第二章:鬼の哭く街

第一話

 夜も更けてきたのに湿った風、夕刻まで降り続いた秋雨の影響だろうか? 


 ……うっとおしい、気候もそうだが、先ほどからついてまわる殺気にカリンはいらついていた。つけられているのは、ずいぶんと前から気づいていた。追いはぎか何かの類だろう、カリンは鼻が利く。


 今までの街でもあったことだ。追いはぎや強盗の類にとって少女の一人歩きほど狙いやすい獲物はない。案の定、街の外れに差し掛かったころ、カリンを囲むように4人の男が立ちふさがった。


 刀をちらつかせ、「金品を置いていけば命まではとらない」などとお決まりの文句を男たちは言った。いろんな地方で妖怪騒ぎがあるが、それよりもこういった人間同士の悪行の方が多いのではないか? カリンはこの数ヶ月の旅の中でそう感じていた。


「金なんかない」


 そう言ってカリンはそのまま歩みを進める。あまりのカリンの素っ気無さに男たちは一瞬、面食らったが慌てて、刀をカリンの喉元にあててそれを制した。


「おっと待ちな! 金がなけりゃ、身包み全部置いていってもらおうか?」


 こんな台詞も何度目だろう……と冷めた頭で考えていたときである。カリンは急に背中に寒気を感じ、振り返る。カリンの仕草に男たちも気づいて声をあげた。


「何だ……お前‼」


 物陰から現れたのは顔に鬼の面をつけた男、右手に漆黒の刀を持っている。夜の闇に妖しく黒光りする刀はカリンに不吉な予感を感じさせた。能の舞のようにすうっと静かに刀を振り上げると、そのまま音もなく近寄り、カリンの横の二人を斬りつける。


 さすがにカリンの反応はよかった、鬼の面の男が間を詰めようとするときにはすでに跳躍し、小路の側面にある塀の上に移動していた。


 カリンの動きに鬼の面の男も一瞬、驚いた様子であったが、すぐに残る二人の追いはぎの方に向きを換え、追いはぎたちが声をあげる暇もない間に切り捨ててしまった。


「どうやら……」


 鬼の面の男は塀の上のカリンに向きなおし語りかける。


「いらぬお世話だったようだな。あの動き、お主何者だ?」


「……」


 カリンは答えない。注意深く鬼の面の男を観察する。


「警戒しなくてもいい。私は悪しか斬らん」


 そういって男は刀を鞘に納めかけた。カリンはそんな様子が気に入らず、抑えていた妖気を開放し、男を煽る。カリンを取り巻いていた空気が変わった。


「……っ」


 男の右手に痺れが走った。カリンの妖気に刀が反応している。


「お前こそ何者だ。」


 背中から二刀小太刀を抜き出し、カリンが言った。


「……驚いた。お主妖怪の童か」


「質問に答えろ!」


 カリンは素早く男に塀の上から飛び掛かる。跳躍しながら半回転して逆手に持った小太刀を鬼面の男に振りかざす。男はそれを漆黒の刀で受け止める。甲高い金属音があたりに響く。


「……⁉」


 カリンは鬼面の男が鍔迫り合いのような形でグッと押してくる反動を使って、再び塀の上まで跳躍した。カリンの視線は鬼面の男の持っている刀に注がれている。


「……その刀か?」


 カリンが尋ねる。


「そこから妖気が漏れていた」


「……」


小太刀を構えて警戒するカリンを他所に、鬼面の男はそこで刀を鞘に納めた。


「私は白鬼ビャッキ。お主が悪の妖怪なら相手をせねばならなくなる……願わくば人であれ、妖怪であれ童を斬りたくはないものだ」


 そういい残すと鬼面の男はそのまま闇に消えていった。カリンは追いはしなかった。鬼面の男は人間だ。間違いない。ただ、その刀からは確かに妖気が漏れていた。そして、何よりカリンが戸惑ったのは鬼面の男の太刀捌きがどこかユキジと似ていたことだった。

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