第四話

「嬢ちゃん‼」


 ツクネの窮地を救ったのはカリンだった。


「ナイスや! 嬢ちゃん。助かったわ」


「……別にお前を助けた訳じゃない」


 カリンは二刀の小太刀を抜くと改めて鬼面の男の方に構えなおす。


「こいつに借りがあるだけだ」


「……素直じゃないな」


 ツクネは立ち上がってカリンの背中につぶやく。まだ足元はふらつく。鬼面の男も立ち上がり、カリンの方むけて刀を構えていた。


『妖怪の童か、食事の邪魔だ……去ね!』


 刀から低くうなるような声が聞こえる。


「嫌だね! あたしはこないだの続きをやりに来たんだ」


 カリンはそういうと大きく跳躍した。そのまま両手の小太刀を振るう。一撃目は刀で受けられたが間髪入れずに二の太刀、三の太刀と振るう。一太刀ごとに速度の上がるカリンの斬撃を男は受けながらも衝突の際にグッと腰を入れる。


 見た目はカリンが押しているように見えるが、受けの際にタイミングよく押し返されていつの間にかカリンが後退させられている。その攻防の中、カリンは……やっぱりと思う。この体さばき、太刀筋、あいつと似ている。


 いつの間にか攻防が逆転している。衝撃でバランスを崩すカリンに男の斬撃が襲う。その一太刀、一太刀が重い。もちろん妖怪化による力もあるが、それと同時に剣術としても体の使い方がうまい。何撃目かを受けたとき右手の小太刀がはじかれる。


 とっさに後退しながら、空中に跳躍して距離を取ろうとするが、そこに鬼面の男の妖怪化した右腕の刀が伸びてくる。カリンは残った左手の小太刀で受けようとする。しかし、男の刀の勢いに残った小太刀も弾き飛ばされ、今度は先程とは逆側の塀にカリンが叩きつけられる。


「嬢ちゃん‼」


 崩壊したがれきの方に向かってツクネが叫んだ。するとすぐにそこからカリンが飛び出てきた。塀の破片の一部が肩のあたりに食い込み、出血しているが、まだ元気そうなカリンを見てツクネはホッとする。


「嬢ちゃん、大丈夫かいな?」


「……あの野郎。ぶっ殺す!」


 カリンの周りの空気が揺らぐ。カリンを中心に空気が収束していき、炎の尾のような物ができる。カリンが体をひねると、それは輪のようになり、鬼面の男に轟音をたてながら飛んでいった。男を中心に闇夜が炎に照らされる。


 男は迫りくる炎の輪に対して、刀を激しく振るう。風圧で炎の輪に隙間ができて、そこに男は体を滑らせる。炎の輪の一部は先ほど男がぶつかって崩壊したがれきにぶつかり、火柱をあげている。


「あほか! 嬢ちゃん! 街を灰にする気か!」


 ツクネが叫んで、懐から消火剤の詰まったけむり球をそこへ投げようとした。その瞬間にはカリンもすでに大きく跳躍していた。炎を避けるよう体を滑らしてきた男の真上からカリンは鬼の手をフルスイングする。


 鬼面の男はとっさに妖怪化した右腕の前腕部分でカリンの鬼の手を受け止めようとする。しかし、さすがに態勢が悪く地面に思いきり叩きつけられてしまう。カリンはそのまま返す刀で鋭い爪を触手のようになっている部分に食い込ませ、引き裂いてしまった。


 一撃でという訳にはいかないだろうがかなりの手ごたえがあった。カリンは一歩後退して相手の出方を待つ。ツクネもカリンの出した炎の後始末を行いながら横目で様子をうかがう。男の周辺にはカリンが引き裂いた触手が散らばっている。まだ生きているのか、もぞもぞと動いていたがそれもやがて活動が止まる。


 カリンの攻撃でうつぶせに倒れていた男だったが、しばらくすると刀を杖のように使い起き上がった。触手が千切れたせいか右腕の妖怪化は解けている。


「なかなか手こずったけど、うちと嬢ちゃんにかかればざっとこんなもんや」


 ツクネが男に向かって言った。


「お前はほとんど何もしていない」というカリンのつっこみには「まあまあ」と流しながら、ツクネが続けて話を続ける。


「別に命まで取るつもりはないけど、こんだけの大騒動や! せめてどんな面してるのかぐらいは拝ませてもらうで」


「……私はまだ」


「ああ? なんや?」


 ツクネが聞き返すのと、男が「捕まるわけにはいかない」と言うのとほぼ同時に、突如雷鳴のような音が鳴り響き、ツクネとカリンの周囲の塀が崩壊した。崩壊したがれきの一部がツクネのもとに降り注ごうとするのをカリンが鬼の手で払いのける。


