第19話「浮気? その1」




「陽真君……あの……こ、これ……」

「え?」


 陽真は凛奈に公園に呼び出された。凛奈は意を決して紙袋を手渡した。陽真は凛奈からのプレゼントを爆発物を扱うような慎重な手つきで受け取る。


「えっと……今日はバレンタインだから……」

「チョコか!? サンキュー凛奈! すげぇ嬉しい!!!」


 いつものノリで凛奈の頭を撫でる陽真。凛奈の頬を意図も容易く赤く染め上げる。


「ママに手伝ってもらったけど、頑張って作ったの……///」

「まさかの手作り!? すげぇ! 本当にありがとな!!!」


 陽真は感嘆符を羅列し、凛奈の頭をこれでもかと撫で回す。撫でられる度に、凛奈は陽真への想いを一層強める。


“陽真君……”





「起きなさい、凛奈」

「えへへ……ムニャムニャ」

「えへへじゃないわよ。早く帰りましょ」

「陽真くぅん……大好きぃ……ムニャムニャ」

「起きろ! バカ凛奈!!!」


 バシッ

 かなり鈍い音が響いた。凛奈は涙目になりながら頭に手を当てる。


「……痛い」

「何が『陽真君だいちゅき~』よ。そういうのは直接本人に言うのが決まりでしょ」


 哀香は机の側面に掛けてあった凛奈の学校鞄を机上に乗せる。凛奈は机の中の教科書やノート類を鞄にしまって帰宅の準備をする。ちなみに今日は2月12日、テスト最終日。テストが全教科終わった達成感のあまり、気が緩んで眠ってしまったというわけだ。


「……ったく、幸せそうに眠りこけちゃって、一体何の夢見てたんだか」

「えっとね……」


 夢を見ていたというよりかは、昔の記憶を回想していたという方が正しいだろうか。陽真と知り合い、初めて迎えた2月14日、バレンタインの日の出来事だ。陽真との間の関係性に何らかの変化が生じた時、凛奈は眠っている間に彼との思い出を回想することがある。


「陽真君に手作りチョコあげたら頭ナデナデしてもらった夢……///」

「うぉえぇ……」


 口に手を当てて吐き気を催す哀香。これもまたいつも通りの反応だ。決して幻滅している訳ではない……と思われる。


「あっ、そうそう。さっき陽真が来たんだけど、今日は一緒に帰れないんですって」

「えっ、そうなんだ」


 自分が先程まで寝ていたからだろうか。だとしても、陽真がわざわざ直接伝えず、哀香を介して伝えてきたことを凛奈は不審に感じる。とにかく二人は支度を終え、真っ直ぐ昇降口へと向かった。






「……」


 プチクラ山の時計広場で陽真は時計台の時刻を確認する。時計の針が午後5時を示した瞬間、目を閉じて手を合わせる。思い浮かべるのは、向こうの世界で同じく祈りを捧げるアンジェラだ。


 シュー

 霧が発生し、瞬く間に時計広場を白く覆い尽くす。陽真は意を決して中に飛び込んだ。






「そういえばもうすぐバレンタインよね。陽真にチョコ渡すの?」

「うん、毎年あげてるからね。と言ってもチョコではないけどね。哀香ちゃんは蓮君に?」

「まぁね。めんどくさいけど、一応付き合ってるし」


 靴を履き替えながら、二人はバレンタインの予定を話し合う。


「私はたくさんの人にあげる予定あるけどね」

「へぇ~、花音ちゃんも手作り?」

「えぇ! その方が支持率も上がるし♪」

「支持率って……(笑)」


 花音は同級生の男子全員にチョコを渡し、自分の存在を印象付けるつもりだという。いつものように生徒会長として当たり前のことだと言い張るが、全くもって関係性が理解できない凛奈と哀香。


「……」

「……」

『んんん!?』


 二人はようやく花音が当たり前のようにごく自然に自分達の会話に混ざっていることに気がつく。


「花音ちゃん!?」

「アンタいつの間に現れたのよ!?」

「え? なんでそんなに驚くの?」


 ともかく、花音はその場の成り行きで一緒に下校することになった。三人は歩き話をしながら一緒にチョコを作る約束をした。特に花音は約100人近くの分も作らないといけないため、凛奈と哀香が手伝うことになった。


「ねぇ、凛奈は何作るの?」

「えっと、キャンディ……」


 花音は凛奈に尋ねる。凛奈は恥ずかし気に答える。


「キャンディ……珍しいチョイスね。なんで?」

「キャンディならすぐに無くならないからずっと楽しめると思って……」

「なるほど、そのキャンディみたいにいつまでも終わらない関係でいようってわけね」

「……///」


 バレンタインに送るお菓子には意味があると言われている。クッキーは軽い食感から「友達でいよう」、マカロンは高級なイメージがあるため「あなたは特別な人」、キャラメルはその懐かしさから「一緒にいると安心する」など。そしてキャンディは固くて割れず、長い間口に残るため、関係が壊れないポジティブなイメージから「あなたのことが好き」ということになる。


