第6話 It's SHOWTIME! 1

 軽薄なマリンバの音で目が覚めた。勘弁してくれ、さっきまで飲んでたんだぞ?

 舌打ちが漏れた。スマートフォンに手を伸ばすと、すり抜けて床に落ちた。酒臭いため息しか出ない。

 拾おうとして、ベッドから転げ落ちた。受け身を取り損ねた挙げ句、本棚から雪崩のようにハードカバーが顔面に降り注いできた。

 マリンバは鳴り止まない。時刻は8時を回ろうとしている。画面をフリックした。

「朝っぱらからうるせーぞ。ケイスケ」

「今、東雲荘の下にいるの」

 はあ? と聞き返す前に通話は途絶えた。なんなんだ一体。

 本の海をかき分けて、洗面所へ向かう。廊下に出たところで、足の小指を何かにぶつけた。悶絶しながら思った。最悪の目覚めだ。

 目の前にはカラーコーンがある。工事現場にあるアレだ。

 そうだった。昨夜はケイスケがやってきて、それもご陽気に酔っぱらいながらこの赤いコーンを被ってお越し下さった訳だが、はて、あいつはいつの間に帰ったのだろうか。

 冷たい水をすくい、顔にかける。なにも感じない。本の雨を受けた時でさえ、痛痒も感じなかった。鏡の中にカボチャがいた。

 聞いた話では、昨今巷では交通事故やらなんやらで目が覚めたら、異世界ファンタジー世界へ転生するのが流行りだそうだがどうだ? 見てごらんこのカボチャ。クソみたいな現実にようこそ。

 マリンバがベッドの下で呼んでいる。カラーコーンを玄関にすっ飛ばして、もう一度スマホを拾い上げる。

「なんだよ、ケイスケ。お前いつ帰ったんだ?」

「今、階段の踊り場にいるの」

 電話は切れた。ケイスケの声ではない。女の声だ。なんだ、この怪談みたいな流れ。階段の踊り場だけに? だめだ。まだ寝ぼけている。そしてまたマリンバが鳴る。

「今、あなたの部屋の前にいるの」

 イラッときて、電話をこっちから切った。今度は激しくドアが叩かれる。

「居留守は困るんですよねえ! 隼平さん? 廻沢隼平さん? 東雲荘201号室の廻沢さん! いるんでしょ? いますよねえ? こっちも慈善事業じゃあないんですよ? 借りたものは返すってのが、世の習いってもんじゃございませんか? 六郷大学理学部3年、廻沢隼平さん! 借金踏み倒す気」

 たまらずドアを開けた。リーゼント頭にサングラスをかけたいかにもな風体のチンピラが立っている。その横で、確かハルとかいうビッチがビシッと決まったブランドもののスーツ姿で微笑んでいた。

 朝っぱらから無性に腹が立つ。その後ろにはパンプキンヘッド1号もとい、小足立圭介がやや萎びた様子で佇んでいる。

「なんの真似だ」

「もう、隼平さんたら照れ屋さん! しばらく会えなかったから拗ねてるのかしら?」

 隣の部屋のドアが開いた。ネクタイを締めながら大手商社勤めの近藤さんが好奇心に満ちあふれた視線を投げてきたので、愛想笑いで相殺しながら大バカ野郎たちを部屋に引っ張り込んだ。

「近所迷惑だろうが」

「だと思って、この時間にしたんじゃない。感謝なさい。早朝よりマシでしょ」

「だとしてもだ! 追い出されたらどうしてくれる?」

「自業自得よね」

 どうしたらいい? どうしたらこみ上げてくる殺意を昇華できる? むしろしなくていい? 両手で口を覆って深呼吸をしてみた。無駄だった。一向に収まらない。収まる気配がない。

 ビッチは胸元からスイッチを取り出して、妖艶に微笑んだ。ビリビリマシンか、くそったれ。このビッチ、明日からヘアアイロン使ってもことごとく失敗しろ。

「顔洗った? 歯磨いた? 朝食は車の中で食べてよね。仕事の時間よ」

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