最終話
長い夜もすでに明け、朝の光が木々の間からこぼれた。その光を受けてゲンタの持っていた宝珠がきらめく。
「私はこれからゲンタを送っていくけど、ツクネさんたちは?」
「えっ⁉ あ……うちは遠慮しとくわ」
ばつの悪そうな顔をしてツクネが言った。
「ええっ! 姉ちゃんもきてよ! 神社から宝珠が奪われるのを守ろうとしてくれた御礼もしないと、じいちゃんにまた怒鳴られるよ!」
「ええって、うちは!」
助けを求めるようにユキジに視線を送るツクネをユキジは笑いをこらえて見ている。まさか、もともと宝珠を盗むつもりだったとは言い出せない。
「それより嬢ちゃんはこれからどうするん?」
「お前らには関係ないだろ」
「関係ないことない。人間に危害を加えるようなら……」
ユキジは刀の柄に手をかけながら言った。やめときとツクネがそれを制す。
「なあ、嬢ちゃん。よかったらうちと組まへん? うちも香具師やりながら、あてのない旅や。旅はみちづれ言うやろ?」
予想外のツクネの提案に一瞬、とまどったカリンだが少し考えてから首を振る。
「……アタシはやっぱり人間が嫌いだ」
そう言ったカリンの表情が少しうれしそうだったのは気のせいだろうか? そのままカリンは大きく跳躍すると素早く木の枝から枝へと飛び移り姿を消してしまった。
「ツクネさん、あいつ……」
ユキジの言葉にツクネはだまってうなずく。ツクネの耳にも「じゃあな、ツクネ」というカリンの言葉が聞こえていた。さてと、大きく伸びをしてツクネが籠を背負う。
「それじゃあ、ユキちゃん、そろそろうちもいくわ。何かうまいこといわれんけど、なんやかんやと世話になったな」
「そんな、こちらこそありがとうございました」
「はよ、父さんのことわかるといいな」
「はい!」
ツクネが差し出した手をユキジは力強く握った。
「それにゲンタもありがとうな。ゲンタのおかげで命拾いしたわ。がんばってええ男になるやで」
「へへ、姉ちゃんもな!」
その言葉を最後にツクネも一人旅立っていった。弟探しのあてのない旅である。見えなくなるまでツクネを見送ってから、ユキジとゲンタは村に向かって歩き出した。しばらくして急にユキジは思い出し、立ち止まった。
「……しまった‼」
「ユキ姉ちゃん、どうしたの?」
心配そうにゲンタがユキジをのぞき込む。
「ツクネさんに団子代請求するの忘れてた‼」
◆
「本当に何とお礼を言っていいものやら……孫の命どころか村まで救ってもらうとは」
村の入口でヤグモは何度も頭を下げながらユキジに語りかけた。となりではゲンタが同じように頭を下げさせられている。村人たちも周りに集っている。お礼がしたいとか、ゆっくりしていけと何度も言われるのを固辞したユキジをせめて見送りでもと集ってきたのだ。
結局、父親ヤシロについての有力な手がかりは得られなかったが、暗く悲愴な面持ちだった村人たちに笑顔が戻ったことがユキジにとってはうれしかった。それじゃあここで、と村人たちの見送りを制し、ユキジは再び旅路につく。
「……ユキ姉ちゃん‼」
背中越しにゲンタの大きな声が聞こえた。
「おいら、これからもっともっと修行する!そして、いつかじいちゃん以上の立派な符術師になって、この村を守っていく! だから……だから、いつかまたこの村に……」
大きく手を振りながらゲンタが叫ぶが、最後の方は涙で声にならない。ユキジも大きく手を振って答える。
「ああ、約束する」
ユキジの言葉にゲンタは再び笑顔になった。それを確認してユキジは歩き出した。次のあてなどはない。途中、例の神社が見えた。宝珠は再びもとの場所に収まり、これからも村を守っていくのだろう。妖怪相手にあれだけの戦いをしたことがまるで嘘のようだ。
もとの森を抜けて大きな街道に出るとユキジと同じような旅人がたくさん増えた。その人波に紛れながら街道を進む。一つの終わりがまた新たな始まりに続く。それは誰にとっても当たり前のことかも知れない。終わりから始まりへの無限のようなサイクル。
ただその新たな一歩を今日のユキジは前向きに踏み出すことができた。いつの間にか高く上がった太陽、空には雲ひとつない。夏の終わりの季節を運ぶ風がユキジの首元を吹き抜けていった。
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