第四話

 太陽はもう南を超えている。初夏の日差しが水面に反射して輝いている。日差しのわりに暑さをあまり感じないのは川沿いを吹く風のせいだろうか。


 ユキジがツクネに教えてもらったこの街にたどり着いたのは今朝のことだった。もともと全国を旅する香具師のツクネと違い、ユキジは方向感覚がそれほどすぐれている方ではない。ツクネからは街道沿いをずっと東だといわれていたが、実際にはそんな簡単なものではなかった。


 途中で全然違う村に行くわ、山道で妖怪に襲われるわといろいろな苦労を重ねたが、そんな苦労も船や人の行きかうこの街を見たとき一気に吹き飛んでしまった。


 ユキジにとってもこのような商業都市にやってくるのは初めてである。ユキジの幼い頃、ヤシロと共に城下町に住んでいたことがあったが、通りを歩く人の数が桁違いである。


 ユキジもしばらくは珍しい舶来品を取り扱う店などに気をひかれていたが、少し遅めの昼食を取るために入った茶屋から本格的な聞き込みを行う。きれいな舶来品の髪飾りやおいしい団子に気を取られていたが、ユキジがこの街に来た目的は違う。


 ヤシロの行方の手がかりになるようなことはないかと店員や客に話を聞くが、なかなか要領を得ない。しかし、幸い旅の女剣士が珍しいからか、周りはユキジの話を親身に聞いてくれた。


 茶屋のおばさんなどは「大変ねえ、がんばってね」などの励ましの言葉と共に、団子を一つおまけしてくれたし、積み荷を運んできた水夫の男などは聞いてもいない最近の景気の話までしてくれた。


 ヤシロについての手がかりはなかったが、いろいろな人からよく出てきた話題は二つ。一つはこの街で続いているという神隠しについて、もう一つはこの街を治める代官についての悪評だった。


 特に代官の悪評については、これでもかというくらいたくさん聞いた。今の大官に代わってから急に、各地から運ばれる積み荷に対しての税があがったや、少しでも税の支払いが滞るとすぐに捕らえられてしまうなど住人の不満もずいぶんとたまっているらしい。


 これ以上はあまり収穫はなさそうだと、ユキジがそろそろ出発の支度をしている時だった。五人ほどの役人らしき男たちが茶屋に入ってきた。


「昼時は過ぎたのにずいぶんと繁盛しているじゃないか」


 先頭の一番高そうな服装の役人が入ってくるなり、周りを見渡しながら大きな声で叫ぶ。後ろの男たちも随分とガラが悪い。慌てて奥から店主が駆けつける。


「これはこれは、役人様。本日はいかようで?」


 役人の機嫌を損ねないよう気を使いながら店主が尋ねる。さきほど団子をおまけしてくれたおばさんがユキジに「さっき言っていた代官の手代だよ。あんたもにらまれないようにね」と教えてくれた。


「昨日、代官屋敷に忍び込んだ不逞の輩が、街のどこかに潜んでやがるんだ。まさかお前らでかくまったりしていないよな?」


「滅相もございません!」


 すぐに否定した店主の肩に手代が腕を回す。


「そうだよなぁ。きっちりと納めるもん納めている、吉屋の主人が罪人なんかをかくまっている訳ないよな。ただ一応改めさせてもらうぜ」


 手代が合図をすると四人の男たちが店の中を捜索する。ただその捜索の仕方がとても荒い。店の中のあらゆる棚をひっくり返し、それを制そうとした店員を殴りつける。店内は男たちの怒声が響き、騒然とする。


 やがて男たちはユキジの近くにもやってきた。先ほどの店員のおばさんが突きとばされるのを見て、ユキジは黙っていられなくなった。


「もう少しおとなしく調べたらどうなんだ? 店にも迷惑がかかっている」


 ユキジの言葉におばさんは「私はいいのよ」などと慌てて言うが、二人の男がいきり立って詰め寄ってくる。


「なんだお前は? もう一回言ってみろ!」


「……店に迷惑がかかっていると言っているんだ」


 繰り返し述べたユキジの言葉に一人の男が殴りかかろうとするが、そこに手代がやってきて二人の男を「やめておけ」と制する。


「威勢のいいお嬢さんだ。どうやら旅の剣士みたいだが、一応、聞いておこう。代官屋敷に忍び込んだ賊を知らないか?」


「……私は今朝にこの街についたところだ」


「……なるほど」


 そういうと手代はユキジに背を向けて、茶屋の入り口まで戻り、「店主、邪魔したな」と声をかけ出ていこうとする。まわりの男たちも捨て台詞を残して手代に続く。暖簾をくぐりかけた手代が立ち止まり、ユキジの方に向き直した。


