第三話
「なるほどな、代官とあの金髪の兄ちゃんがつながっとるとはな」
ギンから今までのいきさつを聞いたツクネが納得したようにうなずく。
「ああ、あんたらの話からすると、たぶん俺の見た妖怪がそのコハクってやつで間違いない。ただ、そいつが元締めであることは確かなんだが、普段、代官屋敷にいるのは別の奴だ」
「別の奴?」
「代官の手足となって動いているのはその下の手代だ。そいつが蜘蛛の妖怪たちを指揮している。きっとあの手代も妖怪が化けているに違いない」
「蜘蛛の妖怪?」
「ああ、俺を襲っていたやつだ。カリンも見ただろ?」
ギンが横で話を聞いていたカリンに話を振った。カリンはこくんとうなずく。
「そやけど、なんで妖怪と代官が手を組んどんのや?」
「いざという時の手駒に妖怪の力を借りたい代官と、実験用に生きた人間が欲しい妖怪の利益が一致したのだろうな。代官はいろんな形で連れ去らってきた人間をしばらく代官屋敷にとどめた後、直接、屋敷に船をまわして、妖怪に引き渡しているんだ」
中州につくられた代官屋敷は裏口に船がつけられるよう設計されている。船にさえ積み込んでしまえばあとは人目につかずに運び出すこともできる。
「ほんで、あんたはどうするつもりなんや? 瓦版を撒くとか言っても、そんなん握りつぶされて終わりやで?」
「わかってる……でも、もし捕まっている人たちを解放して、その人たちと共に瓦版を撒いたら」
「……一気に信憑性はでてくるわな」
ツクネはカリンの方を見る。カリンは二人の話は興味なさそうにそっぽを向いている。ツクネはため息をついて続ける。
「でも、それには妖怪がうじゃうじゃいる代官屋敷に忍び込むってことやろ? それに捕まっている人らを無事に助けだそうと思ったらそれなりの危険が伴う、うちは悪いけど勘弁したいな」
「……」
「どうしても人数いるやろ? もう少し仲間を集めるとかできへんのかいな?」
「いや……やるなら明日の夜だと思っている。次にいつ妖怪に引き渡されてしまうかわからないんだ。ぐずぐずしていたら手遅れになる」
ギンはぐっと拳を握りしめて言った。二人の会話を寝転がりながら背中で聞いていたカリンが振り返らず口出しをする。
「あたしは大暴れができるのならいつでもいい……そいつらがあの雷野郎の仲間ならな」
「あほか! 嬢ちゃんが大暴れしたら捕まってる人らが殺されてまうわ。やるなら隠密潜入になるんやろうけど、それもうちの性に合わん」
ツクネは立ち上がって、ギンの方に向き直す。
「そういう訳で今回は、うちはパスや。ギン、頼んどった件は?」
「……まだ何も有力な情報はない。何かわかればいつもの方法で連絡をいれる」
「そうか、それじゃあ。嬢ちゃんも無理するんやないで」
ツクネは背中を向けたまま手を振る。その背中にギンが声をかける。
「ツクネ! 俺たちは明日の子の刻に代官屋敷に行く。頼む! 手を貸してくれ」
ツクネは振り返らず、無言のままその場を立ち去る。
ギンはツクネが去るのを見届けた後、カリンに目をやる。カリンは相変わらず寝転がったままだ。ギンも無造作に置かれていた木箱に腰を下ろした。ツクネの言葉を思い出してみる。
確かに無謀な作戦かもしれない。神隠しに会った人間を本当に救い出すとしたら正面から突破することは不可能だろう。積み荷を運ぶ運搬船に紛れて代官屋敷の川側の裏口に着けたとしても、応援を呼ばれたら全員を救い出す前に逃げ場を失ってしまうだろう。
手を組み思案しているギンにカリンが声をかける。
「大丈夫だ。あたしは降りるつもりはない。それに……」
「それに?」
「……いや、何でもない」
カリンは言いかけてやめる。カリンはツクネに対する信頼の言葉が出かけた自分に驚き、慌てて話を別の方向に持っていこうとする。
「そういえば、ツクネに頼まれていた件というのは?」
「……ツクネに生き別れた弟がいるって話は聞いたことあるか?」
「ああ」
カリンは以前にツクネから聞いた話を思い出す。
「正確に言うとツクネがまだお前ぐらいの年齢のころに、ツクネの村が妖怪に襲われたらしい。何でもツクネが村から離れている間だったらしいが、ツクネが戻ると村は壊滅状態だったらしいんだ」
「それなら生き別れというより……」
「いや、それが建物やらは壊されているけど、村人の方はけが人一人いなかったらしい。それどころかその村からは誰一人いなくなっていたんだと」
「……連れ去られたという訳か」
「あるいは、うまく逃げおおせたか」
ギンの口調からもその可能性が限りなく低いことがうかがえた。
「俺らのような瓦版屋は仕事柄、全国に情報網があるからな。ツクネの弟探しの手伝いもしているって訳だ」
「……なるほどな。今回の神隠しとツクネの件が関係のある可能性は?」
「何とも言えないな……何しろ十年ほど前のことだ」
そこで会話が途切れ、ギンがそろそろ休もうと声をかける。明日は大仕事になる……目を閉じて休もうと思うがなかなか寝つけない。
瓦版屋は現在の社会のなかで決して高い地位にある仕事ではなかったが、ギンにはギンの矜持がある。代官の悪行は許せない。結局、高ぶった気持ちを抑えることのできないまま朝を迎えることとなった。
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