第20話「浮気? その2」



「お待たせ」

「来たわね」


 バレンタイン当日。哀香ちゃんはプチクラ山に私を呼び出した。隣に花音ちゃんが陽真君と蓮君に渡すチョコを持って立っている。私と哀香ちゃんも一応彼氏に渡す予定のお菓子を持ってきた。


「あれ? 優衣ちゃん?」


 哀香ちゃんの後ろに妹の優衣ちゃんもいた。


「優衣ちゃんも来たの?」

「そう! だって豊さんの様子がおかしいんだもん。バレンタイン当日は忙しくて私のチョコ受け取れないって言うのよ」


 え? 豊さんも?


「哀香ちゃん……」

「そう、そういうことよ」


 事の成り行きを詳しく説明すると、昨日哀香ちゃんから蓮君が浮気してるとLINEがきたのが始まりだ。具体的には蓮君がバレンタイン当日は忙しくてお菓子を受け取れないと言っているらしい。そして蓮君もフォーディルナイトにいるらしく、アンジェラの仕事の手伝いをしているのだという。哀香ちゃんはそれを読んで浮気だと判断したらしいけど、状況が陽真君と酷似……どころかそのまんま同じなので、私達はとても気になった。


 ちなみに豊さんも同じことを言ってバレンタイン当日は忙しいと言っているらしい。優衣ちゃんがわざわざ豊さんのためにチョコを作ってきたというのに。優衣ちゃんがさっきから浮気だ浮気だと騒いでいる。


「とにかく行くわよ」

「でも、転移するには誰か向こうで祈りを捧げてる人がいないと……」


 そうだ。今は昼間だし、アンジェラが祈りを儀式を始める時間とも程遠い。向こうの人と時間を決めて祈る約束をしているわけでもない。今祈りを捧げたって……




 シュー


「え?」


 花音ちゃんが試しに祈りを捧げてみたところ、なんと霧が発生した。


「やった! 行くわよ、みんな!」

「お~!」


 偶然にも向こうで誰かが同時に祈りを捧げていたようだ。これは運がいい。私達はお菓子を片手に霧の中に飛び込んだ。






 霧を抜けるとそこは森だった。私達はそこから山を下りてあのバーに向かった。しかし、いつもなら出迎えてくれるはずのケイトさんがいなかった。ウェイトレスさんが言うには彼女もアンジェラの仕事を手伝いに城に行っているらしい。私達も馬車を借りて城に向かった。




「おぉ、皆さん久しぶりですね」


 城に着くと、門番が快く入れてくれた。私達はあの戦いでフォーディルナイトを救った英雄と見なされているらしく、なんの警戒もされなかった。これは助かる。私達は城に入ると一目散に自分のパートナーを探し始めた。


「れ~ん! 出てきなさ~い! 私のお菓子が食べられないって言うの~?」

「豊さぁ~ん! お願いだから受け取ってください!」

「まさか本気でアンジェラと浮気してんじゃないでしょうね~?」

「豊さんは私だけを見てればいいんですよ~!」


 叫びながら宮廷内を歩き回る黒田姉妹。お互い自分の彼氏がアンジェラと浮気していると思っているみたいだ。浮気なんて考え過ぎだよ……。


 私はなんとなく中庭に出てみる。アフタヌーンティーが楽しめそうなテーブルがいくつか並べられている。




「あれ?」


 サッ

 私は植木の陰に隠れる。今、アンジェラの黄色い髪が見えた。彼女の黄色い髪は緑で溢れる庭園の中でも特に目立つ。陰からゆっくり顔を出すと、そこには確かにアンジェラがいた。仕事じゃなかったの?


「……え?」


 私は目を見開いた。アンジェラの目の前に陽真君がいた。なんで? アンジェラも陽真君も仕事らしい仕事をしておらず、中庭で二人きりで何か話してる。私は二人の会話に耳をすます。


「で? 何か用か?」

「えっと、アーs……じゃなかった、陽真!」

「だからいい加減陽真呼びに慣れろって」

「えへっ……」


 え、何? 何なのあの和やかな雰囲気……。まるでその……二人が付き合ってるみたいな感じ。ここで初めてアンジェラが背中に小さな箱を隠し持っていることに私は気がつく。


「陽真、これ……」


 アンジェラはその箱を陽真君に差し出す。中身は私でもわかった。今日はそういう日だから。


「チョコ? 俺にか?」

「うん、だからその……」




 バサッ


「だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


 気がつくと、私は植木の陰から飛び出していた。自分でもわからないくらい体が過敏に反応してしまったのだ。


「へ!?」

「凛奈! なんでここに……」

「陽真君! そ、その……う、浮気はダメなんだよ! 陽真君はその……わ、私のものなんだからぁ!!!」


 私はほとんど涙目になりながら陽真君に訴えかける。思考が完全に停止し、陽真君がアンジェラと浮気していると信じ込み、言葉を吐き出す。陽真君とアンジェラは泣き叫ぶ私をまじまじと見つめる。




「ぷっ……」


 アンジェラが吹き出した。


「あははははははっ!」


 アンジェラは高らかに笑い出した。泣きじゃくる私を小馬鹿にするように。


「別に浮気じゃないわよ」

「え? でもチョコ渡そうとして……」


 私はアンジェラの手に握られた小さな箱を指差す。ピンクのリボンに結ばれた可愛い箱を。


「これはただの感謝の気持ち。凛奈達の世界で言う『義務チョコ』ね」

「『義理チョコ』な」

「そう、それそれ」


 陽真君が横から訂正する。それじゃあ、アンジェラはただ単に仕事を手伝ってくれたお礼に陽真君にチョコを渡そうとしてたんだ。


「でも、仕事が忙しいっていうのは……」

「あれ? 陽真、アンタ凛奈に説明してないの?」

「あぁ、言うと凛奈が嫌がりそうだからな」


 そう言って陽真君とアンジェラは、私をある場所に誘った。


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