第六話

「ユキちゃん、雑魚は引き受ける!」


 崖を駆け下りながらツクネが叫ぶ。籠から例の玉すだれのような道具を取り出すと一気にそれを伸ばし、妖怪めがけて振り回す。虚をつかれた妖怪たちをなぎ払い、蛇喰とカリンへの道が開けた。


 グッと親指を挙げるツクネを横目にユキジは大きく跳躍する。そのまま刀を抜き放ち、妖怪の群れの中心部へ飛び込む。途中、ユキジを止めようとする妖怪をそのまま抜き打ちで切り捨てた。


 さらにユキジを止めようとする妖怪に再び、ツクネの玉簾が伸びていく。刀を持った妖怪の肩口に当たると鈍い金属音が響く。


「あんたらの相手はうちや!」


 ツクネがユキジと他の妖怪を分断するよう間に割って入る。着物の袖から素早くクナイを二本取り出すとそれを近くの二匹に投げた。それなりの勢いはあったのだが、妖怪の体にはささらない。


 逆に妖怪はそのままツクネの方に向かってきて、刀を振り下ろす。一撃目は玉すだれで受け、二撃目は転がりながらかわす。


 硬いなぁ……ユキちゃんはようこんな奴らをサクサクと


 妖気をまとった妖怪の体は人間よりはるかに硬い。ツクネの力で仕留めるには一匹一匹、丁寧に急所を狙っていく必要があった。ただこの人数相手には少しきつい。


 ……とりあえず足止めか。


 ツクネはもう一度、鋼鉄製の南京玉すだれを伸ばしフルスイングすると、今度は走りながら火薬の詰った小玉を妖怪に向かって投げつけた。出入りで妖怪たちを分散させるつもりだ。


 ツクネがうまく妖怪たちを分断してくれたおかげで、ユキジと蛇喰弟、それにカリンが対峙する形になった。ユキジは刀を正眼、カリンは逆手に小太刀を持ち、腕をだらりと下げている。


「お前たちの奪った宝珠、返してもらう」


「……いやだと言ったら?」


「力づくでも取り返す!」


 その言葉を皮切りに二つの刃が交錯する。お互いの実力はわかっているので初めから全力だ。一合目はユキジの斬撃の威力がカリンを勝る。鍔迫り合いは不利と感じたカリンは刀の衝撃を逃すように横っ飛びをする。


 ユキジはそのまま間合いを詰めようと踏み込むが、そこに蛇喰の腕が伸びてくる。一度はユキジに切り落とされた腕だが、すでに再生済みのようだ。


 その腕をかわし際に、籠手の要領で斬撃をいれるが浅い。それにカリンとの間合いも詰めきれなかった。蛇喰も今回は必死なのだろう、伸ばした手の指一つ一つが蛇となり再びユキジを襲い掛かる。五匹の蛇は複雑な軌道をしながらユキジの喉元に喰らいつこうとする。


 ……下がったら、やられる! 

 

 その蛇の軌道を交わしながらもユキジは前に進む。一匹の蛇の牙が頬をかすめそうになる。次の一匹は髪の毛をかすった。


 それでもユキジは止まらない。転身を繰り返しながら蛇の群れをかいくぐり、その根元である蛇喰の掌に思い切り突きを入れる。そして、そのまま肩の辺りまで切り上げた。


 ギィィィィィィ……蛇喰の叫び声が響く、ユキジの刀の先から青紫の液体が吹き出る。まばゆい光がユキジの漆黒の刀に吸収された。返す刀で今度は袈裟斬りに蛇喰の左肩を狙う。


 その一撃を転がるように蛇喰は避けた。腹の辺りをかすめただけですんだが体勢の崩れた蛇喰は次の一撃を避けようがない。


 まずい! そう思ったカリンは右手に力を込め、大きく跳躍して頭上からユキジを狙う。みるみるうちにカリンの右手は肥大化し、鋭い爪が飛び出る。前にも見せた鬼のような爪だ。


「ユキちゃん! 危ない‼」


 ユキジとカリンの間にツクネが割って入ってくる。鋼鉄の南京玉すだれで橋を作り、それを両手で支え、額の前でカリンの爪を受けた。


「‼」


 カリンの振り下ろした爪の衝撃でツクネは大きく弾き飛ばされた。ツクネの細い身体が二回転して地面に叩きつけられる。


「ツクネさん‼」


 ユキジはツクネの方に向かって叫ぶ。あれだけ激しく叩きつけられたにもかかわらず、ツクネはフラフラしながらもすぐさま立ち上がった。脳震盪で足元もおぼつかない様子だが、ツクネはカリンに向けて言葉を発した。


