第二話

 午後の陽が西に傾きかけている。道行く人々もどことなしに早足になる。街道沿いにできた宿場町には今夜の宿を求める旅人と思わしき人たちが行き交っていた。久々の栄えた街だ、ここ数日は野宿で過ごしていたユキジも今日は暖かい布団で眠れそうだとあたりを見渡す。


 宿場町だけあって旅籠が多く立ち並んでいるが、それ以外の商いを行っている店もあり、なかなか活気がある。東西に広がる大きな街道と、北東に伸びていく少し小さめの街道の合流地点にもなっているこの街にはたくさんの人や積み荷がやってくる。次の街までは少し距離があるのでここで一夜を過ごす人も多く、結果、今のように栄えることにつながったのだろう。


 人が多く集まるということは、情報も多く集まるということだ。父の行方につながる手がかりもないとは限らない。ユキジはすれ違う人々に注意を払いながら街の中を歩く。


「うちのまいけるくんが買いとられへんとは、どういうことやねん‼」


 通りを三町ほど歩いたところで、ユキジは突如、大きな怒声を聞いた。聞き覚えのある西方なまりの言葉だ。もしや……と思い、慌ててその店先に駆け寄る。軒先には「古道具」と書かれた看板が見えた。


「……ですからお客様、からくりの類は当方で扱いできなくなっておりまして」


「だ・か・ら、うちのまいけるくんは誰でも扱いやすいようになってるて! ほら、ここをこうして押すと……」


 ユキジの思った通り、大きな籠を背負った後ろ姿は見覚えのあるものだった。その背中の肩のあたりをトントンと叩く。


「……ツクネさん」


「……なんや、今取り込みちゅ……!」


 そう言いかけて振り返ったツクネが驚いた表情を見せる。


「ユキちゃん! おお、ユキちゃんやんか! こんな所で寄寓やな」


「ツクネさん、お久しぶりです! こんなところで何をやっているんですか?」


「ああ、ちょいと博打でお金すってもうて、路銀が足りないから、からくり人形でも売って……」


 話しかけたツクネの言葉を遮り、その古道具屋の店主らしき人物が身を乗り出して叫ぶ。


「……ユキジ? ……ユキジじゃないか!」


「えっ?」


 ユキジも改めてその店主をよく見てみる。


「ヒビキさん⁉ ……こんなところで会うなんて!」


 ユキジも驚きの声をあげる。ヒビキと呼ばれた店主は思わずユキジの手を両手で握りながら話を続ける。


「本当に久々だな! それにユキジ大きくなったな。確か最後にあったのは……5年ぐらい前か?」


「なんやなんや、知り合いか?」


 再会を喜ぶ二人を見て、目をぱちくりとさせながらツクネが言った。ユキジはツクネの方に顔を向けて「はい!」と言って話を続ける。


「昔、父が教えていた剣術道場で一緒だったんです。言ってみれば兄弟子です」


「まあ、僕は剣術の方はからっきしだったから、あっという間にユキジに追い越されちゃったけどね」


頭をかきながらヒビキが言った。


「そういや、ヤシロ先生は元気か? まあ、あの人のことだから心配はいらな……ユキジ?」


ヒビキの言葉にユキジの顔がみるみる曇った。


「……父は今、消息不明なんです」


「えっ⁉」


 ユキジの言葉に今度はヒビキが言葉を詰まらせる。一瞬、言葉を失ったが、気を取り直してヒビキが続ける。


「……いろいろ事情があるようだな。まあ、立ち話もなんだ、今日はうちでゆっくりしていくといい。奥に上がりなさい。そこで話を聞こうじゃないか」


「……はい」


「それと、ツクネさんだったかな? あまりお構いはできないかもしれないが、よかったらあなたもあがっていきませんか? ユキジの知り合いなら大歓迎ですよ」


「えっ! うちもええの。そら、ありがたいわ。ヒビキさんええ男やん!」


 先程の剣幕は何だったのか、ツクネはさっさと草履を脱いで土間から上がる。


「さあ、こちらですどうぞ」


 ヒビキに案内されて奥の間へ進む。古道具屋だけあって、店の奥につながる通路にも物置用のスペースがあり、様々な品物が所狭しと並べられている。年代物の槍や刀、木彫りの仏像から農道具まで様々な商品が埃をかぶっておかれていた。


 その様々な商品の中でも、刀置台に置かれていた漆黒の刀とその上に飾られている鬼の面が、ひときわ異彩を放っている。そのまがまがしさにユキジとツクネも思わず足を止めた。


