第6話「狙われた女王」



「イヌネコ団? 何それ(笑)、おもしろ~い!」

「でしょ? それなのにアイツらと来たら……ブツブツ」


 私はアンジェラの部屋で彼女とティーパーティーをしている。ロイヤルミルクティーやらハンドメイドクッキーやらを片手に他愛もない話で盛り上がっている。ほとんどアンジェラが一方的に話してるんだけどね。


「それにしても美味しいね、この紅茶とお菓子」

「ケイトさんの自信作ですって」


 流石ケイトさん。元々あのバーを経営していただけあってお茶菓子まで作れるなんて、毎日こっちに来て楽しみたいかも。


「ちゃんと女王やってるんだね」

「いいえ、私だけじゃあまだまだ力不足よ。今だってまだ騎士団に頼りっぱなしなところあるし」

「それでも前よりは成長したと思うよ。偉い偉い」

「凛奈……///」


 私はアンジェラの頭を撫でる。いつも陽真君にやってもらってるみたいにすりすりと。アンジェラは紅茶のように頬を赤く染める。最初に出会った頃は本当に小さな子どもみたいに見えたのに、今はとても凛々しくなったというか……女王としての風格を有している。


 ……あっ、言い遅れたけど、アンジェラと一緒にいるということは、私は今フォーディルナイトに再びやって来ている。久しぶりに顔を合わせようとプチクラ山に来て、祈りを捧げてみたら運良く霧が発生した。フォーディルナイトで誰かがタイミングよくかみさまに祈りを捧げていたらしい。たまにこうやってアンジェラの元に遊びに行っている。


「そういえばアーサー……じゃなかった、陽真とはうまくやってる?」

「あっ、うん……」

「無事恋人同士になれたって前言ってたわよね? あれから進展してる?」

「うーん……まぁ、ぼちぼちと」


 進展したかしてないかと聞かれると微妙なところだ。苦笑いで答えるしかない。でも、どちらかと言えば進展してる方かもしれない。


「ハグとかキスはした?」

「う、うん……」

「セックスは?」

「えっ!?///」


 とんでもない質問に心臓が口から飛び出しそうな程驚いた。つい赤く染まる頬を隠せなくなる。


「まだなの? そろそろしてもいい頃でしょ~♪」

「もう……からかわないでよ///」

「んふふ♪」


 アルバートさんとカローナさんが言うには、アンジェラは今は14歳らしい。優衣ちゃんと同年齢だ。その歳でそういうえっちな知識を蓄えているなんて……一体どこから知識を吸収しているんだろう。理の書とか? いや、そんなことないか。


「あっ、そろそろ帰らなきゃ」

「えぇ~、もう少しいいじゃない! 何なら泊まってったら?」

「でももうすぐ4時だよ。哀香ちゃんが待ってるの。4時に向こうで祈りを捧げるように言ってあるから」


 事前に指定時間に哀香ちゃんに祈りを捧げるようにお願いしている。その時間になったらこちらも祈り、霧を発生させて向こうに戻ってこられるように。


「そう」

「ごめんね」

「はぁぁぁぁ……」


 アンジェラが干からびてしまいそうなほど重たいため息をつく。こういうのって何か悩み事があるのではと考えちゃうよね。


「どうしたの? 何か悩みでもあるの?」

「実は明日の夜ね、隣国のお偉いさん方が集まる舞踏会があるのよ。それに私出ないといけないのよね」


 国々のお偉いさんの集まる舞踏会……なんか世界史っぽいかも。まぁアンジェラはフォーディルナイトの女王なわけだから、出席しないといけないのは当然だよね。舞踏会ってことは豪華な食事をみんなで楽しんだり、ダンスとかして交流を深めたりするのかなぁ。


「それが嫌で嫌で」

「どうして?」

「パパとママがね、いい機会だからその舞踏会で気になる人を見つけて来なさいって言うのよ」

「え?」


 気になる人って……まさか結婚相手? いや、そこまではいかないにしろ、好きな人をつくれということなのかな。だとしたらその舞踏会はアンジェラのお見合いを兼ねているということか。確かにアンジェラみたいな一国の女王のパートナーとなると、別の国の王子様とかじゃないといけないのか。女王になると大変だね。付き合う相手が誰でもいいというわけじゃなくなるなんて。


