耳のない猫

りゅう

1

 ぼくの住む街では、多くの猫が耳を失っていた。誰かに切り取られていた。


 担任の赤井先生が言うには、去勢手術を行った野良猫には耳先をちょこっと切ることがあるらしい。しかしこの街の猫はそんなもんじゃない。

 この前、下校時に猫が飛び出してきたので、慌てて自転車のブレーキをかけたことがある。悪びれる様子もなくこちらを睨んできた猫は、右耳が半分なくなっていた。ずいぶん前に切られたのだろうか、出血もなく真っ直ぐ綺麗に切り取られた耳は、数学の授業で出てくる台形を思い出させた。

 テレビでも話題になっていた。夕方のニュース番組では、ぼくの街が特集され、民家近くの雑木林や商店街に出没する耳のない猫が映し出された。他にも動物愛護団体が無慈悲な虐待行為をやめるよう呼びかけたり、元FBIだという人が犯人像をプロファイリングしたりする様子が、ワイドショーを賑わせた。


「犯人は社会的に弱い立場にあるのかもしれません。動物の中でも非力な猫を、また耳という生命への危険は少ない器官を狙うことで、恐怖心を抱えながらも自己の抑圧された環境への反抗を試みています。また警察の捜査が難航且つ長期化していることから、計画的な犯行である可能性が高く…」


 悠一ゆういちくんは、弱い立場でも抑圧された人間でもなかった。サッカーのクラブチームに所属していて、学校ではクラスのリーダー的存在だった。なにより友達のいないぼくにも声をかけてくれる。でもぼくは悠一くんに良くされるのが嫌でしょうがなかった。彼はぼくより格上の存在なんだといつも思わされたからだ。だから猫の耳をナイフで切り取っているのが彼だとわかった時、ぼくは妙な高揚感に心が震え上がった。

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