第七話

 次から次へとしつこいやっちゃな! ツクネが指の間に挟んだ火薬球を目の前の魍魎たちに投げつけた。轟音と共に囲みを作っていた魍魎の前で爆発が起こり、あたりに肉片が飛び散る。


 ツクネはさらに追撃をやめない。鋼鉄製の玉すだれを一匹の魍魎の頭部目がけて思い切り打ちおろす。妖怪もとっさに首を傾けて、直撃は避け、肩口のあたりで受ける。


 あたりに鈍い音が響き、確かな手ごたえを感じたが、それでも魍魎は鋭い牙を突きつけようとする。ツクネも体を捻って攻撃を避けようとしたが完全には避けきれず、かすり傷を負う。


 妖怪の中には体自体が頑丈で、ツクネの攻撃が通りにくいものも多くいたが、この魍魎は耐久性は人間とさほど変わらない。そういった意味では以前戦った蛇妖にくらべると、ツクネにとって戦いにくい相手ではなかった。


 ただ、この魍魎は痛覚がないのか、腕がもげようと、半身が真っ二つにされようと頭をつぶされない限りは完全には止まらない。すでに三、四匹を倒したがまだ十近くの魍魎がいる。無理に頭を狙って倒しにかかると、数で来られると押し切られてしまうかもしれない。


 どうやらこのまま足止めしとくのが最善みたいやな……ツクネは懐から透明な小瓶を取り出すと、その中の液体を口に含む。さらに懐から火打石を出して、顔の前で打ち付けながら、口に含んだ液体を霧状に噴出した。


 再びツクネを取り囲む輪を縮めようとしていた魍魎の群れに燃え盛る火炎が吹き付けられる。獣的な本能からか、炎に対しては足を止め、警戒する様子を見せている。その隙にツクネは鋼線つきのクナイを投げ、辺りの塀や木に突き刺す。


 いくつも伸びた鋼線がツクネと魍魎の間に巡らされ、一種の柵のような役割をしている。できるだけ距離を取りながら攻撃を加え、時間をかけながらの持久戦に持ち込むことがツクネの狙いだ。


 一方、カリンは完全に接近戦に持ち込んでいた。最初の何匹かは両手に持った小太刀で無数に切り刻んだが、やはり頭を破壊しないと首だけでも牙を突き立てようと飛んでくる。カリンは小太刀で切り刻むことをあきらめ、鞘に納めた。


 その隙ねらって一匹の魍魎が襲い掛かってくるが、カリンは右手に妖力を込めて相手の頭をつかむ。妖力が込められ、二回りほど大きくなったカリンの鬼の手はそのまま魍魎の頭を握りつぶし、体ごと地面に叩きつけた。


 そのまま魍魎たちの群れに飛び込むと、風のように妖怪たちの間を駆け巡り、鬼の手でつかんでは地面に叩きつけ、つかんでは叩きつけを繰り返した。その様子は地獄で餓鬼たち叩き潰す鬼そのものだ。


 六匹目の魍魎を叩き潰したカリンは塀の上を睨みつける。その視線の先にはコハクがいる。カリンの視線に気づいたコハクは微笑を浮かべる。


「さすがに鬼の子さんは魍魎では相手にならなかったですか」


「そうだな……今度はお前が遊んでくれるんだろ?」


 カリンは炎の尾を出し、コハク目がけて勢いよく飛ばす。カリンから放たれた炎の尾は高速で円を描きながら飛んでいく。コハクはそれを軽々と躱した。だが、カリンもそれを先読みして、空中に躱したコハクのさらに上をとる。そして、大きく振りかぶった右手を思いきり降り下ろす。


 コハクは左腕で防御したがそのまま、お構いなしにカリンはそのまま強引に右手でコハクをつかみ地面に叩きつけようとした。しかし、コハクは防御した左手を軸に反転し、うまく地面との衝突を避け、スッと柔らかく地面に着地する。カリンの右手はそのまま地面をえぐり取り砂ぼこりを巻き上げる。


「いやいや、さすがは鬼の手、すごい力ですね。今のは危なかったです」


 言葉とは裏腹にコハクの表情には余裕が見られる。


「でも……」


 カリンが左肩を押さえ、片膝をつく。


「ダメージはあなたの方がありそうですね」


 コハクが微笑む。カリンの左肩には鋭いもので突き刺したかのような跡があり、そこから血があふれてくる。カリンはそこに妖気を込め、グッと力を入れる。完全に……という訳にはいかないが、傷口はある程度ふさがり、出血が止まった。


