風もない、涼しくもない車内は、灼熱地獄しゃくねつじごくに近い暑さで耐えるのに相当な気力が必要だった。


「あちぃー。早く、迎えにきてくれぇええ!」


 男は、独り言でグダグダと言いながら、迎えがくるのを待った。




× × ×




 コンコン––––


「どうぞ」


 ノックする音に反応し、バルトは返事をする。


「失礼します……」


 ドアを開いて入ってきたのは、エルザだった。いつもの軍服に珍しく眼鏡をかけたままである。手元にはいつもの様に書類を持っていた。


「ど、どうしたんだ? 珍しく眼鏡をかけているじゃないか……」


 バルトは、エルザの姿を見て、少し恐れている顔だった。


 自分が何かよからぬ事でもしたのかと、考え込んでしまったのだ。いつもは眼鏡をかけていない彼女を見ると、急に腹の調子がおかしくなる。


「朝から子守をしていたんですよ。ま、それに……これをしていると、見えないものも見える様になりますし……」


 自分の席に座り、書類を置くと、ノートを開く。


「それで無事に彼らを送る事は出来たのか?」


「ええ、しっかりと駅のホームまで送りましたよ。あなたも相当な心配性ですね」


「いやー、これでもちょっとは心配しているんだよ。それにちょっと気になる事があってね」


「はい?」


 エルザは首をかしげる。


「彼らと君には言っていなかったが、あの手紙には続きがあったのだよ」


「え? 今頃、何を言っているのですか? そういうのは、早めに言ってもらわないと……」


「無理だったんだよ。彼らに話すと、こちらとしては少々、厄介な事になるからねぇ」


 バルトは、話しながらコーヒーを飲み、書類に目を通す。


「厄介な事……ですか……?」


「ああ……。だから、敢えて刺客を送っていたのだよ」


 バルトは、フッ、と笑う。


 ボーデン達が旅立って五、六時間。その間にボーデンは軍の会議に、エルザは軍の情報が整理されている部屋にいた。


「刺客って、なんでそんな事をする必要があるのですか⁉︎」


 ラミアは、バルトに訊く。


「それは––––」




 コンコン、コンコン––––




 と、話の途中で窓を叩く小さな音がした。


「噂をすれば、なんとやら……だ」


 立ち上がって、窓を開ける。


 すると、パタパタとバルトの左腕に一匹の鳥が止まった。


「それは⁉︎」


「そうだ。奴のペットだ」


 ボーデンは、その鳥を部屋に招き入れ、机の上にそっと置く。


 足首に巻かれている白い紙を解き、中身を開く。


「まさか、あの男を向かわせていたのですか?」


「ああ、奴の魔法と能力なら今の彼らに見つからずにこの任務を任せられると思ってな……」


「いくらなんでもせめて、私にくらいには教えておいてくださいよ」


 エルザは額に手を当てて、困った顔をする。


「それだと俺の計画に支障が出るからね。今回は二人で動く予定だったのだよ。そのおかげで、こちらとしても面白い収穫が入っているようだ。見てみるといい」


 バルトは、手紙をエルザに渡す。


「なっ、何なんですか‼︎ これは!」


「手紙の通りだ。どうやら我々独自で事を進めていかなければならないらしい……」


 バルトは、机の整理をしてすぐに立ち上がると、休暇届を机の上に置く。


「少佐、今からどこにいかれるのですか?」


「奴のところだよ。どうやら、列車は脱線、彼らは次の駅に向かった。それに多くの乗客の救助が必要。やる事はいろいろだ」


「それなら私も行きます!」


 エルザも休暇届を提出する。


「き、君は行かなくてもいいだろう。これは俺の問題だ。今回は一人で行く」


「だーめ〜です! あなた一人に行かれると、また、余計な事をしでかしそうなので私もついていきます。それにまだ、訊き出さないといけない情報があるようですから!」


 バルトに近づいて、エルザは怒っていた。


「い、いやー、でも、ここの部屋に誰かがいないと部下達が……」


 それでも何とかしてこの包囲網ほういもうを抜け出そうと考えているバルト。


「大丈夫です。あなたより部下達は優秀ですから」


 エルザはバルトのことを信用していない。


「それに向こうに早くいきたいのなら、私が運転したほうがいいのでは?」


「いや、それだけはやめてくれ。向こうに着く前に俺がどうなってしまう」


 バルトは、エルザの運転テクニックを知っているため、乗ると自分がどうなるのか分かっている。


「ダメです。すぐに向かいます。私の車、すぐそこに駐車していますので……」


 エルザは窓の外を指差し、ポツンと停められている車を指差す。


「乗らないといけないか?」


「いけません。さぁ、早くいきましょう」


 エルザはバルトの背中を押し、部屋を後にした。




× × ×




 事故現場から南東に約三キロ地点––––


「あ、あちぃー。やっぱ、車内に残っておいたほうがよかったか?」


 ボーデンは、木で作られた水筒に入っている水をちびちびと飲みながら言う。


「歩いて行くと言ったのは貴方よ。私だって、疲れているんだから踏ん張りなさいよ」


 隣で歩くラミアもまた、バテている。


 二人は線路の道を歩きながら、次の駅を目指している。


「それにしてもまさか、こんなところで足止めを食らうとは……な」


「そうね。言っておくけど……」


「なんだ?」


「私、この灼熱の太陽に弱いのを忘れてた……」


 ラミアが急に倒れる。


「あ、おい‼︎ いきなり倒れるなよ!」


 ボーデンは、倒れるラミアをギリギリの位置でしっかりと受け止め、彼女を抱く。


「もう、無理。おぶって?」


「無理言うな。ただでさえ俺も体力ギリギリで歩いているんだぞ!」


「お願い、少しの間だけ休ませて……」


 ラミアが上目遣いを使い、お願いしてくる。


「うっ……」


 それを見て、ボーデンは戸惑ってしまう。


 流石にそんな目で見られると、助けないわけにはいかない。

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