第5話 未知との遭遇 5

「では二人とも『メタモルフォン』のモニタリングをがんばりましょう」

 博士は変わらず得意気だ。得意気だが、具体的な内容を伝える気は微塵もないらしい。

「モニタリングと宣伝。その新商品のね」

 新商品? これが? ビッチに聞き返す。

「腕に埋め込むようなデバイスを売り出す?」

「バカね。商品化の際はちゃんとバンドなりなんなりで腕に着脱できるようにするわよ。当たり前でしょ?」

「その当たり前をなぜ俺たちにはやらなかったのか」

 肩に手を置かれた。ケイスケが悲しそうに微笑んでいる。

「外して逃げないようにするために決まってるだろう? 言わさないでくれよ」

 そうだな。聞いた俺がバカだった。でもお前に言われたくないな。

「じゃあ、バンドタイプの方にしますか?」

 博士は黒い腕時計を取り出したが、とりあえず後の祭りという言葉を教えてあげて欲しい。

「あるなら僕は付けさせてもらう。カボチャのシールはちょっと」

 シールの方が可愛いのにと口を尖らせながら、博士はバンドをケイスケに渡した。早速ケイスケはバンドを巻いたが、一瞬で顔を曇らせた。

「これ外れないんだけど」

 ケイスケが俺を見る。俺は博士を見る。博士はニコニコ笑っている。やべえ、こいつマジで狂ってる。

「悪い話だけじゃないわ。宣伝活動に伴う成果報酬を賠償金として回収させてもらうから。張り切ってちょうだい」

 悪い話しかねえだろうが! 報奨金どころじゃねえからな? 呪われたアイテムを喜々として渡してくるそこの暴君をなんとかしろ? それからなんだって? 張り切ってちょうだい? バカ言うな? 無言でバンドを巻こうとしてくるケイスケを押さえつけながら、張り切れると思う?

「宣伝っていうのは、メタモルフォンでカボチャ男に変身──ふっ」

 おい、こいつ今鼻で笑ったぞ。ケイスケ見たか? このビッチ鼻で笑った! こいつにもバンド巻いてやろうぜ。

「……変身した上で、こちらの指示に従って行動してもらうから」

 ビッチは笑いを必死に堪えている。今この瞬間に、もうどうなっても構わないや、という投げやりな気持ちが沸々と腹の底から沸き上がってくるのを感じた。察したのか、ケイスケが首を横に振って目で制してくる。

「変身できる時間は限られています。連続装着は10時間。過ぎると強制解除されるので注意してください」

 ビッチの代わりに博士が説明する。徹頭徹尾、博士はぶれない。こいつサイコパスだろ。本気で怖い。

「逆では? 普通は変身時間の方が短い設定では?」とケイスケが尋ねる。

 突っ込むとこそこかなあ? この状況じゃなくて? というか立ち直り早くね? あっ開き直りか。

「コンタクトレンズよりも、さりげなくあなたに寄り添うをモットーに開発しましたから」

 得意そうに言ってるけど、さりげないパンプキンヘッドとは?

「今回はモニタリングだから、24時間中、延べ10時間は強制的にコスプレ」

 おいビッチ、コスプレ言うな。込み上げてきた思いが発露しかけただろうが。

「もといパンプキンヘッド1号2号として生活してもらうわ。さながらモルモットのように」

 ケイスケの制止をかいくぐって、俺は飛びかかっていた。ビッチは躊躇のかけらも見せずに、引き金を引いた。額に走る衝撃。吹き飛ぶ体。大理石の床が冷たい。

 不思議と痛みは感じない。感覚が麻痺しているらしい。そうか。死が近いのか。

「耐久力は上々ですね。起き上がれますか?」

 はい起き上がれました。一方、ビッチは目を丸くして固まっている。いや、一番驚いてるの、撃たれた俺だから。

「マグナムにも耐えられる装甲ですからね。なんと言ってもカボチャは固いですから。しかし、うーん、もっと衝撃を吸収できる仕様にしたほうがいいかもしれない」

 博士はモニターに向かって、ぶつぶつ言っている。平気か? とケイスケが肩を貸してきた。おいおい、笑いが止まらねえぜ?

「ケイやん、千載一遇のチャンス到来だ。俺に続けよ? あのビッチ、今まで好き放題言ってくれたが、二度と軽口叩けないように躾てやるぜ。銃が効かないとなりゃ、こっちのもんだからよ」

 やめろとケイスケが言ったような気がしたが、体は急に止まらない。ひきつった顔のビッチに肉薄した瞬間、全身に衝撃が走った。

「狼藉は感心しませんね。指示に従わなかったら、メタモルフォンから微弱な電流が流れますから」

 博士博士、微弱って意味分かる? 今の衝撃たるや改造スタンガン並だと思うよ? 後ろでケイスケものたうち回っている。なんで僕までと呻きながら。

 ねえ、これほんとに腕だけに埋め込まれてるの? 全身辛いんだけど?

「びっくりしましたよ、博士。そういう話は先に教えて頂かないと」

 その件については、遺憾ながら全面的にビッチに同意せざるを得ない。

 うっかりしていましたと、博士はばつが悪そうに頭をかいた。ちくしょう、可愛く言えば許される年頃か! 違うな、立場というか身分の差だな。

「以上で、メタモルフォンの説明は終わりです。ちなみに、電話機と変身装置のハイブリッドなのでメタモルフォンです。いいネーミングでしょ?」

 流石博士ですと、満面の笑みを浮かべてビッチは手を叩いている。

 おべんちゃらは止せ。ここにきて今日一番どうでもいい情報だぞ? 

 俺の意識に白い帳が降りようとしていた。

「間近に迫ったハロウィンで街は浮かれてるでしょ。だから、誤って変身しても目立たないパンプキンヘッドにしてくださったのよ。博士に感謝なさい」

 博士はにこにこしながら、カボチャ可愛いですと胸を張った。

「おいケイスケ……こいつら思った以上にやばい」

「言っただろ? 限りなく最悪に近い良いニュースがやってくるって」

 違いなかった。それはそうとケイスケ。お前ちょっと泡吹いてる。

「腎臓でもなんでも売り払って、ここからリタイアした方がマシかもな」

「それはもう断られた。臨床データが必要なだけらしい。あのマッドサイエンティストは」

 ケイスケは気絶した。そうだな。マッドサイエンティストか。マのつく奴ってそっちねってバカ。いい加減にしろ。俺もオチさせてもらうわ。

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