「これはーあれだ。部下のあいつが、仕事をしなかったせいでこんな量になったせいだ。気にするな。部下の失態は上司である俺がどうにかする」


 バルドは、ドヤ顔で偉そうに言った。


 だが、そんな時に扉をノックする音が聴こえてきた。一人の女性が部屋に入ってくる。


「誰が部下の失態ですか? その失態の全てはあなたが仕事を全くしないからでしょ。それ、一週間も溜め込んだ結果なんですけど、いい加減に終わらせてもらえませんか? 私にも自分の仕事というものがあるんですよ」


 金髪の髪をまとめた女性は、頭を悩ませながら言った。すぐにバルトの隣に立って、追加の資料と書類を積み重ねる。


 バルトと同じ女性用の軍服を着ており、肩に付けられた階級は上級大尉じょうきゅうたいいの称号が刻まれている。バルトの次に偉い階級と言ってもいい。欲を言えば、一つ大きな事件を成し遂げれば階級が逆転する事もあり得るのだ。


「ど、どこら辺から聞いていたんだ。エルザ……?」


 追加される紙の山を見ながら、苦笑いをして訊く。


「最初から全てですよ。全部、外に丸聞こえでした。この意味、解りますよね? この後、あなたが取るべき行動も何もかも……」


 エルザは、上からバルトを見下すかのような目で見る。上司がここまで部下に尻を叩かれるのは、このコンビ以外にいないだろう。苦労人であるエルザにとっては、さっさと上司よりも上の階級に昇りたいはずだ。


「はぁ……。分かっている。街の美味しいケーキ屋でケーキでも買ってくればいいのだろ?」


「分かっているのであれば良いんですよ」


 エルザは、微笑んだ。


「久しぶりですね。エルザさん」


 ボーデンは、エルザに挨拶をする。それを聞いて、エルザも挨拶を返す。


「ええ、久しぶりね。今回の事件は、耳に入っているわ。それに隣にいる子は、あなたの彼女さんかしら?」


「いや、それは……」


 ボーデンは、エルザから視線を逸らす。


 それを見逃さなかったエルザは、何かに察した。


「訳ありってわけね。いいわ、面倒ごとは全て、そこの無能な上司に押し付けなさい。この人がなんとかしてくれるはずだから」


 と言って、エルザは給水室にコーヒーを入れに行った。


「俺でも全ては対処出来んぞ……」


 バルトは、嫌そうな顔をしながら言葉を漏らした。


「まあ、そこのソファーに座ってくれたまえ」


 バルトが、来客用のソファーを指差す。黒の綺麗なソファーであり、汚れても目立たないようになっている。


 ボーデンとラミアはソファーに座り、向かい側にバルトがどっしりと構えた体勢で座る。エルザが出来立てのコーヒーをテーブルの上に四つ並べると、バルトの隣にゆっくりと座る。


 湯気ゆげが立つコーヒーに、ボーデンは砂糖と牛乳を追加して、スプーンでかき混ぜた。


「君は未だにブラックで飲めないのかね」


「すみませんね、まだ、子供なので……」


 ボーデンはコーヒーを飲む。


 一息ついたところで、バルトが話の本題に入る。


「さて、物は言いようだが貴様の隣にいる女は一体何者だ?」


 少し殺気を放つバルト。周りの空気に緊張が走る。沈静して数秒後、ボーデンではなくラミアが口を開く。


「貴様は誰に向かって言っておる……」


 いつもの話口調ではない。少し、偉そうに上から目線で言う。


「妾を誰だと思っておるのだ?」


 ラミアは、睨みつけながら不敵な笑みを浮かべる。


 それを隣で見ていたボーデンは、黙ったまま何も言わずにただ、コーヒーを飲み続ける。


「この瞳を見ても判らぬか?」


 ラミアは、青い瞳を赤い瞳に変化させ、口を開き、吸血鬼である証拠の歯を見せる。二人は、ラミアの素顔を見て、驚き、真剣な表情を見せる。


「きゅ……吸血鬼……」


「嘘でしょ……」


 二人は驚くあまり、つい、言葉を漏らす。


 自分たちの身近に吸血鬼が存在している事が珍しい。人間にとって、吸血鬼は恐れられるものである事は、誰もが知っている。そして、人間と共存している吸血鬼なんて、自分達の目で実際に見た事がない。しかも、実際の吸血鬼が人間と同じ姿である事にも驚いていた。


「––––と、まあ、堅苦しい口調も面倒だから、普通に話しても良いわよ。さっきは試してみただけだから……」


 ラミアは、楽な姿勢になり、微笑んだ。


 二人は驚いたせいで、コーヒーを何度もの見直しをしながら気持ちを落ち着かせる。


「吸血鬼だったとは、驚きだったな……。これはこれで後々面倒になるな。俺の方でも対処できるかどうかも難しいぞ」


 バルトは、エルザの方をチラッと見る。


「すみません。これは私達でも難しいですね。でも、信頼できる人達だったらどうにか出来るとしても軍の上層部や同僚達の目を欺ける事が出来きないのは、数人いるかもしれないですからねぇ。国外のパイプを使ってもやはり、国家魔法師の資格を持っている者の中には、彼女の正体を見破るかも知れません」


 エルザが冷静に分析して、すぐに考えをまとめる。


「やはりそうか。って、事だが貴様はどう思っている?」


 バルトはボーデンに訊く。


「そうだな。ラミアが吸血鬼って事を見抜く奴はいるだろうが、普通の人間いる時は、バレる恐れは無いが、その辺どうなんだ?」


「大丈夫よ。私が普通の人間でいる時は、魔力もない状態だし、使う時は使う時で、出し入れ可能なのよ、吸血鬼という生き物は……。ん、これはちょっと苦いわね……」


 ラミアは苦味のあるコーヒーに砂糖を足した。


「だそうだが、なんとかなるらしい……」


 ボーデンは、バルトに面と向かって言った。


 それでも多少は不安であるが、彼女が大丈夫だと言うのであれば、大丈夫なのだろう。三人は、少しホッとする。


「そうか。でも、念の為、こちらでも色々と根回しはしておこう。貴様が国際魔法師だとしても国から、世界から圧力を掛けられたらたまったものではないだろ?」


「ああ、すまないな。少佐」


 ボーデンは礼を言う。


「いや、礼を言わなくてもいい。こちらも色々と協力してもらっている身だしな……」


 バルトは、笑って返事を返す。


 ボーデンには、裏で国外の軍に所属しているバルトの友人にパイプを繋いで、やりとりをしている。


「エルザ、この件に関しては俺の許可を出すまで、他人には話すな」


「分かりました。この件は、頭の隅に入れておきますよ」


 エルザも小さくうなずいて承諾した。


「そういえば、少佐」


「なんだ?」


「ベルフォール国のヴィオレット大佐から手紙を預かっている」


 ボーデンは、自分のバッグの中から一通の手紙を取り出して、バルトに渡す。封筒の口には、丸い赤いシールが貼られていた。


「あの女が俺に手紙だと? 毒でもあるのか?」


 バルトは警戒心を持つ。

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