「私まだそういうの考えてないから嫌なのよ。それに舞踏会なんてめんどくさいじゃない。美味しいもの食べられるのはいいけど、ダンスとかできないし、重たいドレスとか着なきゃいけないから窮屈でしょうがないわ」

「あはは……」


 確かに放り出したくなる気持ちもわかる。まだ14歳だもん。そんな早くに結婚を考えさせられるなんてたまったものじゃないよね。まだまだアンジェラは親のしがらみに耐えながら生きているらしい。なんだかかわいそうだ。


「お願い凛奈! 私の代わりに舞踏会に出て!」

「……へ?」


 代わりに舞踏会に出てほしい?一体何を言っているのかなこの子は……。


「どういうこと?」

「明日だけ私が凛奈になって、凛奈が私になるの。つまり入れ替わるってこと! それで凛奈が私のふりをして舞踏会に出るの!」

「えぇ!? そんなの無理だよ」

「お願い! 明日だけでいいから私の身代わりになってよ! たまには休みがほしいわ!」


 身代わりって……私一般人だよ? しかもフォーディルナイトの国民じゃないんだよ? さらにさらにこの世界の人間でもないんだよ? 色々問題あり過ぎるって。私にはアンジェラの代わりなんてとても務まらない。それに……


「無理だよ。私、明日用事があるの」

「用事?」

「えっと、陽真君とデート……///」


 明日は午後から陽真君とデートの予定がある。色々なお店を回ってショッピングを楽しみ、最後は豪華なディナーを共にする。前からすごく楽しみにしているデートなのだ。アンジェラには悪いけど、私はそっちを優先させたい。


「じゃあ私が代わりにそのデートに行ってあげるよ」

「えぇ!? そんなのダメ!」

「なんでよ?」

「陽真君は……わ、私のだもん……///」

「私が凛奈になるんだから明日だけは私のものでしょ」

「そうじゃなくて!!!」


 久しぶりにわがままなアンジェラを見た気がする。そんな無茶振り頼まれたって、流石の私でも引き受ける気になれない。


「凛奈、私……女王としてこの国を頑張ってまとめてるのよ。毎日毎日一生懸命働いてる。これからも責任もってこの国を導いていくわ。でもね、私だって一人の人間よ。女王だからってわがままを言わないわけじゃない。何かに対しての不満がないわけじゃないわよ」

「アンジェラ……」


 アンジェラが急に真面目なトーンで話し始める。そうすると聞き入ってしまうのが私だ。最初に彼女の苦しみを知った時と同じだ。彼女は自分の苦しみを誰かに受け止めてもらいたがっている。


「私、疲れたのよ。一日だけでいいから、自由な時間がほしい……自分のしたいことをして、行きたいところに行って、自由に生きてみたいの」


 そうか、あの戦いが始まる前から、ずっと望んでいたんだもんね。女王として立派に成長した今でも、その望みは実現できていない。せめて一日だけ……アンジェラが自由になれるのなら……。


