「…………」


「どうせ、何も知らないんだろ? 吸血鬼だから、少し見栄を張ってみたってか? そんなのはどうだっていいんだよ。知らないなら知らないとはっきりと言ったらどうだ? これだから、女っていう生き物は面倒臭いんだよ」


「…………」


 ラミアはイライラが募った。


 そして、その怒りは及第点きゅうだいてんを過ぎ、爆発した。


「うるさい……」


「はぁ? 何が……?」


「うるさいって言ってるのよ……」


 静かに怒りが増してくる。


 テーブルの上に置いてあったコップがカタカタと小さな音を立てて、ラミアが起き上がると、髪の毛がフワッと、宙に浮く。


 キィーン!


 耳触りがする。


 これはラミアから発せられる音だ。彼女が自発的に出しており、目がボーデンを瞬殺する勢いのある殺気を放っている。


「え? ラ、ラミア?」


 ボーデンは、その様子を見て、焦りが激しくなる。


 手をボキボキと音を鳴らし、牙を出し、瞳が赤くなる。


 一歩ずつ、前へ近づいていき、ボーデンの前まで来ると、右手拳を奮え立たせて、そのまま目の前に座っているボーデンを狙う。


「ヒィッ‼︎」


 拳は、顔の左側を擦り、突き破る。


 怖かった。今までで、彼女の怒っている表情が何よりも殺気立っていた。それは相棒あいぼうであるボーデンに対しても容赦ない怒った表情。


 女は怒らせると怖いと言うが、ラミアは別格だ。昔、エルザに怒られた時以上、本当に怖かったのだ。


「今度、変な事を言ったら、ただの擦り傷では済まないわよ。よく覚えておいて……」


 ニコッと笑ってみせる。


「は、はい……」


 ボーデンは、震え声で返事をした。


 ほおかすり傷から流れる血など、何も痛みを感じなかった。


「知ってる? 私があなたを殺さないでいる理由を? それが何なのか? よく覚えておいておきなさい……」


 頰から流れる血を綺麗な人差し指で拭き取り、それを舌で舐める。


 彼女がボーデンを殺さない理由。


 それは彼自身、まだ、理解していない。


 していないままで、その真の理を知るのは、来たるべきなのだろう。


 夜が更けていく。


 まだ、夕食を食べていなければ、風呂にも入っていない。


 旅はまだまだ続く。人が生きている限り、終着点の見えない旅が続いていくのだ。


「飯でも食うか……?」


 ボーデンが言った。


「ええ……」


 と、ラミアが微笑んで返事を返した。

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