「嬢ちゃん……あかんて」


 思いもよらないツクネの言葉に絶好の好機だったカリンの動きが止まる。好機といえば、ユキジも蛇喰に止めを刺す好機なのだが、ツクネの側に駆け寄る。


 そこで、ツクネに襲い掛かろうとした下っ端の妖怪を二匹斬った。ツクネを支えに行こうとするユキジだったが、ツクネ自身が手を伸ばしそれを制した。ツクネはゆっくりと一歩ずつだが、カリンの方へ向かう。


「……おい」


 カリンは蛇喰に声をかけると、懐から宝珠を取り出し投げつける。


「それを持ってアイツのところにいけ」


 ツクネから視線を逸らすようにうつむき、カリンが言った。すでに満身創痍の蛇喰だったが宝珠を抱えると、踵を返しアジトの洞窟のほうへ歩き出す。それに気づいたユキジも追いかけようとするが、すでに他の妖怪たちも集まってきている。


「どうしてうつむくんや?」


「……」


「どうしてさっき、悲しいそうな顔したんや?」


 一歩ずつ歩みを進めながらツクネは言った。


「うるさい! お前に何がわかる。」


「わからんから聞いてるんや!」


 カリンの言葉にすかさずツクネが返す。香具師としての矜持だろうか? ツクネは一歩も引かない。


「……ツクネさん」


 ユキジの声かけにツクネはカリンから目をそらさずに答えた。


「……このわがまま嬢ちゃんはまかせとき。ユキちゃんは別の仕事があるやろ?」


 ユキジはうなずくと刀を右下段に構え、走り出した。集まってきていた妖怪たちがユキジを止めようと襲い掛かる。一番近くにいた妖怪が上段に構えた刀をユキジに向かって振り下ろすときにはすでにユキジの抜き胴が決まっていた。朝日に消える霧のように消滅する妖怪。


 消滅を確認するより早く、ユキジは次の目標に向かっている。あと五匹。大きく跳躍し、肩口から切りかかる。残り四匹。


 左から突いてきた刀をいなしながら、背後を取る。そのまま斬ろうとするがさらに他の二匹がニノ太刀、三ノ太刀を加えてくるので、それを刀で受ける。衝撃を後ろに飛びのき逃がしながら、妖怪の手首の辺りを斬りつけた。


 刀を落としたのを確認し、左胴から切り上げる。そのままの勢いで回転し、さらに右側から迫ってきた妖怪を一文字に切り裂く。囲みは完全に解けていた。とてつもない集中力だがさすがにユキジも肩で息をしている。


「そこをどかないなら斬る!」


 正眼に刀を構え直し、残った二匹の妖怪に向かって怒鳴る。ユキジの迫力にそのうち一匹はそのまま逃げ出してしまった。残った一匹とユキジが対峙する。じりじりと間合いがつまるがどちらも動かない。


 正眼のままユキジがさらにつめる。一足の間までつまったとき、振り上げた妖怪の刀がわずかに動く。刹那、ユキジの突きが妖怪の喉元に決まる。先の先をユキジが捉えた。


 青紫の蛇喰の血痕をたどりユキジは妖怪たちのアジトに踏み入れる。いた! 大柄な蛇妖を見つけユキジが刀を振り上げ飛び掛る。その刀より一瞬早く、もう一匹の蛇喰の舌が伸びた。その先には蒼白く輝く珠が載っている。


「あ、兄貴」


 その珠を丸呑みにした蛇妖の動きが一瞬止まる。わずかな静寂。そして、その後に響く笑い声。


「ふふふ、ふははははははははぁぁぁぁぁ! これだこの漲る力。見えるか? 私を覆うこの妖気が!」


 蛇喰の妖気がどんどん膨らむ。そのとてつもない妖気に大気も震え、アジトとなっている洞穴の崩壊が始まる。そして、その妖気に呼応するかのように蛇喰の姿も変わっていく。古に聞くあのヤマタノオロチのような大蛇とかわる蛇妖。さすがのユキジも背中に冷たい汗が流れるのを感じた。


「……兄貴、すげえよ。さあ、早く俺の腕をぶったぎったあの野郎を殺してくれよ」


 大蛇となった兄を見上げて弟が言った。


「……そうだな」


 宝珠を持ってきた弟をまるでゴミでも見るような視線を送ると舌なめずりをした。そして、そのまま長い舌を伸ばすと蛇喰弟を捉える。


「……兄貴? な……ぜ?」


「用済みだから」


 哀れみもない無表情な顔のまま丸呑みする。何事もなかったようにユキジの方に向き直った。好機だったのかもしれないがユキジは動けなかった。


「おいおい、そんな怖い顔するなよ。まずはあの生意気なカリンの野郎からだ」


 蛇喰はそう言うとその大きな体からは考えられないような速度でユキジに体当たりをした。洞穴の壁に強く叩きつけられ、一瞬、意識が飛びかける。そんなユキジを横目に蛇喰は洞穴の外へと向かう。お前など眼中にないと言わんばかりの態度の妖怪を追いかけようとするが体が動かない。

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