「……わかった」

「え?」

「明日は私がアンジェラになってあげる」

「ほんと!?」


 負けた。どうして私はアンジェラの崩れそうな顔に弱いんだろう。つい簡単に手を差し伸べてしまう。


「明日だけね。舞踏会が終わったらちゃんと戻ってくるんだよ」

「ありがとう凛奈! あなたって本当にいい人よね! ほんと大好き💕」


 私に抱きついてくるアンジェラ。こういった子どものような無邪気な感じも彼女の魅力の一つなのかもしれない。




   * * * * * * *




「ん? 凛奈から?」


 プチクラ山の時計広場のベンチに座っていた哀香。凛奈からのLINEに気付き、彼女とのトーク画面を表示する。


『哀香ちゃんごめん、今日はアンジェラのところに泊まってくるね』

『明日の朝9時に戻るから、その時にお祈りお願いします』


 凛奈がアンジェラのところに泊まるという。さぞかし豪華なベッドで快眠できることだろう。少し羡ましがる哀香。




 そしてもう一つ、哀香は重要なことに気がついた。


「……え? 向こうにいても携帯の電波繋がんの?」







 翌日、アンジェラと凛奈はネグリジェを脱いで着替えを始めた。もちろんお互いの衣装にだ。


「どうして朝から入れ替わらないといけないの?」

「午前中に凛奈の世界を色々見て回りたいのよ。異世界に行くなんて初めてだから♪」


 昨日に凛奈が履いていたロングスカートに足を通しながら、無邪気に笑うアンジェラ。


「今さらなんだけどバレたりしないかな? アンジェラの両親とか舞踏会のお偉いさんにもし正体がバレたら……」

「大丈夫よ。お偉いさん方は私と会うの初めてだし、パパとママは今日は一日中用事があってどっかの国に行ってていないもの」


 なるほど、どうりで入れ替わりなんて好き勝手な真似ができるわけだ。凛奈は理解した。


「あっ、念のため凛奈と一緒に舞踏会に行く護衛の騎士にはこの入れ替わりのことは説明してあるからね」

「でも、やっぱり心配だよ。女王らしく振る舞えるかな? ダンスも踊れる自信ないし……」

「まぁそこは成り行きでなんとか頑張って。向こうから変なアプローチがあったらテキトーにあしらえばいいわよ」

「えぇぇ……」


 あれこれ話す間にアンジェラの着替えは終わっていた。次はパンツとブラジャー姿の凛奈の着替えに取りかかる。舞踏会用のドレスは流石に一人で着替えはできない。


「そうだ、一応……」


 バシッ


「あっ、ちょっと! 返してぇ……」


 アンジェラは凛奈のかけているメガネを奪い取った。


「メガネしてるとなんか女王っぽくないでしょ? 今日一日没収~」

「うぅぅ……見えにくい……」


 凛奈は目をこする。アンジェラの部屋の中で準備は着々と進められた。






「はぁ……」


 陽真の口から白い息が溢れる。一番気温が高くなるはずの昼下がりでも、冷たい外気が肌を刺激する。冷えきった足を無理に動かして陽真は階段を登っている。


「凛奈のやつ、なんで集合場所をプチクラ山にしたんだ?」


 元々駅前の噴水の前に集合するはずだったのを、先程確認した凛奈からのLINEにより、プチクラ山の時計広場に変更になった。凛奈の意図が読めない陽真。


「とにかく急ごう」


 確認が遅れたため、集合場所に数分遅れている。急いで向かわなくては。彼女をいつまでも寒い空気の中で待たせるわけにはいかない。待つのは男の役目だ。陽真は足を急がせた。


 階段を登り終え、ベンチに黄色い髪の女が座っているのが見えた。時計広場に着いた陽真は彼女の元へと駆け出す。


「凛奈! 待たせたn……」

「あらアーサー……じゃなかった、陽真! 久しぶり♪」

「……は?」


 陽真はぽかんと口を開けて静止した。年明け最初のデートの日、待っていたのは凛奈ではなく、なぜかアンジェラだった。どうしてフォーディルナイトの女王がこっちの世界にやって来て、凛奈の私服を着ているのか。肝心の凛奈はどこに行ってしまったのか。数々の疑問が陽真の脳を満たす。


「なんでお前がここにいるんだよ……」

「今日一日は私が凛奈よ! アーサー……じゃなかった、陽真君! さっそくデートしよ♪」

「ふざけんな」

「いでっ!」


 陽真はアンジェラの頭に軽くチョップした。






「はぁ……」


 長い廊下を歩きながら凛奈は舞踏会の行われる大部屋へと向かう。舞踏会のために仕立てられた豪華な青白いドレスはうっとうしいほどに重たく、ヒールも非常に歩きにくかった。本当はアンジェラが身に付けるものだったものを、今は凛奈が身に付けている。


