「もう一つだと?」


 ボーデンは嫌な顔をする。


 さっきの一つでも、面倒だと思っていた矢先に追加の依頼をされると、イラっときてしまう。


「ああ。そこの遺跡にヴィルヘム国の国家魔法師である人物に会って来て欲しい。もしかすると、貴様の手助けになるかもしれん。訪ねてみてはどうか?」


 バルトは、ボーデンの為を思っての提案だった。


「俺の手助けだと? そんなに凄い国家魔法師なのか?」


 半信半疑に聞いていたボーデンは、バルトの言葉を鵜呑みにせず、まず、その国家魔法師の話を疑った。


 自分よりすごい魔法使いがそう簡単にいるとは思えないボーデン。


「ま、信じないのはそうだろうな。だが、その国家魔法師は、長年、あそこの遺跡を研究し続けている人物だ。国家魔法師で留まっているが、本来の力であれば、国際魔法師であってもおかしく無いしとだ」


「つまり、力はあるのにそれを勿体ぶった魔法使いって事か……」


「そう言う事だ」


 バルトの話を聞いて、少し考え込んでしまうボーデン。


「私もその魔法使いに会ってみたいものね。もしかすると、面白い事が分かるかも……」


 ラミアは話に乗っかる。


「その魔法使いは、課題魔法に近い原理げんりの研究を非公開で半ば完成させていると言っている。俺も魔法使いとしては、見てみたいものだが、未だに一度も見た事がない。でも、貴様だったら……いや、言わないほうがいいだろう。一度、会ってみた方がすぐに分かる」


 勿体ぶって、それ以上は話そうとしなかった。


 エルザは、空になったコーヒーカップに追加で二杯目を入れ、バルトの分も一緒にいれる。

 話はそれから1時間ほど長続きをし、気付いた頃には夕方になっていた。


「さて、話す事は全て話したが……君達は、この後、どうするつもりかね? 手紙は明日、エルザに持って行かせるつもりだ」


 バルトは、自分の手紙を彼女に持って行かせると言った。


 彼は明日、軍の会議に出席しなければならないのだ。


 外には、子供達の姿は消え、夜の大人たちが徐々に姿を現す。まだ、この街に泊まる宿の予約を取っていなければ、夕食すら食べていない。


「取っているわけがないでしょ」


 ボーデンは額に手を当てる。


「そうか。だったら俺とエルザが住んでいる寮に泊まればいい。我々の客人と言っておけば、少しの滞在は可能だしな……」


「一応、礼は言っておきます。しかし、少佐。俺達は明日、キルヒベルク国行きの午前十時半発の列車に乗るんで、早めにエルザさんに渡しておいてくださいよ」


 ボーデンは有難く行為を受け取った。




 寮は、軍の本部から数百メートル歩いた場所に設置されている。


 全方位に警備員を設置し、徹底的に安全なセキュリティーをしており、外部からの侵入を許さない高い壁の上には、電気線を張り巡らせている。


 この寮は男女問わず、それぞれ個室があり、バルトとエルザの部屋は、何かあった時の為に二階の隣同士の部屋にしてある。


 そして、ボーデン達が泊まる部屋は、その隣にある空き部屋だ。


 空き部屋と言っても、軍の寮であり、部屋の中は綺麗にしてあった。ベットも二つ用意されており、トイレと風呂も付いてある。一階には、大浴場があり、そっちを利用する人もいる。


「それにしても本当にこの部屋には、誰も住んでいないのか?」


 あまりの綺麗さに驚いているボーデン。


「住んでいませんよ。寮母りょうぼさんが、誰が来てもいいように手入れをしていますからね。しっかりと清潔さは保たれていますから……」


 エルザが部屋の中を案内して、二人に説明をする。


「それにしても良かったの?」


「何が……ですか、エルザさん?」


「二人が同じ部屋って事よ。せめて、二部屋用意出来たら良かったんだけれど……」


 心配そうな表情で、二人を交互に見る。


「大丈夫よ。私とボーデンに間違いが起きる事なんてないわ。吸血鬼と人間よ。格の違いがあるわ。それとも貴方は、何かを期待しているのかしら?」


「いえ、そ、そんな事は……!」


 エルザは顔を真っ赤にして否定する。


 ラミアは、その反応を見て意地悪そうに笑っていた。


「んっん……。とにかく、明日の七時頃には起こしに行きます。それと、これが寮の通行許可証です。外出する際には、持って行ってくださいね。一応、警備の人には話をつけておきますけど、くれぐれもお忘れのないように……」


 二人に通行証を渡し、念に念を押してくる。


「分かってますよ。無くしませんって!」


 ボーデンは縦に首を振りながら、少々怖い顔をするエルザに困っていた。


「それでは、私は一度、軍の方に戻るので、後はごゆっくりしてください」


 そのまま扉を閉めて行った。


 残された二人は、左右の壁に沿って設置されたベットに座り、寝転んだ。


「なぁ……」


「ん?」


古代魔法こだいまほうの事について、何か知っているか?」


 気晴らしに訊いてみる。


「そうね。簡潔に述べれば、一なる魔法……原初魔法げんしょまほうよ」


「原初魔法?」


 ボーデンは首をかしげる。


「今、ボーデン達が使っている魔法は、長年、誰もが研究して積み重ねてきた魔法よ。それより遥か昔に、魔法が生まれた頃は、指で数えることしかなかったと言われているの。それが原初魔法。その原初魔法の次に出来たのが古代魔法ってわけ。だから、古代魔法=原初魔法と、考えても間違いではないわ」


「原初魔法ね……」


「私達、吸血鬼は古代魔法までは行かないけれど、進化を続けている魔法よりかは、強力であり、今の時代の魔法に転換するのは容易い事。だけど、今度行く、遺跡には何かしらのヒントはあるわ」


 ラミアは、天井を見上げる。


 古代魔法の話をしていると、その真実を明らかにしたいと考えてしまう。


 人は、何かを得る為に、何かを犠牲にしなければならないと言うが、魔法も同じく、新たに魔法を研究する為には、古い物を捨てていく覚悟がなければならない。


 時には、過去の研究資料が役に立つことが多いが、それでも前に進むのには、閃きと発想力が伴ってくる。


「古代魔法を手にした人間は、どうなるんだ?」


 息を呑む。


「それは私にも分からないわ。それこそ、あなたの仕事でしょ。国際魔法師にまで上り詰めて、そこから先を調べないのは失格よ。後は、自分で考える事ね……」


 ラミアは、言い返した。


「お前、嘘ついているだろ?」


 ボーデンは、いきなり変な事を言った。


「何を言っているの?事実を言っているだけよ。私は……」


 ラミアは、慌てて言い返す。


「いや、お前が嘘をつく時、声の音域が一オクターブ微妙に高くなるんだよ。俺は、耳はいい方だからなんとなく分かる」


 ラミアを睨みつける。

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