第八話
「ユキちゃん‼」
「……⁉」
ツクネやカリン、それに蛇喰、その場にいるもの皆の視線がユキジに集っていた。ツクネをねらい、がら空きになっていたとはいえ、大蛇の首を切り落とすことはユキジ以外にはできない芸当だろう。
「……ツクネさん、怪我は?」
「まぁ、大丈夫とはよういわんけどな」
ユキジの問いに答えながら、ツクネはカリンの方へ目をやる。先ほどまでの蛇喰との戦いでかなり消耗はしていたが、それでも再び小太刀を構え、戦闘態勢をつくっている。
「でも……これで勝ち目も出てきたかな?」
ツクネの言葉にユキジはうなずく。カリンの方をみると一瞬目が合ったが、すぐにカリンが逸らす。
「さあユキちゃん、嬢ちゃん、いっちょ怪物退治といきますか!」
ツクネの元気な声が響いた。ユキジの登場になって戦局は大きく変化した。確かに届くとはいえ、カリンの攻撃は蛇喰にとって大きな脅威ではなかった。しかし、ユキジの刀はそうはいかない。自然、蛇喰の注意の多くはユキジに向けられた。その分、カリンやツクネがフリーになる。
「小蠅どもがちょろちょろと‼」
一つの頭部を失ったダメージもあり、蛇喰の動きも鈍っている。それに焦っているのかあたりかまわず攻撃を加えていた。蛇喰のまわりの地面がことごとくえぐられている。
ユキジ、カリン、ツクネの三人がそろってからはどちらかといえば押していた。ただ、蛇喰がユキジに警戒してる分、どうしても決定打とはならなかった。逆に長引けばどうしても体力差で蛇喰が有利になる。もう一度、先ほどのような隙を作れるかが戦局を左右する鍵であることは三人とも気がついていた。
「おい、お前が的になれ」
何度目かに三人が近づいたときにカリンがツクネに言った。
「はぁ?」
「奴が狙った瞬間をアタシが動きを封じる。……だから最後はお前が殺れ!」
刀を構えたままのユキジにカリンが視線だけを送り言う。
「……つまり、うちはおとりって訳か」
独り言のようにツクネがつぶやく。
「だめだ! ツクネさん、危険すぎる」
「こいつにできるのはそれぐらいだ。アタシやお前がやったら蛇喰に止めはさせない」
「⁉ ……貴様」
カリンの方に刀を構えなおし、ユキジがにらみつける。
「ええよ、ユキちゃん。どうやら嬢ちゃんのいうとおり、うちができるのはおとりになることぐらいやわ。まかしといて、うまいことやるわ!」
ツクネはカリンの方を向きなおし言った。
「うちをおとりに使うねんから、この貸しはそうとう高いで!」
そういってツクネは右肩に抱えた大筒をぶっ放す! たぁーまやー……ツクネの声のすぐ後に轟音が響き渡る。その轟音にまぎれてツクネが飛びかかる。その場に残されたユキジはカリンの背中に声をかける。
「……しくじるなよ」
「……お前がな」
カリンの背から再び炎につつまれた尾が現れると、カリンも轟音と粉塵の中に飛び込んでいった。ユキジは信じて待つしかない。
左の袖口から抜き出した紐付き短刀の束をツクネが投げつける。蛇喰に向かって一直線に向かって飛んでいった短刀の束は途中で分散し、刃の雨となって伸びていく。唯一ツクネにとって有効な、目や既にできた傷口を狙うには適切な方法とはいえないが、おとりの役目を全うするには距離をとって戦うしかない。
その降り注ぐ刃の雨を蛇喰は軽々と蹴散らした。蛇喰も警戒してか深くは飛び込んでこない。ツクネにとって攻撃を捌ききれる安全な距離は相手にとっても安全な距離であった。
……もう一回飛びこまな無理か
捌ききれる確証はない。決死の突撃が通用する相手とも思っていない。だが、このまま逃げ回っていても結果は同じである。こうなったからにはユキジやカリンを信じるしかない。普段はのらりくらりとしていて周りは気づかないがツクネの頭の回転は人並みではない。現在、可能な最善の策をツクネは導き出していた。
いつも背負っている大きな籠を下ろすと、ツクネはそこから赤い蛇の目傘を取り出した。籠はそのままに、傘だけを小脇に抱え、蛇喰目がけてかけていく。
囮であることは百も承知しているが蛇喰の方もツクネをいつまでも自由にしておくことはできない。粉塵の中進んでくる黒い影を丸呑みしてしまおうと大きな顎をあけ、蛇喰もツクネ目がけて首を伸ばす。
