Ⅱ
エルザは眼鏡を触る。
「そうだったの。貴方が眼鏡を掛けている姿を見たからかしら? ちょっと違和感を持ったから……」
ラミアは服を着終えると、髪をバッ、と払い、髪の毛一本も服の中に残さずに外に出した。
「それよりも出発時刻は午前九時十分発のメルシュヴィル行きの列車です。何本か乗り継いでもらいますので、これを……」
エルザがボーデンに何かを渡す。
「それはメルシュヴィルまでの乗り継ぎとそれまでの泊まる宿の名前です。三泊四日を考えていますので、こちらで全て手配しました。全て、バルト少佐の自前で……」
「え⁉︎ あの
ボーデンはそれを聞いて驚いた。
「そんなわけないでしょ。私が勝手に仕事としてのペナルティーとしてやったので、半ば強引に契約をさせたと言ってもいいでしょう。だから、あの人に礼なんて言わなくていいですから……。それよりも早く、朝食にしましょう。暖かく、美味しいご飯ができていますよ」
エルザは、笑顔で言った。
彼女のお世話がかりは、ボーデン達が旅立つまでの護衛としての任務でいるのだろう。出来のない上司を持って、悩んでいる中、ボーデン達にもよくしてくれる本当に出来た人なのだ。
部屋を出て、食堂へと向かう。
食堂には、多くの軍人が朝食を取っており、何やら色々と話している。
三人は、食堂のおばちゃんから用意された朝食を受け取り、端っこの席に座る。パンにスープ、目玉焼き、ベーコンなど、栄養がバランスよく取れたものばかりである。
「エルザさんは、いいんですか?」
「何がですか?」
「早く、少佐よりも上の階級に進みたくないのかと思って……」
ボーデンが心境を訊いてみる。
エルザは、コーヒーを少し口の中に含み、喉を潤す。
「そうですね。実際は、上に行きたいですよ。でも、あの人はおそらく、私以外の人が直近にいたら、すぐ辞められ、仕事が今以上に増えるでしょうね。だから、行きたくても行けないんですよ」
エルザは溜息をつく。
「それもそうですね。少佐は、魔法に関する事以外は本当に何も出来ませんし……」
ボーデンもそれを訊いて納得する。
「でも、貴方。一生、それで終わるつもりは無いんでしょ?」
ラミアが、話に入ってくる。
エルザは、ラミアにジッと見つめられて、少し戸惑う。
周りの軍人達が、朝食を食べ終え、食堂を後にしていく。最初にいた人数より過半数になっていた。もう少しで、勤務時間になるのだ。
「それも良いかもしれませんね、と言ったら嘘ではありませんが、人間、どちらの道に進んだ方がいいのか正解はありません。私だって、時々は迷う事だってあるんですよ。だから、今、若いうちは、今のままで行こうと思っています」
エルザは、何か思い深そうに何かを浮かべてそう述べた。
それからは最近の事などを話しながら、時間が来るまで楽しんだ。
昨日の夜には、十時半に出発予定だったのだが、エルザ達の取ってくれた便は九時過ぎ発だ。長話を続けていると、時間が無くなってしまう。この寮から駅までの距離はそこまで無いが、車で十分くらいの程度である。
朝食を食べ終えると、すぐに部屋に戻り、出発の準備をする。いつもの黒のコートを羽織り、服に食料、書類などをカバンの中に詰め込んで、背中にバッグをからう。
ラミアも手ぶらで何も持たずにボーデンを待つ。
「さて、行くとするか!」
準備を終え、部屋を出る。二階から一階に降り、警備員に通行許可証を渡す。正門の前には、車が停まっており、運転席にエルザが座っている。
「乗りなさい。駅まで最短ルートで送っていくわ」
窓から身を乗り出して、声をかけてくる。
二人は後部座席に乗り、車は発進する。エルザの運転技術はうまいが、スピードに乗って、乗り
「ちょっと飛ばしすぎじゃ無いですか⁉︎ 軍人が交通違反してますよ!」
ボーデンはしっかりとラミアに抱きつき、身の危険性を肌で感じる。
「彼女、一応、軍人よね?」
ラミアも運転の荒さにビックリする。
「大丈夫よ! 免許はS級ライセンスを取っているから事故さえ起こさなければ、何も言われないわ。事故さえ、起こさなければね……」
エルザは運転に集中して、ハンドルを切る。
車は十分よりも半分の五分でサールバーツ駅に到着した。
車を道路の端に停め、車から降り、駅のホームへと向かう。
ホーム内では、多くの旅行者や通勤・通学を利用している人々で混雑していた。ボーデン達も人混みに紛れて、メルシュヴィルに向かう列車の方へと移動していく。
ホーム内にある数字の『3』が書かれてある三番ホームが、ボーデン達の乗るメルシュヴィル行きの列車である。
一日目は、この列車で終点の南西の駅まで行き、乗り換えて、南の駅を目指す。
ようやく三番線のホームに入り、三両目の入り口の前に立つと、二人はエルザと向き合う。
「二人共、くれぐれも気を付けて、旅をしてきてね」
「はい」
「ええ」
二人は返事をする。
列車の発車時刻まで残り五分を過ぎていた。人々がどんどん乗車していく。
「行って来なさい。また、この地で会える事を願っているわ」
エルザが笑顔で二人を見送ると、列車に乗り込み、咳が向かい側になっている席に二人は座った。
「エルザさん、お世話になりました」
「貴方、ちょっと耳を貸して貰える?」
ラミアはエルザを手招きする。耳元に手を添えて、小声で何やら話をしている。
「次、私たちが来る頃には、少しは進展しておきなさいよ」
と、甘い言葉とからかいの言葉が入り混じっていた。
エルザの頰が赤くなる。
ピッ、ピィイイイイイイイイ!
列車の発車する為の駅員が鳴らす
「それじゃあ、いつか、また会いましょうね!」
ラミアは、微笑んで列車は走り始めた。エルザは、固まったままただ、こっちを見ているだけで、手を振ってはくれなかった。
列車はサールバーツの街を走り抜け、
「さっき、エルザさんになんて言ったんだ?」
窓の外の景色を見ながらボーデンは、ラミアに訊く。
「何も言っていないわよ。ただ、また会いましょうって言っただけよ」
「そうか……」
ボーデンはそれっきり何も話さなかった。
列車は汽笛を鳴らしながらぐんぐんと速度を上げて行く。誰もいない荒野の中で、たった一つの列車が目立っていた。
× × ×
「今、対象者に動きがありました。動きますか?」
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