第2話 未知との遭遇 2

 まばゆい光が俺の祈りを遮った。かざした指の先に頑強な金属製の扉が見える。

「良いニュースのお出ましだ」

 ケイスケは確かに良いニュースと言った。奴の表情からは余裕すら感じる。

「言ったな? 信じるからな?」

「最悪よりかはどちらかというとマシくらいかな。個人差はある」

 こいつ、この期に及んで予防線を張りやがる。すっごい胃が痛くなってきた。

 厳つい見た目とは裏腹に、扉は音もなく開いた。細身のシルエットが俺たちの前に立ちはだかる。

 女だ。ダークグレーのシックなスーツが様になっている。

「手術は成功したようね。ご機嫌はいかがかしら」

 あれ? 今この人ったら手術って言った? 空耳かな? 寝起きだからかな?

「……悪くはないですね。手術……までしていただいたようで?」

 一応礼を言いつつも、手術ってどういうことだという問いかけを込めてケイスケを睨みつけた。奴さんは肩をすくめて、俺と目を合わせようとしない。

 おいおい。ちょっと待ってくれ、おい? もしかして、既に抜かれてる? マイ臓器にさよならもしてないんだけど? というか、このお姉さんをおべんちゃらで丸め込んで、あわよくば示談を有利に進めようという算段は消えたのかな? え? ということはこの人もマフィアなの? マジで? 冷や汗が止まらないんだけど?

「あんたら本当にやってくれたわね。被害は甚大よ」

「いや、ほんとすいません。こちらも故意でやった訳ではなくてですね。この件につきましてはお互い様な部分があるような気がするんですよね」

「そのようね。ただこちらの被害は桁が違うの。それで彼は手術を選んだわ。あんたの分もね。一人じゃ辛い。無理だって」

 今度は怒りを込めてケイスケを睨んだが、どこ吹く風だ。この野郎、カピバラみたいな顔しやがって。コーラと臓物が等価交換なんて道理があるか。

「いや、僕も無理ですね。何がどう無理か分からないけど、相当無理ですね」

「今更元に戻るのも無理だけれどね」

 女はケラケラ笑った。よくもまあ簡単に言ってくれちゃって、これはカチンときましたね。この女はいずれ滅ぼさねばならない。

「元はジュンペイがドライブって言い出したんだからな? 僕はいやいや付き合ったのであって……仕方なかったんだ。簡単なオペだって言うから」

 言うに事欠いて、このケイスケという男は、全くもってお里が知れることを平気で口にするものだから、俺は常々そういう所を注意しているつもりでいる。俺の甲斐甲斐しい努力を無に帰すようなバカ野郎の役に立たない口を手で掴んで、今すぐもぎ取ってやらねばならぬ。口とは言わず、耳も鼻も全てを根こそぎ刈り取らねばいけない。

 全く以て、この世は諸行無常の響きに満ちていて、ただただ辛い。

「バカか? お前はホントなんなの? 大事な事はその場で決めちゃいけませんってお母さんに言われなかった? 他にやりようが」

「任意保険切れてたんだ」

「おおそうか。そうきたかケイスケ」、合点がいったぞ、ケイスケ。正直さというのはケイスケ君の美徳ですが、とにかく俺の目をみろ。深淵より淀んだ闇にほぼほぼ飲まれつつある俺の目をみて、もう一度その台詞を吐いてみろ。本件の過失分についてはこれで完全にお前がリードしたからな?

「500万」

 損害額を事務的に女が告げた。米ドルで、と付け加えた。ペソではなくて、米ドルでと言った。聞き間違えではない。

 ダメだ、計算出来ない、したくない、頭の回転と心のキャパシティが追いつかない。

「ジュン君、僕たち親友じゃない?」

「よく分からないですね。ちょっとこの状況をひっくるめて、もう俺自身が誰なのかすらよく分からないですね」

 500万て。しかも米ドルって。これはもう終わった。人生詰んでる額だね。日本円で五億超えって、こりゃロトの神様に祈るしかないわな。

 まあそうね、そうなると手術が終わったって話はつまり、確実にいくつか臓器抜かれてるよね。なんで生きてるんだろうね。心臓が動いてるってことは、大丈夫ってこと? 抜かれてないってこと? 嫌な汗が吹き出して、気が遠くなってきた。このまま遠くへ行きたい。クソみたいな現実からフェイダウェイ。

「もっとも、逃げようなんてバカな考えは捨てることね。私たちからは逃げられないわ。絶対に。逃がさない」

 乾いた破裂音がして、ベッドに穴が開いた。

 現実から逃避するどころか、現世からドロップアウトするところだったけれども? 今の会話の流れで発砲する要素ある? ないわ。生まれて初めて発砲されたうえに、銃口の向こうで女はニタリと笑っている。

 なんて楽しそうに笑うんだろう。こいつあれだ、ドSだ。ドSに銃握らせたら最後だって年末の特番で言ってた。

 リボルバーをしまいながら、女は毛筋も感情を動かさずについてこいと言った。

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