「……つまり本命?」

「う、うん……///」

「可愛いかよ!」


 凛奈の真心に思わずときめいた花音。バレンタインに送るお菓子の意味を考慮した上でのチョイスだった。考えてみれば、凛奈にとって初めて陽真に恋人として渡すバレンタインだ。渡すお菓子は必然的に本命となる。


「哀香は?」

「無難にクッキーかしらね」

「へー、つまり軽い関係でいようってこと?」

「違うわよ! あのね、そもそもお菓子に元々込められた意味なんて正直当てになんないのよ。大事なのは自分の気持ち。自分がどんな気持ちを込めて相手に送るかが大事なのよ!」

「……」


 一定の静寂に包まれる。哀香は自分があまりに恥ずかしい発言をしたことに気がつき、顔を赤く染める。


「流石乙女ね~♪」

「哀香ちゃん可愛い~♪」

「うっさい!!!」








 今日は2月13日、木曜日。来るべき明日に備え、今日は早速お菓子を作っていく。料理が得意な哀香ちゃんの自宅のキッチンを貸してもらった。私と哀香ちゃん、花音ちゃんの三人はテーブルに並べられた材料とにらめっこする。


「それじゃあ、始めましょ!」

「お~」

「おぉ~♪」


 私達はシャツの袖をまくった。




 2時間後、私はひとまず椅子に座って落ち着く。冷蔵庫に丸めたキャンディの玉を並べたトレーを入れた。同級生の男子全員に渡す分のチョコレートも全て冷蔵庫に入れ、固まるのを待っている。花音ちゃんはただチョコを溶かし、ハート型や星型にして一口サイズに固めただけだけど、真心は込めてあるはずだからよしとしよう。哀香ちゃんは既に焼き上がったクッキーを小さな袋に詰め、リボンを結んでいる。


「さてと、蓮に知らせなきゃ」


 クッキーを詰め終えた哀香ちゃんはスマフォを取り出し、蓮君にLINEを送る。どこかに蓮君を呼び出して、そこで直接渡すようだ。今からそのアポをするみたい。


「凛奈も陽真に言っといたら? 明日お菓子渡すって」

「うん」


 私はスマフォで陽真君とのLINEのトーク画面を表示する。明日も春休みの真っ最中だし、部活も無かったから私も陽真君も特に用事はないはずだ。


『今年もお菓子作ったよ✨明日楽しみにしててね♪』


 文面はやけに呑気だけど、明日渡すのは本命だ。それを悟られないように明るく振る舞う。私はLINEを閉じてスマフォをテーブルに置いた。


「そろそろ固まったかな? 凛奈、哀香、手伝って♪」

「うん!」

「はいはい……」


 キャンディもそろそろ固まったかな。自分の分も詰め終わったら、今度は花音ちゃんの分のチョコも手伝わなくちゃ。


「花音、今さらなんだけどさ、アンタどうやって渡すの? 今春休みよ?」


 哀香ちゃんがチョコを袋に詰めながら、花音ちゃんに聞く。確かに、同級生の男子全員分はかなりの量で、しかも春休みだからみんな学校にはいない。だからといって、流石に男子全員に集まってもらうなんてできないだろう。


「直接自宅を訪ねて回るわよ。住所は知ってるし♪」

「家庭訪問か!」


 花音ちゃんに粋のいいツッコミを入れた。そういえば花音ちゃんは学校の生徒全員の個人情報を把握してるんだっけ。だから住所も知ってるんだ。いつも思うけど、一体どうやって調べてるんだろう、怖いなぁ……。


「さっ、頑張って詰めましょ! 男子達に喜んでもらうために♪」

「うん!」

「はいはい……」


 とにかく私達はチョコを袋に詰めていく。何はともあれ、誰かに喜んでもらうためにプレゼントを送るのはいいことだ。私達はそれぞれの大切な人のためを思いながら頑張った。






『悪ぃ凛奈、訳あって今フォーディルナイトにいるんだ。仕事手伝ってんだけど、忙しくて明日も帰れそうにねぇんだ。菓子は帰ったら受けとる』


「え……」


 時刻は午後9時半を迎える頃。お風呂から上がり、パジャマに着替え、布団に寝転がって何気なくスマフォを見て、やってそのメッセージに気がついた。いつもの陽真君なら30分以内には返事をするはずなのに、今回はやけに遅い。多分返事にある通り、仕事が忙しくて返せなかったんだろう。


「……」


 先月の舞踏会の件で、フォーディルナイトにいても現実世界と電波が通じ合っていることがわかった。向こうにいてもLINEができるわけだ。それでもこんなに返事が遅くなるなんて。そんなに仕事忙しいのかな?


 そもそも仕事って? 前にアンジェラが言ってたイヌネコ団のことかな? でも、なんでわざわざバレンタインの日に手伝いに行くのかな……。


 ピコンッ


「ん?」


 スマフォにLINEの通知がきた。哀香ちゃんからだ。




『蓮が浮気してる』




 ……え?


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