「なぁ、君ってアーサーの彼女さんだよな?」

「え? は、はい」

「どう? アイツとうまくやってる?」

「い、一応……」


 ロイドが横から首を伸ばして尋ねる。


「おい、口の聞き方に気を付けろ。この子はフォーディルナイトを救った英雄の一人だぞ」

「あぁ、大丈夫ですよ。私ただの一般人ですので……」


 その隣からヨハネスがロイドを注意する。英雄というのは、ギャングを率いたガメロが城に攻め、フォーディルナイトが滅亡の危機に陥った時に見事勝利に貢献したあの戦いのことだ。騎士は皆凛奈達のことを敬っているらしい。そういえばその戦いでアンジェラの身代わりになって、ガメロを引き付けたことがあった。その時に一度アンジェラのドレスを着たことを思い出す凛奈。


「しかし……」

「みんながみんな一緒に国を守った英雄ですよ。つまりは仲間です。だからそんなに気を遣わなくても大丈夫ですよ」

「そ、そうか。それにしても申し訳ないな。女王のわがままに付き合ってもらっただけでなく、護衛が俺達二人だけなんて」


 ロイドとヨハネスの二人が今夜の凛奈の護衛だ。こんな少人数で隣国の王様や王子を出迎えるらしい。


「生憎ガメロや他の騎士は今日は非番なんだ。それに隣国の王子から要請が来てな」


 ヨハネスが言うには、会場の警備をほとんどがその隣国の騎士によって担われるらしく、フォーディルナイトから騎士を導入する必要はないと謎の申し出が出たようだ。


「今はただバレないかどうかが心配です……」

「大丈夫なんじゃないか? パッと見女王にそっくりだぜ」


 髪はウェーブをかけてボリュームを出し、化粧で顔を引き立たせた。身長は元々アンジェラと大差がないため問題はない。もはやアンジェラ以上に女王として完成し過ぎているのではないかと思うほどだ。


「まぁ、困ったら俺達を頼るといい」

「ありがとうございます」


 話しているうちに大部屋に近づいてきた。会場のセットアップをしている隣国の騎士達が既に集まっていた。女王と思われる女の存在に気づくと、騎士は全員作業を全て止めて凛奈の方を向いてひざまついた。


“何だろう……この複雑な気分……”


 決して自分は女王ではないのに、周りの者は凛奈に向けて敬意を払っている。心にモヤモヤを残しながら、凛奈は扉をくぐって中へと入っていった。






「ん~♪ 美味しい! これなんて飲み物?」

「タピオカミルクティー」

「たぴおか? ふーん…変なものが流行ってんのね、この世界って。アーサー……じゃなかった、陽真もよくこのお店来るの?」

「あぁ、凛奈と一緒にな。ていうか早く陽真呼びに慣れろよ」


 陽真とアンジェラはタピオカミルクティーの専門店へとやって来た。アンジェラがこの世界で人気のある食べ物や飲み物を口にしたいと言い、陽真は元々凛奈と行く予定だった店へと連れて行っている。端から見れば微笑ましいデートの図だ。


