と、報告があった。


「そうですね。まだ、動かなくてもいいでしょう。時間はたっぷりあります。我々の目的は、彼の足止めをする事、決して殺してはならない。世界で貴重な人材ですからね……」


 男は、暗闇の中で言った。


 周りには真っ暗で、今、どこに誰がいるのか把握出来ないほどである。


「でも、戦いは、私一人で行きます。邪魔はしないで、ここで待機しておきなさい」


「はっ!」


 男に言われた部下らしき人物は、返事をして姿を消した。


「さて、私も動くとしましょうか。あの方にいい報告が出来るように頑張りましょう……」


 男は、小声で笑った。




     ×     ×     ×




 列車はサールバーツから移動を始めて、三時間経っていた。


 それまでの区間で十五駅程停車しながら南を目指して、走り続けている。お昼も過ぎ、列車内では車内販売をしており、昼食用に弁当とお茶を買う。


「うーん。この弁当は、まあまあだな。味が薄いのか、濃ゆいのか、分かりずらい……」


 ボーデンは、弁当を食べながら文句を言っていた。旅を始めて三時間、座ったままの状態で、何一つも運動しないでいると、イライラは溜まっていく。


「私は、こういう味も好きよ。人間の食べ物は、様々な種類があって面白いわ」


 楽しそうに弁当を食べているラミア。


「これ、本当に美味しいか?」


「ええ、美味しいわ。貴方の味覚の方がおかしいんじゃないの?」


「いや、絶対にお前の方がおかしい……」


 ボーデンは笑顔を見せるラミアを見て、苦笑いする。


 本当にこの弁当は、あまり美味しくないのだ。肉の焼き加減もバラバラで、野菜の味付けも微妙な所である。お茶の方は普通の味で、食べられない事はない。


 列車はベルナウで停車し、通過していく。


「この街も懐かしいな……」


「ええ、ここはここで面白かったわ……」


 二人共、遠く見た夢のような目で、ベルナウの街の景色を走る列車の中で眺めていた。

 ベルナウにある時計塔の鐘がなり、鳥達が音に反応して空へ飛び立つ。


 そろそろ、列車の移動も中盤ちゅうばんへと差し掛かっていた。


 暖かい風が、南に進んで行くたびに車内の温度を少しずつ上げて行く。


 ボーデン達のいる三号車内は、指定席であり、人は混雑していないものの、席はびっしりと埋まっている。


「それにしても後何時間で乗り換えの駅に着くの?」


「後七駅先だな。それから乗り継いで、十駅先が、今日の目的地だ」


 渡されたメモを読みながら言う。


 こまめに書かれたメモには、日程の他にもその地で有名な店などが書かれてあった。


「長いわね、列車での旅っていうのも……」


「まあ、国際魔法師になってから国と国を行き来しているから当たり前になっているけどな。でも、体を動かせねぇーのが、一番のストレスだけどな……」


「貴方、国際魔法師よりも戦場で戦う軍人になった方が良かったんじゃないの?」


「いやいや、そんな面倒な堅苦しい世界にだけは入りたくないね。絶対に団体行動なんてできない自信がある」


「貴方が、自信満々に言うと、なんだか言い返す言葉もないわ」


 食べ終えて、箸を中に入れ、袋に包む。


 眠気と疲れが、溜まって行く。到着まで、二時間もある。


「はぁ……眠いわ。時間が来たら起こして……」


 と、ラミアは目をこすりながら長椅子で横になって眠り始めた。


 吸血鬼きゅうけつきである彼女にとっては、昼間に眠くなる事もあるのだろう。もしくは、体力の回復をしているのかもしれない。


「結局、寝るのかよ……」


 ボーデンは、肘当てに肘を置き、手の上にあごを乗せて、外の景色をじっと眺める。


 退屈そうにしているこの時間が、唯一の平和だ。


(それにしても、さっきから妙な気配がするんだよな……。一応、警戒はしているんが、向こうから仕掛けて来ない以上、こっちから何もしないでいいだろう……)


 ボーデンはさっきから気になっていた気配は、こちらの様子を伺っているようだ。


 だが、周りの空気は変わっていない。


「ラミア……」


 ボーデンが小声で呼びかける。


「分かっているわ」


 寝ながら問いに答える。


 ラミアは仮眠を取りながらも、相手の放つ小さな殺気に気づいていた。


 いつ、どこから仕掛けて来るのかも分からない。


「どう思う?」


「ま、気にする程ではないけど、準備だけはしておいても損はしないわ」


「分かった。ちょっとしたトラップでも仕掛けておくさ」


 ボーデンは、荷物を置いている席に小さな魔法陣を描く。他にもメモ帳に似たような魔法陣を描き、人から見えない死角になる場所に張り巡らせる。


 国際魔法師のボーデンにとっては、罠を仕掛けるのは、朝飯前である。


「これでいいだろう……」


 魔法陣を張り巡らせた後、いつでも魔法を発動できるようにしておく。


「ええ、それくらいだったら周りの人にも迷惑はかからないわ。でも、戦うんだったら上でやってよね」


「ああ、分かっているよ。俺からは仕掛けずに、動きがあれば自動的に場所を転送できるようにしてある。俺に何かあったらサポートを頼むぞ」


「はいはい」


 二人に歩み寄る、不気味な影はこちらを睨みつけたまま動こうとしない。


 このまま安全に旅を続けられば、周りに危害を加えなくて済む。




 一方、その頃––––


「ふむふむ、この列車に彼が乗っているのですね。さてさて、向こうに気づかれたようですし、動こうにも動けませんねぇ。まったく困ってものです。どうしましょうか……」


 黒髪に黒のスーツ、黒の帽子をかぶった男が、不気味な笑みを浮かべながら、次の一手を考えていた。


「相手は国際魔法師と、もう一人は……一般人? んー、これだけでは分かりませんね。こちらから仕掛けるのは、少し不利になるかも知れませんが、致し方ないですね」


 男は、自問自答で頷きながら、思考を巡らせる。


 風が強く吹いている。一つでも気を抜けば、体が持っていかれそうなスピードを保っている。


 空は、雲が少しずつ多くなっていき、太陽が隠れ始める。


 男がいる場所は車内ではなく、列車の上なのだ。


「それじゃあ、乗客を使って、一つ、手を打ってみましょう。『夢見る少女は、裏切らない』と言ったのは一体誰でしょうね」


 男はしゃがみ込んで、後ろの車両にある屋根に右手を置いた。


「さあ、遊ぼうか」


 男は、魔法を発動させた。




「––––‼︎」


「‼︎」


 二人は目を覚まして、男の張り巡らせた魔法に反応する。

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