「なるほど……血が赤いのは人間のものですが、回復力は完全に妖怪のそれですね」


 まるで実験用の動物について話すかのようにコハクは言った。


「今の一撃……電撃……昨日もそうだった」


 カリンがゆっくりと立ち上がる。


「雷を操る妖怪……雷獣か」


 カリンのつぶやきに対してコハクはしばらく無言だったが、少し考えたような表情を見せた後、自嘲気味に答える。


「ええ……半分はね」


「……半分?」


「私とあなたは同類のような物です。どうです? よかったら私と一緒に来ませんか?」


 コハクがカリンの方へ手を伸ばす。


「別に人間たちに義理があるわけでもないでしょう。」


 カリンは差しのべられた左手を右手の甲のあたりで払いのける。コハクの言うように人間に義理立てする必要はない。ツクネのことは多少気になるが別になれ合うつもりもない。それでも何でだろう? カリンの中にはコハクに対する嫌悪感と怒りが渦巻いていた。


 カリンは右手に力を入れ、鬼の手をコハクに向けて構える。カリンの気迫で大気が震える。そんなカリンの様子を見てコハクが答える。


「……どうやら交渉は決裂のようですね。」


 コハクが言葉を言い終えるや否や、カリンは大きく跳躍して鬼の手を振り下ろす。コハクはそれを涼しげに一歩間合いを外して避ける。間髪入れずにカリンは一歩踏み込み、二発、三発と手刀振りかざすが、コハクには当たらない。すべて紙一重で躱されてしまう。


 空を斬ったカリンの手刀の風圧であたりの建物が切り刻まれる。カリンも攻撃の速度をどんどん上げるが届かない。紙一重で躱された手刀の指先に力を込め、爪をコハクに向かって伸ばすが、それすらも両手の人差し指と親指にはさまれるような形で簡単に防がれてしまった。


「……くっ⁉」


 指先に力を込めるが、コハクに動きを封じられたままビクともしない。それどころか、指先だけで挟んだままカリンを持ち上げ、そのまま塀の上から地面に向かって投げ飛ばす。


「嬢ちゃん‼」


 勢いよく地面に叩きつけられそうになっていたカリンをツクネが受け止める。ツクネも激しく背中を打ちつけたが、なんとかお互い大怪我は免れた。頭に血が上ったカリンはすぐさま飛び起きて、小太刀を抜いてもう一度コハクに向かおうとする。そのカリンの着物を後ろから引っ張ってツクネが制する。


「あかん! 嬢ちゃん!」


 勢いよく飛び出そうとしたカリンの目の前に轟音と共に稲妻が落とされた。一瞬の閃光と同時に地面が激しく削り取られる。ツクネが後ろから引っ張らなければ、まともに直撃していたかもしれない。


 カリンは塀の上のコハクを睨みつける。コハクは相変わらず涼しげな表情で軽く笑みを浮かべている。ツクネがカリンの前に一歩出て、同じようにコハクを見据えながら、語りかける。


「……嬢ちゃん、あかんて! あの兄ちゃんは完全に遊んどる。今の一撃かて、本気で当てようと思ったらいくらでも当てることできたはずや。残念ながら今のうちらじゃ、どうあがいても勝てん。ましてや頭に血がのぼった嬢ちゃんならなおさらや」


「……」


「幸いあの兄ちゃんはうちら自体を直接どうこうするつもりはないらしい……今はこいつらをユキちゃんの邪魔させんことの方が先決や!」


 ツクネが作った鋼線による結界に魍魎たちが群がっている。体が引きちぎられるのもお構いなしに単純な突撃を繰り返している魍魎たちが突破してくるのも時間の問題だろう。


「うちだけじゃ、これだけの数相手するのはきつい……嬢ちゃんも手伝てくれるか?」


 ツクネの言葉が言い終わるとほぼ同時に、一匹の魍魎が結界を破ってツクネに襲い掛かる。カリンは悔しそうな……本当に悔しそうな顔をして、コハクから目を背け、まるで八つ当たりをするようにツクネの前に来た魍魎を小太刀でバラバラに切り裂いた。


「さっさとこいつらを片付けるぞ! ツクネ!」


 張り巡らされたいくつもの鋼線を足場にし、跳躍してカリンが魍魎の群れの中に飛び込む。


「了解や! 嬢ちゃん」


 ツクネも結界の外から火薬玉を投げつけ、カリンをサポートする。その様子を塀の上のコハクが見つめていた。


「なかなかいい連携ですね……それに鬼の子さんも意外と冷静だ」


 カリンとツクネの手によってみるみるうちに魍魎たちが倒されていくが、コハクは手を出すつもりはないらしい。塀の上からただ戦局を見守るのみであった。


「……こちらもいよいよ終局が近づいているようですね」


 コハクはユキジと妖刀に取り込まれてしまったヒビキの方を見てつぶやいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る