最終話
「きっとこうなることをどっかで望んどったんかもしらんな、この兄ちゃんは……」
ユキジの側によりながらツクネが声をかけた。
「でも、この後どうするんや? 死んではおらんねやろ?」
「ええ、私の刀は妖怪を倒すものですから……ただ、妖怪と同化していたのでどこまで本人に影響を及ぼすのかわかりません」
ユキジは一度大きく振るってから刀を鞘に納める。妖怪には勝利したがその表情は暗い。
「まあ、どっちがよかったかはわからんな。たぶん、もともとは正義感が強い……いや、強すぎる兄ちゃんのことや、きっと自分を責め続けるんやろな……」
「……」
ツクネの言葉にユキジは黙り込む。いくら妖刀に憑りつかれていて、相手が悪人だったとしてもヒビキが辻斬りを繰り返していた事実は変わらない。きっとヒビキが正気に戻ったのなら、罪の意識にさいなまされ奉行所へ自首するだろう。そうすれば死罪は免れない。
そんなユキジの苦悩をよそに、カリンが地面に刺さった妖刀に近づく。
「おい、そんなことよりこの刀はどうするんだ?」
カリンが漆黒の刀を指さす。
「そやな、また同じような事件起こったら困るし、うちが粉々に壊して……」
「それは困りますね」
ツクネが言い終わる前に、コハクが塀の上から飛び降りて、三人の前に歩いてくる。
「……そういや、まだあんたがおったな」
「その刀はまだ使い道がありましてね……申し訳ありませんが回収させていただきますよ」
「……嫌やと言ったら?」
問いかけるツクネの後ろで、カリンが右手に妖気を込める。ユキジも刀に手をかけて構える。
「ここで戦えばそこで倒れている男の人も巻き添えをくうことになりますよ。私に構うより早く手当てをしてあげた方がいいんじゃないですか?」
そう言ってコハクは刀を回収しようと歩み寄る。カリンが飛び掛かろうとするのをユキジが止めた。
「やめてくれ! ここで戦うとヒビキさんが」
「おい! お前を殺そうとした奴だぞ?」
カリンは信じられないといった表情でユキジを見つめる。そんなカリンにユキジはただ頭を下げる。
「……大切な兄弟子なんだ」
いつもはカリンに突っかかってくるユキジが頭を下げるのを見て、カリンは舌打ちしてそっぽを向く。
「どうやら話はまとまったみたいですね。それでは私は失礼しますよ」
漆黒の刀を地面から抜き、コハクはその場から立ち去りかけたが、しばらく歩くと立ち止まり、思い出したかのようにこちらに戻ってきた。
「そうそう、女剣士さん、先ほどの一撃はお見事でしたよ。ご褒美をあげましょう」
そう言って、コハクはヒビキが倒れているところにしゃがみこみ、人差し指を額のあたりにあてた。
「何をする‼」
ユキジが慌てて止めようとするが、その前に電撃を浴びたのかヒビキの体が跳ね上がる。ユキジは刀を抜き、正眼に構えた。
「貴様、ヒビキさんに何を!」
声を荒げるユキジに対しても、コハクはいつも通りの薄い笑みを浮かべている。
「だから言ったでしょう……ご褒美だって」
「……」
「私は人を使っていろんな実験をしていましてね……脳に一定の電撃を流すことで記憶を破壊することができるんです。約一カ月と言ったところですかね。彼が目覚めたときにはもう自分が鬼だったという記憶もなくなっていると思います」
コハクはヒビキを指さしながら言った。「それでは私はここで……」とその場から立ち去ろうとしたコハクは立ち止まり、ふたたび振り返った。
「そうそう、女剣士さんにもう一ついいことを教えてあげましょう……ヤシロさんは生きていますよ」
「⁉」
コハクから出た意外な言葉にユキジは驚き戸惑う。そんなユキジの反応を楽しむようにニヤリと笑ってから、コハクは踵を返した。
「待て! お前は父の居場所を知っているのか⁉」
慌ててユキジはコハクの背中に問いかけるが、その声は届かない。闇の中にその背中は消えて行ってしまった。十六夜の月は少し傾き始めている。長い長い夜ももうすぐ終わりを迎えようとしていた。
◆
「だ・か・らぁぁぁ、うちのまいけるくんが買いとられへんってどういうことや」
ツクネの声が店先にまで響く。大きな声だが今回は怒声は含まれていない。
「……ですからお客様、からくりの類は当方で扱いできなくなっておりまして」
ヒビキが頭を下げて丁重に謝る。
「ほな、しゃあないな……じゃあ、これならどうや」
ツクネは手絡として使う赤い布を出した。
あれからヒビキは道で倒れていたということにして、ツクネが町医者に運んだ。ツクネはユキジにきちんとヒビキと話すことを勧めた。ユキジもヒビキのことが心配であるし、ちゃんと別れを言いたい気持ちはあった。しかし、ユキジと話すことで万が一でも今回のことを思い出すことがあってはいけないとヒビキと会わずにこの街を立つことを決めた。
「ユキちゃんは、今後どうするつもりなんや?」
「父が生きているとあいつが言っていたので、父を探す旅を続けます。もう少し大きな街へ行ってみようかと」
「そうかいな。はよお父ちゃんみつかるとええな」
「はい! ありがとうございます」
「こっから街道沿いに東へずっといくと、うちらみたいな香具師がよく商売する大きな街があるねん。大きな街にはそれだけ情報も集まりやすい、よかったら一度行ってみ」
「ええ、行ってみます。あの……ツクネさん」
「ん? なんや?」
「これ……ヒビキさんに渡していただけますか?」
ユキジは髪を束ねていた赤い手絡をほどき、ツクネに差し出す。
「ああ、わかった。ちゃんとあの兄ちゃんに渡しとく」
「ありがとうございます。それじゃあ、私は行きます。ツクネさんも元気で。それから……」
ユキジはカリンの方に顔を向ける。
「お前にも世話になった元気でな」
カリンは相変わらずそっぽを向いている。そんなカリンにニッと笑いかけてから、ツクネの方に一礼をしてユキジは歩き出した。
「ほんで、嬢ちゃんはどないするねん?」
「あたしがどうしようとお前には関係ない」
「ええやんか、教えてえな。うちと嬢ちゃんの仲やないの」
「お前とはそんな仲じゃないけどな……あたしはさっきのコハクとかいうやつを追う」
「そうか……あいつかなりやばそうや。気をつけるんやで」
「お前に心配される筋合いはない……それじゃあな」
そうしてカリンも去っていった。
「これは?」
ヒビキは不思議そうに首をかしげる。
「買いとられへんのやったら、兄ちゃんにやるわ」
「えっ⁉」
ヒビキの手に無理やり手絡を握らせる。
「……ありがとうございます。これ……」
ヒビキがその赤い布を見ながら懐かしそうに語る。
「私の妹弟子がつけていたものによく似ています。こう見えて私、剣術をやっていたんですよ。まあ、剣の方かからっきしだったのでこんな商売をやっているんですが……ああ、あいつ元気かな?」
懐かしさにふけるヒビキにツクネが言葉を返す。
「ああ、元気や……きっとその子も元気でやってるわ」
そう言って二人で笑いあった。哭き鬼はもうここにはいない。長い夜を抜けた今日という日にはどこまでも澄み渡る青い青い空が広がっていた。
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