「サンキュー! 嬢ちゃん」


「‼ まだだ!」


 さらに雷鳴が鳴り響き、稲妻のようなものが地面を走る。その衝撃で地面はえぐり取られ、その光が壁にぶつかったと思うと一瞬で粉々に砕け飛ぶ。何者かの攻撃のようだが、ツクネやカリンを攻撃するというよりかは足止めが目的のようだ。


 その混乱に乗じて鬼面の男はその場か逃げ去ってしまう。「あいつ!」とツクネは男を追いかけようとするが、そこへ三度、稲妻が走る。


「あいつだ!」


 周囲の様子をうかがっていたカリンが、鬼面の男が逃げていった方向とは逆の塀を指さす。そこにはいつからいたのか亜麻色の髪色の青年がいる。すっと軽やかにその青年は塀の上から地面に降り立つと拍手をしながらカリンの方に寄ってくる。


「いやぁ、お見事です。『紅喰』に憑りつかれた人間をああも見事に撃退するとは」


「なんや、あんた?」


 ツクネが突然現れた男に詰め寄ろうとするのをカリンは袖口を引っ張って制止する。


「……やめとけ」


「えっ?」


「……あいつ……やばい」


 カリンの顔に焦りの様子が浮かぶ。ツクネもこんなカリンを見たことはない。


「すみません、自己紹介がまだでしたね。私はコハクと言います。申し訳ありませんが、あの男にはもう少し働いてもらわないといけませんので……」


 丁寧な口調で話しかけてくるが、ツクネとカリンは警戒を解かない。カリンは右手を妖怪化させてすでに臨戦態勢をとっている。その様子を見てコハクは「いやいや」と手を振って話を続ける。


「ここであなた達と闘うつもりはないのでご安心を……私はこのまま退かせてもらいますよ」


そう言ってその場から立ち去ろうとするコハクの背中にカリンが問いかける


「お前……いったい何者だ?」


 その問いかけにコハクは振り向きもせず答えた。


「……そのうちわかりますよ。玄鬼さんの娘、『鬼の子』カリンさん」


「⁉ ……お前‼ あいつの……」


 驚いたカリンがコハクを追いかけようとすると、カリンの目の前に大きな稲妻が落ちてくる。轟音と共に地面に大きな穴が開き、周囲に砂ぼこりが舞い上がる。カリンがそれらをふり払った時にはすでにコハクはその場にはいない。


「なんやったんや? あいつ」


 静寂を取り戻したあたりを見渡しながらツクネが言った。


「……」


「……嬢ちゃん?」


 珍しく何かを考え込んでいるカリンにツクネが問いかける。カリンは少し遅れて、「何でもない」と言葉を返す。ツクネは、それ以上はカリンを問い詰めることをしなかった。


 先程の戦いのせいであちこちの塀や道路が壊れている。深夜とは言え、巻き込まれる人がいなかったのが不幸中の幸いだ。しかし、いつ人が集まってきてもおかしくないので、ツクネはカリンに「嬢ちゃん、歩きながら話そ」と言った。ツクネが歩き出すと、カリンは渋々ながらも後をついてくる。


「それにしてもあの哭き鬼の面の男……もうちょいやったのにな! それにあの刀、『紅喰』とかいうてったっけ?」


「あの刀自体が妖怪だ……人間に寄生する種類のな」


「寄生?」


 カリンの言葉にツクネが聞き返す。


「ああ、人間に寄生して最終的には意識ごと体を乗っ取るやつがほとんどだ……あいつも途中で右腕が侵食されていた」


「それで途中から急につよなったんやな。逆に言うとそれまでは妖怪やのうて、ただの人間やったちゅうわけか」


 妖刀の力もあって多少は手ごわい相手だったが、途中まではツクネでも十分相手にできるぐらいの力だった。それが途中の右腕まで刀の一部になってからはあきらかに強力になった。


「……それよりあの人間は何者だ?」


「どういう意味や?」


「あいつの太刀筋……あのユキジとかいう女剣士に似ていた。心当たりはないか?」


「⁉」


 カリンの言葉にツクネは驚く。そして、しばらく考えた後こう続けた。


「……やっぱりか。薄々そうじゃないかとは思っていたんや」


「心当たりがあるんだな」


「まあな……確証はないけど、たぶん合ってると思う。でも、これはユキちゃんには任せられんなぁ」


 ツクネは困った表情を浮かべる。


「あいつの右腕……」


「えっ?」


「アタシの爪の傷跡があるはず。それを確認すればわかる」


「なるほどな……よっしゃ、うちが確認してあの鬼をおびき寄せるわ」


 ツクネは手のひらをポンっと叩くと、カリンの方に肩をまわす。


「なあ、嬢ちゃん。うちと組まへん? 明日の夜。鬼退治としゃれこもうや!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る