「楽しいデートね♪」

「勘違いするな。相手がお前である以上これはただのお出かけだ。俺はお前の彼氏じゃねぇ」

「も~、冷たいなぁ~」

「お前の本来の仕事を俺の彼女に押し付けてんだぞ。冷たくなるのは当然だ」


 その割には潔くタピオカミルクティーを奢ってくれている陽真である。


「私だって申し訳なく思ってるわよ。舞踏会が終わったらちゃんと戻るから」

「そうか。まぁ、女王の仕事が辛いって気持ちは俺にもわかる。凛奈が許したんなら俺も許すから、今日はゆっくり自由を楽しめ」


 自分の元を離れても変わらず優しさを大事に持っている陽真に感謝し、アンジェラはタピオカミルクティーを飲み干した。


「んで? その舞踏会ってのは何時から始まるんだ?」

「午後7時からよ。まぁそれから3時間くらいは盛り上がるかな」

「じゃああの毎晩9時にやってる祈りの儀式は今日は誰がやるんだよ?」

「今日はヨハネスとロイドがやってくれるって言ってたわよ」

「そうか、よし……」


 陽真はすぐにスマフォを取り出し。哀香にLINEを送った。


「ねぇ、凛奈も持ってるけど、その平たくて四角い箱……一体何なの?」

「これか? スマートフォンだよ」


 陽真のスマフォをまじまじと見つめるアンジェラ。フォーディルナイトにはない精密機械だ。物珍しく見えるのは当然だろう。


「……」


 陽真も自分のスマフォを見つめる。ホーム画面上に並んだアプリの列には録音アプリが入っていた。




   * * * * * * *




「うへぇ……」


 疲れた。すごく疲れた。次から次へとどこかの国の王子様が私をダンスに誘ってきた。もちろん出来は散々だ。うまくステップを決められないし、動きがきごちなくて相手にうまく合わせられない。終わる度に味気ない表情で後を去るイケメンな男の人達。仕方ないでしょ。だって運動苦手なんだもん……。


 でも、これでアンジェラのイメージが壊れてたらどうしよう。今や彼女のイメージがこの国のイメージだ。これならこの間の陽真君との入れ替わりの方がまだマシかもしれない。


「ダンスは奥手ですか、女王様」


 どこから沸いてきたのか、白髪の若い男の人が近づいてきた。私この人もどこかの国の王子様なのかな。


「は、はい……苦手です。えーっと……ダンスですか?」


 この人も私と踊りたくて近づいてきたのかと思った。失礼かもしれないけど、明らかに嫌そうな顔を男の人に返した。


「いえ、ご安心ください。私はあなたと話がしたく参りました。無理難題は強要致しません」


 なんだ、よかった。気遣いのできるいい人かもしれない。


「申し遅れました。私、アルグレン王国のリユニル・グラシファー王子です」


 アルグレン……聞いたことない国だ。それもそうか。この人はその国の王子らしい。確かに王子様にふさわしい風格だ。


「えっと、フォーディルナイト王国の清m……アンジェラ・クラナドスです」


 とりあえず私はアンジェラの名前を名乗り、リユニルさんと手を繋ぐ。かなり手が大きいな。私の1.7倍くらいは大きいかもしれない。もしかしたら陽真君より大きいかも……。


「アンジェラ……素敵な名前だ」

「ど、どうも……」


 自分のでもないもので称賛されるのって複雑な気分だ。アンジェラだったらどういう反応をするのかな。


「おや、汗が……」


 リユニルさんに指摘されてようやく気がついた。額から汗が垂れてきている。体を動かし過ぎたのかな。分厚いドレスがとても暑い。


「テラスに行きましょう。少し夜風に当たって落ち着かれてはどうです?」

「そうします……」

「私もご一緒しましょう」


 リユニルさんは私の手を引いてテラスに連れてってもらった。


「あっ、凛n……女王様、どちらへ?」

「少し外で風に当たってきます」


 部屋の隅にいたロイドさんが部屋を出ていこうとする私を呼び止めた。一応私の護衛に来ているのだから目を離すわけにいかないんだろう。


「護衛の騎士ですか。彼女の様子は私が見ておきます。ご安心を、不粋な真似は致しませんので」









 私はリユニルさんと一緒に外に用意されたテーブルに座った。夜風が心地よく、汗だらけだった私の体を爽やかに清めた。


「どうぞ」


 いつの間に用意したのか、グラスに飲み物を注いで私に差し出してくれた。嬉しいけど……これ飲めるかな?


