「いや、この姿での戦闘だったけどね」


「なるほどね。ラミアの半分くらいの力でも倒せない相手、久々に面白そうな事が起こっているじゃない」


 アリスが笑った。


 ボーデンにその笑みが移り、寒気が走る。


 この女を敵に回してはいけない一人。いや、十戒よりも厄介やっかいな相手だと感じ取った。


「それにしても国際魔法師の少年。いや、ボーデン・レタリックと言ったかな」


「まだ、自己紹介もしていないのに名前を知っているんですね」


 名前を呼ばれて、慎重に言葉を選ぶボーデン。


「そりゃあ、もう……私を差し置いて、最年少で魔法師の頂点、国際魔法師の称号しょうごうを手にしているのだからな。いやー、私よりも上にこんな年下がいるとは……ね」


 アリスは、笑顔で威圧感を与え、言葉で狂気きょうきを振るう。


「そ、それは……俺にも目的というものがありましてね……これを取るのにも相当地獄を見てきたんですが……」


 ボーデンは、苦笑いをして答える。


「何が地獄を見てきただ。若造がその歳で人生をなめるなよ」


 アリスが身を乗り出す。そして、ボーデンの胸元を握った。


「ラミア、このクソ生意気魔法師を根性から叩き直してもいいよな?」


「ええ、私の下僕が死なない程度にお願いするわね」


下僕げぼく? そうか、お前、ラミアと契約したな?」


「契約もしたも何もそれがどうだって言うんですか!」


 アリスの腕を振り解こうとするボーデンは叫びながらもがく。


 だが、アリスは力を緩める事なく話を続ける。


「そうか。まだ、その意味を全く理解していないらしいな。いいだろう。その理由を私が教えてやる。ついて来なさい。そこの大男も一緒にね」


 アリスはそのままボーデンを連れて行く。


 エレキの前を通り過ぎる時。


「あの……俺、エレキっていう名前なんですけど……」


 だが、アリスはそのままボーデンを引っ張ったまま、別の扉を開く。


 奥は薄暗く、地下へと続く階段が底が見えないほど続いていた。


「相変わらず悪趣味なものを作ったわね。もしかして、昔より腕を上げたのはそのおかげかしら?」


 ラミアも立ち上がってアリスの後を歩く。


「何してるの? 置いて行くわよ」


 ラミアはボサッとソファーに座っているエレキに言った。


「あ、俺も行くのね……」


 エレキも最後列に並び、地下へと歩いていった。




     × × ×




 サールバーツ・軍本部––––


「少佐―、特別報酬くれよー」


 男はソファーで横になりながら駄々をこねていた。


 再び書類の山に埋れていたバルトは、頭を悩ませていた。


 書類に部下からの野次、次から次へと負の連鎖ばかりがバルトを襲い掛かる。手伝いを一切してくれないエルザは、自分の仕事をある程度済ませて、お茶をしていた。


「めんど……」


 小声で何か言っている。


「なんですか? 仕事をほったらかしにしていたあなたが悪いんでしょ? 少しずつ、毎日コツコツと仕事をしないからこうなるんですよ。何度も言いますが、自業自得です」


 エルザが、バルトの声を聞き漏らさずに心に刺さる言葉を放った。


「面倒なんだよ! あれ以来、仕事の量が多くなってないか⁉︎ 冗談じゃない。軍は、書類整理の仕事じゃないぞ!」


 バルトはキレた。いや、もう最初から仕事自体を諦めていた。


「お前にはしっかりと報酬をやっただろうが!」


 バルトは、男の方を指差した。


「いやー、あれだけじゃ足りませんって、俺、下手したら死にかけていたんすよ。エルザさんも何か言ってやって下さいよ」


 男はエルザに助けを求める。


「その件に関してはあなたが悪いですよ」


「いや、あれは少なすぎでしょ……」


「ヤン、あなた、またギャンブルに全て投資しましたよね?」


 エルザが男の名を「ヤン」と呼ぶ。


 男の名はヤン・アルバート。


 ヴィルヘム国出身、現在、サールバーツ司令部勤務、バルトの直属の部下である。


「投資じゃない。あれを貯金だと言って欲しいね」


 ヤンは、起き上がって座り直す。


「何が貯金よ。ああいったのは8割がた負けるようになっているのよ。貯金するなら自分の口座に残しておいたらどうかしら?」

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