「お嬢さん、なかなか腕がたつようだが、この街ではあんまり俺らに逆らわない方が長生きできると思うぜ。あんたも外の奴らみたいにならないように気を付けるんだな」


 手代はそう言い残して店から出る。何やら外が騒がしい。ユキジは慌てて外に飛び出した。すでに人だかりができている。人ごみをかき分けユキジが様子を見ると、数人の男が猿ぐつわをされ、さらに両手を後ろ手に縄につながれ連れていかれるところだった。


 先ほどの手代が人ごみの中にユキジの姿を見つけるとにやりと笑う。


「いいか! よく聞け! この者たちは卑しくもお上に納める税の滞納をする不届きものだ。お上に逆らうとどうなるのか、よく見ておけ!」


 大衆の方へ向け手代がそう叫び、合図をすると手代の配下のまわりの男たちが、つながれた男たちに鞭を打つ。


 蛇のようにしなる鞭が乾いた炸裂音を響かせたかと思うと、後には猿ぐつわをされた男たちのうめき声が聞こえる。男たちは執拗に何度も繰り返し、鞭打つ。周囲の見物人も恐怖で言葉が出ない。


 見物の皆の動きが止まる中、一人の幼い少女が泣きながら前に進み出てきた。


「お願いです。お父を連れて行かんでください。お父が何をしたというんですか」


 少女は手代たちの前まで行き、膝をついて頭を下げながら訴える。手代はそんな頭を下げる少女の前にしゃがみこむ。


「お嬢ちゃん、お父さんはちゃんと決められた税を納めていない罪人なんだよ」


「……でも、今まではこんなに税は高くなかった! そんなにとられたら私たちは生活していけません」


 必死になって訴える少女をよそに手代は配下の男に「おい、こいつらを連れて行け」と命令する。先ほどまで鞭打たれていた男たちの縄が引っ張られ、屋敷の方へ連れて行かれようとする。


 少女は手代に「お願いします! お願いします!」とすがりつく。そんな少女に対して手代は「汚い手で触るな!」と突き飛ばす。突き飛ばされた少女にさらに男たちが蹴りをくらわせ、少女は横腹のあたりを押さえて地面にうずくまる。


 あまりの手代たちの所業に見物人からも「あっ!」と息が漏れるが、同じ目にあうのを恐れて誰も動かない。


 ただ一人、ユキジが我慢の限界を超えて、刀に手をかけ止めに入ろうとする。


「⁉」


 ユキジが男たちに飛び込もうとした瞬間、何者かに後から羽交い絞めにされる。


 結局、少女一人をその場に残し、手代の「行くぞ」の合図とともに少女を蹴った周りの男たちもその場から立ち去る。


 羽交い絞めにされた上に、口もふさがれて、「待て!」というユキジの声も手代たちに届かない。ユキジは口を押えられながらも何とか首を回して後ろを振り返る。


「……ユキちゃん、ここは我慢やで」


「ツクネさん⁉」


 ユキジを抑え込んでいたのはツクネだった。ユキジがツクネを認識するとツクネは拘束を解く。


「ツクネさん、どうして?」


「まあ、待ち。こっちの嬢ちゃんの方が先や」


 ツクネは少女のもとに駆け寄り、砂を払って引き起こす。ユキジも少女の側に駆け寄る。


「どうや? 立てるか?」


 ツクネの声に少女は弱弱しくうなずく。


「どうしよう……お父が……」


 少女はうつむいて涙を流す。そんな少女の肩をツクネは優しく抱いてやる。


「お嬢ちゃん、大丈夫や。お父ちゃんはきっと戻ってくる。うちらが取り返したる、約束や」


 そう言って無理やり、少女の小指と指切りをしたツクネがユキジの方へ向き直す。


「なあ、ユキちゃん、さっきの役人どもを懲らしめるナイスな作戦がうちにはあるんやけど、乗らへん?」

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