「ノンアルコールカクテルだよ。父上から聞いている。君はまだ14歳だとね」

「ありがとうございます」


 お酒ではないとわかって安心した。この世界の成人の基準とか、飲酒の規定はわからないけど、一応アンジェラの年齢はまだ未成年らしい。私はグラスを手に持ち、リユニルさんと乾杯してカクテルを飲み干した。シュワシュワと泡立つ炭酸が疲れた自分の体によく染み渡る。




「その小さな体と歳で大国を治め、多くの騎士を従えるとは……ますます興味が出てきた」

「は、はぁ……」


 私に微笑みかけるリユニルさん。私はなんだか胸騒ぎがした。この人の笑顔の裏には何があるような気がする。そういえばこの人……私と二人きりになってから敬語で話さなくなった。


「美しい……君は実に美しいよ。その髪、その肌、その瞳、その声、宝石箱に納めておきたいくらいだ。そしてその美しい様からは想像もつかないような国の統治力、君こそが私の求めていた人だ」


 だんだん前のめりになってくるリユニルさん。なんだか怖い。求めていた人ってどういうこと?


ギュッ


「!?」


 リユニルさんは私の両手を強く握ってきた。ギリギリまで顔を近づけてきて口を開く。






「アンジェラ、一目見た時から君のことが好きだった。どうか私と結婚してくれ」

「……へ?」


 け…結婚!? ちょっと待って! リユニルさん、今日私と初めて会ったばかりだよね?それなのに結婚ってどういうこと!? その日出会ったばかりの人と結婚なんて、どこのディズニー映画ですか。


「そんな、結婚って……」

「頼む! 君のことを好きになってしまったんだ。この気持ちをどうか受け止めてくれ……アンジェラ……」


 リユニルさんは本気で私に一目惚れしてしまったらしい。改めてリユニルさんの姿を見てみる。まぁ顔も悪くないし、王家の人間だからそれなりに財力はあるはず。単純に考えて結婚するのに申し分ない相手だ。しかし、これはアンジェラの問題、身代わりになっている私が認めていいはずがない。彼には悪いけど、ここはアンジェラのために断るべきだ。


「ごめんなさい……私はまだ結婚とか考えていないんです。気持ちは嬉しいですけど、お断りさせていただきます」


 私は震え声で返事を伝える。きっとアンジェラも同じように断ると思う。


「……」


 リユニルさんは私から手を話して真顔になった。怒っているのか、悲しんでいるのか微妙な顔だ。






「……やはりね、噂通りの困ったお嬢様だ」


 なぜかリユニルさんは笑った。結婚の申し出を断られたというのに。まるで断られることなど最初から読んでいたかのようだ。笑顔がとても不気味だ。先程の優しそうな雰囲気は微塵も感じられない。


「君に『断る』という選択肢は選ばせないよ。私は絶対に君を手に入れてみせる」

「あなた、一体何n……で……すか……」


 何だろう。急に体が暑くなってきた。呼吸が荒れてきて言葉が続かない。再び汗も垂れ流れてきた。さっきまでの体の動かし過ぎの疲れとはまた違う。


「な、何……これ……」

「先程君のカクテルに媚薬を仕込ませてもらった。こうでもしないと君は認めてくれそうにないからね」

「そん……な……」


 私の体は魂が抜けたようにばたりと床に倒れる。何なのこの人、好きな人を手に入れるためにこんなことができるなんて……。


「体が火照って動けないだろう? 結婚を認めてくれるのであればすぐに治してやろう。断り続けるのであれば、さらに服用させる。この薬の効果で君の気持ちも変わることだろう。まぁ、どちらにせよ結局は婚姻を結ぶことになるということだ」


 リユニルさんは瓶を2,3本胸のポケットから取り出してちらつかせる。私は床に倒れたまま彼を睨み付ける。


「安心しな、君のことはちゃんと愛する。フォーディルナイトとアルグレンの力が合わされば、よりよい国家が生まれるに違いない。だから君の力が必要だ。二人で強い国を築き上げていこうじゃないか……」


 リユニルさんの笑みはさらにどす黒くなっていく。逃げ出したいところだけど、もう体が言うことを聞かない。ちっとも力が入らず動けない。大部屋から助けが来るような気配もない。まさかこんなことになるなんて……。