「これは?」


 ユキジが刀を指さして尋ねる。


「ああ、1カ月ほど前に仕入れたんだけど、何でもいわくつきだとか言っていたけど、とりあえず買い手がないからか飾ってあるんだ」


「こっちは哭き鬼やな」


 横からツクネが鬼の面を指して言う。


「哭き鬼?」


「ああ、このあたりに伝わる風習さ。妖怪から街を守っていた若者が、戦いの中でしまいには自分自身が鬼になってしまい、泪を浮かべて自分の守った街を出ていくって話。このあたりじゃ童でも知っている話だよ」


「確かそこからこのあたりじゃ哭き鬼の面を魔除け代わりに飾るんやったな?」


「ええ、そうです。さあ、古道具を見るなら後にして奥の畳でくつろいでください」


 そういってヒビキに案内された部屋で腰を下ろす。しばらくするとヒビキがお茶を入れてきてくれて、ユキジはヤシロのことやこれまでの旅のことを話した。ツクネと出会い、村を襲う蛇妖を退治したくだりになると横からツクネもちょくちょく話に割って入る。


 ヒビキはさすがにヤシロの話には驚いた様子だった。しかし、その後はしっかりとユキジやツクネの話を聞き入り、時には励ます。三人が話し込んでいる間にすっかり日暮れ時となった。


「ずいぶん大変だったんだな、ユキジ。でも、心配する必要はないぞ、あのヤシロ先生がそう簡単に妖怪なんぞにやられたりするもんか……だから、ユキジ、お前があんまり無理すんじゃないぞ」


「ええ、ヒビキさん、ありがとうございます」


「へえー、ユキちゃんのおとんはそないに強かったの?」


 横からツクネが割って入ってヒビキに聞く。


「ええ、強いなんてもんじゃなかったです。強く……そして厳しいながらも優しかった。僕もできることならあんな風になりたかった。人のために戦って、多くの人を助けて……」


「……ヒビキさん」


「……でも結局、僕は剣術には向いていなくて、父の危篤の知らせを受けてこの街に戻ってからはこうやって古道具屋の一主人として生きている。せっかくのヤシロ先生の教えを何一つ活かせていない」


 ヒビキはため息をつくように言った。きっと今の生き方に少しの後悔があるのだろう。


「そんなことないですよ。父は常々言っていました。剣が強いことより、心の強さの方が大事だって! ヒビキさんは誰よりも優しかった。ヒビキさんは立派に父の教えを守っていますよ」


「……心の強さか」


「……え?」


「いや、何でもない。それより二人は今日の宿は決まっているのかい? もうすぐ日も落ちる。もしよかったら今日はうちに泊まっていきなさい」


「えっ! ええん。ユキちゃんそうさせてもらお! これでまたおかねが浮くやん!」


 ツクネは嬉しそうにユキジに言った。さっきまで怒っていたくせに本当にげんきんな人だ。


「もう、ツクネさんはすぐおかねのことですね。ヒビキさん、本当にいいんですか?」


「いやいや、遠慮することないよ。こちらとしては大歓迎だ。それに最近この街では辻斬りがはやっているらしいからね。あまり夜に出歩かない方がいい」


「辻斬り?」


 ユキジとツクネは顔を見合わす。


「ああ、この数カ月よく出るらしい。ただ……」


「ただ?」


「斬られるのは悪党ばかりなんだ。悪徳高利貸しや強盗、やくざ者なんかばかり狙われているらしい」


「なんや、世直しのつもりかいな。本人は正義ぶってるんやろな」


「いくら悪人とはいえ、人を斬って正義なはずがありません」


 ユキジは本気で憤った感じで言った。曲がったことが許せない性格だ。


「……そうだな」


ユキジの様子にヒビキは少しうかなそうに答えた。


「とにかく用心するに越したことはない。夜はできるだけ出歩かないようにな。さあ、お腹もすいたろう。ご飯にしよう」


 ヒビキの言葉にツクネは待ってましたとばかりに声をあげる。ユキジはヒビキの様子が一瞬気にかかったが、すでにヒビキは昔のまま優しい兄弟子の姿を見せていた。


 ヒビキの勧めでユキジとツクネは古道具屋の奥の間で一夜を過ごすこととなった。まだ若くて体力が有り余っているとはいえここ連日の野宿が答えたのだろう、ツクネはよくわからない道具の手入れをまだ行っていたが、ユキジは久々の布団の感触にすぐまどろみを覚えたのだった。そして、夜は更けていった。

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