お互いが交差しようという瞬間、ツクネが抱えていた傘が開く。
「大蛇相手に蛇の目傘なんて洒落てるやろ‼」
傘で視界を遮り、しかも空気の抵抗によるブレーキで蛇喰とのタイミングをずらす。ツクネが素早く、傘の柄を引っ張ると傘部分と柄が分離する。柄の先に鋭い刃が光った。
だが、その刃の煌きより早く、ツクネの視界に大蛇の牙が入る。鋼鉄の骨になめした皮が張られた傘も蛇喰の前で一秒も時間稼ぎができなかった。
……避けきれない⁉
ツクネの周りの全ての時間がゆっくりと時を刻む。ツクネはグッと目をつぶる。観念するのも今日二度目だ。
「滅っ‼」
少し離れた場所から少年の声が響くと同時に、大きな爆発音。強烈な爆風にツクネの体は飛ばされる。
「……姉ちゃん‼」
地面に叩きつけられる寸前のツクネをすべり込みながら救ったのはゲンタだった。
「大丈夫? 姉ちゃん?」
「ナイスや! 少年。また助けてもらったわ」
「隠れてろって言われたけどどうしても一発、アイツにじいちゃんの技をぶつけたくて……」
よほど緊張していたのだろう、半べそになりながらゲンタが言った。その頭をツクネはよくがんばったという言葉の代わりにポンと叩く。その二人に暗い影が差す。爆発の粉塵の中から大蛇の姿が浮かび上がる。
「次から次へとネズミ共がぁぁぁぁ……がぁ⁉」
怒り狂っていた大蛇の頭が一撃で地面に叩きつけられる。ツクネとゲンタのつくりだした隙に蛇喰の背後をとった、カリン渾身のフルスイングだった。
大きく地面がえぐられ、地形が変化するほどの一撃だったが、カリンの攻撃は止まらない。今までのカリンの怒りを表すかのような炎の輪が次々と蛇喰目がけて放たれる。
「……嬢ちゃん、むちゃくちゃやなぁ。ゲンタ、もうちょい下がっとこ」
囮の役目はもう十分にすんだ。ツクネはゲンタと共に避難し、遠巻きに何度も上がる火柱を眺める。
……後は頼んだで。嬢ちゃん、ユキちゃん。
蛇喰に向かって炎の輪を次々と飛ばしながら、カリンは奇妙な感覚に囚われていた。後先も考えず渾身の力を振り絞って攻撃を加えることができている自分、決して怒りに任せているわけではない。それどころか心の中は驚くほど冷静だ。このペースでいくとそろそろ力が尽きる、それもわかっていた。
八度目の大きな火柱の中から蛇喰の首が伸びてくる。一部は炭のように焼け焦げ、断末魔のような叫び声でカリンを呼びながらも、なお妖気は底知れない。
死を直前にした恐怖ではない。自分がすべての力を使い切っても落ち着いていられるのは、ツクネとユキジという仲間への信頼からくる安心感だということにカリンは気づいていなかった。
「カァァァリィィィィン‼」
「……遅いぞ」
カリンはすでに蛇喰を見ていない。その先に向かって言葉を放った。その先にはユキジ。絶妙な間だった。蛇喰がカリンにだけ集中した一瞬の隙、そこにユキジが思いっきり飛び込んできた。
「……うるさいよ!」
カリンに向かって伸びていた大蛇の首をユキジの刀が大上段から切り裂く。黒い糸が筋のように走ったかと思うと、後からそれが白く輝き霧散していく。夜が明けようとする薄明かりの中、その白がユキジの刀に吸い込まれていく。
大きな気合と共にユキジは首からその胴体部分まで一気に切り下げる。そして、そのまま漆黒の刀を地面ごと蛇喰のいくつもの首が伸びる胴体の中心に突き立てた。白い光がいっそう輝きを増す。その中心にユキジがいた。
ユキジはいっそう刀に力を込める。たくさんの光のすじがユキジの刀に収束していく。少し離れたところからツクネとゲンタもその光を見ていた。森が地面ごとえぐりとられ、炭となった木々が戦いの激しさを表していたが、その白い光はどこか静寂を含んでいて終焉を感じさせた。
消滅の寸前、蛇喰は消えかかる胴体を切り捨てその場を逃れようとした。その小さな蛇をカリンは右手で掴み、握りつぶす。線香花火の最後の一瞬のようにこれまでで一番強い光に辺りがつつまれたかと思うと再びあたりは暁の薄明かりに戻った。
ユキジは地面から刀を抜くと、それを一振りしてから鞘に収める。そこにはもう大蛇の姿はなく、透きとおったわずかに青みがかかった珠だけが転がっていた。
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