「さぁ、答えは変わったか?」

「ハァ……ハァ……ダメ……です……」


 私は断固として拒否する。こんな酷い人はアンジェラのパートナーにふさわしくない。もはや人間として最低だ。こんな男にアンジェラの未来は奪わせない。


「チッ……小娘が、まだまだ足りないみたいだな」


 リユニルさんは瓶のフタを開けて、私に手を伸ばす。もうダメだ……自分ではどうにもならない。


“助けて……陽真君……”


 いつものように陽真君に助けを求める。陽真君が来るはずがないのはわかっている。こっちの世界には来ていないのだから。それでも私が危機に晒された時に真っ先に助けを求めるのは彼だ。もう彼を求めずにはいられない。


“お願い……助けて! 陽真君!”


 心の中で強く願う。私のかみさまに……。











「もう見てられねぇな」


 草影から声が聞こえた。この声は……。


「誰だ!? そこにいるのは!」




 ザザッ


「そのお嬢様の婚約者だが、何か?」


 陽真君だった。なんと、本当に助けに来てくれた。ていうか、なんでここにいるの?


「アーサー、助けるなら早く助けようぜ!」

「危なくなるまで放置して、それでも恋人か!」


 ロイドさんとヨハネスさんも一緒に姿を現した。


「悪ぃ、証拠を録らなくちゃいけないんでな」


 陽真君は高らかにスマフォを掲げ、画面をタッチした。


『体が火照って動けないだろう? 結婚を認めてくれるのであればすぐに治してやろう。断り続けるのであれば、さらに服用させる。この薬の効果で君の気持ちも変わることだろう。まぁ、どちらにせよ結局は婚姻を結ぶことになるということだ』

「そ、それは……」


 スマフォからさっきのリユニルさんとの会話が流れてきた。これは録音アプリで記録したものだ。リユニルさんは動揺する。


「とんでもねぇことをしちまったな。これをお前の父が聞いたらどう思うことか。王位継承どころじゃなくなるぞ」

「やめてくれ! 許してくれ! もうしない! もうしないから!」


 リユニルさんは慌てて陽真君の方へと駆け出した。すかさずロイドさんとヨハネスさんが飛びかかり、地面に叩きつけて腕を拘束した。見事な動きだ。事態は陽真君達の登場であっという間に解決した。


「久しぶりだな、この仕事」

「ギャングがいなくなってやらなくなったもんな」




 その後、馬車が来てリユニルさんは連行された。アルグレン王国へと送還され、案の定今回の件が父親に伝えられて王位継承権を剥奪されたという。舞踏会は中止され、フォーディルナイトは今後一切のアルグレン王国との交易を拒んだ。






「んん……」

「起きたか、凛奈」


 目を覚ますと、私はアンジェラのベッドで横たわっていた。目の前には陽真君とロイドさん、ヨハネスさん、そしてアンジェラがいた。私は上半身を起こしてアンジェラを見つめる。


「アンジェラ……」

「ごめん、凛奈。本当にごめんなさい……」


 私が目を覚ますと同時に泣きじゃくるアンジェラ。ベッドのシーツに次々と染みができる。私はアンジェラの頭を撫でる。落ち込んだ女の子にはこうするのが一番だ。


「よしよし、泣かないで。私は大丈夫だから」

「うわぁぁぁぁぁん」


 アンジェラは泣く泣く私に抱きついてくる。私は自慢の大きな胸でアンジェラを受け止める。責任を感じると泣き虫になるのは相変わらずだね。私が言えたことじゃないけど。


「俺達こそすまなかった、護衛としてついていたというのに」

「すまねぇ、アーサー」


 ロイドさんとヨハネスさんは私と陽真君に頭を下げる。


「もう済んだことだ、気にするな。それにお前らが祈りの儀式をやってなかったら、俺は助けに来れなかったんだ」


 そうか、ロイドさんとヨハネスさんはあの毎晩9時にやる祈りの儀式で一旦席を外していたみたいだ。その祈りで発生した霧を抜けて陽真君は助けに来てくれたということか。


「陽真君……ありがとう」

「お前が危ない目に遭ってるんだ。助けるのは当然だろ」


 陽真君はいつものように手に優しさの魔法をかけ、私の頭を撫でる。空気を読んだのか、アンジェラ達はいつの間にか部屋からいなくなっていた。二人きりの空気を私達は楽しむ。


