体がユキジの斬撃の鋭さを物語っていた。ユキジの背中で白く輝き霧散する妖怪。地面にがらんと月牙鏟が転がる。


 残心をしっかりとった後、ユキジがツクネの方を振り返る。ツクネは何を思ったか上空目がけて先ほどの球を投げている。「ツクネさん、何を……」とユキジが言いかけたとき、ツクネはその球から伸びているひもを思いっきり引っ張った。


 上空で黒い球が割れると、そこから大きな網のようなものが飛び出し、妖怪たちに振りそ注ぐ。とりもちのような粘着性のあるのものがつけられているのか、妖怪たちが、もがけばもがくほど、その網から抜け出せない。


「どうや、少しは蜘蛛の巣にかかるやつの気持ちがわかったか?」とツクネが勝ち誇った瞬間、ツクネの左腕に粘着性糸が飛んでくる。ぎりぎりで網を避けていた妖怪がツクネの着物の左腕の部分についている糸を縮める。糸に引っ張られ妖怪の方へ引きずられるツクネ。


「ユキちゃん!」


 ツクネが叫ぶや否や、その妖怪を後ろから唐竹わりに真っ二つにユキジが斬り裂く。


「大丈夫ですか? ツクネさん」


「ああ、助かったわ。ユキちゃん」


 ツクネは糸のついた着物を左肩の部分から破ってその場に捨てる。


「蜘蛛妖怪だけあって、この糸がめんどうやな」


 ツクネはまだ網でもがいている妖怪たちに目をやる。


「まあ、自分らが網にかかってたら、世話ないけどな……」


 ユキジもうなずき、屋敷の建物の方を見る。建物内はまだ騒がしい。時間を置くとまだまだ警備のものが出てきそうだ。


「ツクネさん、先を急ぎましょう」


「ああ、早いとこ代官と手代を押さえとこ」


 そう言って二人は屋敷の中に入っていった。

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