「哀香には明日の9時に祈りを捧げるように言ってある。今日はもう泊まっていこう。ゆっくり休め」

「ありがとう」

「でも、心配になって来てみたら、まさか本当に危ない目に遭ってるとはな」

「私、危険なことに巻き込まれやすい体質なのかも……」

「確かに、そんな可愛い見た目じゃあ悪党に狙われるのも仕方ねぇかもな」

「可愛っ、もう……///」


 陽真君は見透かしたように笑う。何度私に恥ずかしい思いをさせれば気がすむのだろう。


「ねぇ、陽真君。さっきのことなんだけど」

「ん? 何だ?」


 少し仕返しをしてやろう。




「さっき、私のこと『婚約者』って呼んでた……」

「なっ……///」


 今度は陽真君の頬が赤く染まった。頭からはやかんのように湯気が吹き出している。


「あっ、あれはそう言えば向こうも諦めがつくだろうと思って! べ、別にお前とそ……その……結婚したいとか、そんな……あの……///」


 陽真君は必死にごまかそうと言葉を探す。普段の様子とは違い、慌てふためく陽真君はなんだか可愛い。


「そういえば小学校の頃言ってたよね。私のことお嫁さんにしてくれるって」

「!?」


 陽真君は動揺する。もはや黒歴史と言ってもいいくらいの、“あの思い出”を掘り起こされたことに。


「小学生の頃、約束したよね?」

「くっ……またそうやってお前は昔のことを……///」


 どうやら陽真君は今もその約束を覚えていたみたいだ。小学生6年生の頃だったかな、陽真君は私に「俺のお嫁さんにしてやる」と言ってくれたことがある。まだ純粋な子どもだったから、そういう約束を簡単にしてしまう。ずいぶん昔のことだけど、私だけでなく陽真君も密かに覚えていたらしい。


「優しい陽真君ならきっと約束守ってくれるよね~」

「うっ……」


 私は調子に乗って陽真君をからかう。陽真君は男としてのプライドに揺さぶられる。陽真君が私をお嫁さんにしてくれると言ってくれたこと、私は本当に嬉しかった。だから今さら無かったことになんてさせない。




チュッ


「!?///」


 突然陽真君は私の唇に自分の唇を重ねる。まるでこれ以上余計な口出しをさせまいとするかのように。不意打ちのキスに、私の顔は真っ赤に染められる。


「俺は男だ。言ったことには責任は持つ。約束はちゃんと守るよ」

「えっ、それじゃあ……///」

「ちゃんと自立した大人になってからだぞ!俺がまだ結婚が認められる年齢じゃねぇし。俺が胸張ってお前にプロポーズできるようになるまで、それまで待ってろよ」


 陽真君……それ、いつかプロポーズしてやるってまんま言っちゃってるよ。でも……


「陽真君……ありがとう。嬉しい……///」

「おっ……おう」


 部屋の中が温かい空気に包まれているのに対し、部屋の外では陰湿な空気が流れていた。


「うっ……なんだ? 急に口の中が甘ったるく……おぇっ、気持ち悪い……」

「何!? 二人だけに使える特殊能力か何か? おぇぇぇぇ……」

「はぁ、結局こういうエンディングにたどり着くのよね」


 ロイドさんとヨハネスさんは口内を襲う謎の甘味に悶絶した。どうして私達を見ると口の中が甘ったるくなるのかは、もちろん知るよしもない(ていうか、私達もよくわからない)。アンジェラは深くため息をついた。どこにいても、何をしても甘い空気を撒き散らす私達の愛は、ついにフォーディルナイトまでも巻き込んで大きくなっていった。




 結婚かぁ……いつになるんだろう。今度は堂々とドレスに着替え、陽真君と一緒にバージンロードを歩けるようになる、その日は。今からとても楽しみだ。


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