第18話「狙われた女王 その5」



「んん……」

「起きたか、凛奈」


 目を覚ますと、私はアンジェラのベッドで横たわっていた。目の前には陽真君とロイドさん、ヨハネスさん、そしてアンジェラがいた。私は上半身を起こしてアンジェラを見つめる。


「アンジェラ……」

「ごめん、凛奈。本当にごめんなさい……」


 私が目を覚ますと同時に泣きじゃくるアンジェラ。ベッドのシーツに次々と染みができる。私はアンジェラの頭を撫でる。落ち込んだ女の子にはこうするのが一番だ。


「よしよし、泣かないで。私は大丈夫だから」

「うわぁぁぁぁぁん」


 アンジェラは泣く泣く私に抱きついてくる。私は自慢の大きな胸でアンジェラを受け止める。責任を感じると泣き虫になるのは相変わらずだね。私が言えたことじゃないけど。


「俺達こそすまなかった、護衛としてついていたというのに」

「すまねぇ、アーサー」


 ロイドさんとヨハネスさんは私と陽真君に頭を下げる。


「もう済んだことだ、気にするな。それにお前らが祈りの儀式をやってなかったら、俺は助けに来れなかったんだ」


 そうか、ロイドさんとヨハネスさんはあの毎晩9時にやる祈りの儀式で一旦席を外していたみたいだ。その祈りで発生した霧を抜けて陽真君は助けに来てくれたということか。


「陽真君……ありがとう」

「お前が危ない目に遭ってるんだ。助けるのは当然だろ」


 陽真君はいつものように手に優しさの魔法をかけ、私の頭を撫でる。空気を読んだのか、アンジェラ達はいつの間にか部屋からいなくなっていた。二人きりの空気を私達は楽しむ。


「哀香には明日の9時に祈りを捧げるように言ってある。今日はもう泊まっていこう。ゆっくり休め」

「ありがとう」

「でも、心配になって来てみたら、まさか本当に危ない目に遭ってるとはな」

「私、危険なことに巻き込まれやすい体質なのかも……」

「確かに、そんな可愛い見た目じゃあ悪党に狙われるのも仕方ねぇかもな」

「可愛っ、もう……///」


 陽真君は見透かしたように笑う。何度私に恥ずかしい思いをさせれば気がすむのだろう。


「ねぇ、陽真君。さっきのことなんだけど」

「ん? 何だ?」


 少し仕返しをしてやろう。




「さっき、私のこと『婚約者』って呼んでた……」

「なっ……///」


 今度は陽真君の頬が赤く染まった。頭からはやかんのように湯気が吹き出している。


「あっ、あれはそう言えば向こうも諦めがつくだろうと思って! べ、別にお前とそ……その……結婚したいとか、そんな……あの……///」


 陽真君は必死にごまかそうと言葉を探す。普段の様子とは違い、慌てふためく陽真君はなんだか可愛い。


「そういえば小学校の頃言ってたよね。私のことお嫁さんにしてくれるって」

「!?」


 陽真君は動揺する。もはや黒歴史と言ってもいいくらいの、“あの思い出”を掘り起こされたことに。


「小学生の頃、約束したよね?」

「くっ……またそうやってお前は昔のことを……///」


 どうやら陽真君は今もその約束を覚えていたみたいだ。小学生6年生の頃だったかな、陽真君は私に「俺のお嫁さんにしてやる」と言ってくれたことがある。まだ純粋な子どもだったから、そういう約束を簡単にしてしまう。ずいぶん昔のことだけど、私だけでなく陽真君も密かに覚えていたらしい。


「優しい陽真君ならきっと約束守ってくれるよね~」

「うっ……」


 私は調子に乗って陽真君をからかう。陽真君は男としてのプライドに揺さぶられる。陽真君が私をお嫁さんにしてくれると言ってくれたこと、私は本当に嬉しかった。だから今さら無かったことになんてさせない。




チュッ


「!?///」


 突然陽真君は私の唇に自分の唇を重ねる。まるでこれ以上余計な口出しをさせまいとするかのように。不意打ちのキスに、私の顔は真っ赤に染められる。


「俺は男だ。言ったことには責任は持つ。約束はちゃんと守るよ」

「えっ、それじゃあ……///」

「ちゃんと自立した大人になってからだぞ!俺がまだ結婚が認められる年齢じゃねぇし。俺が胸張ってお前にプロポーズできるようになるまで、それまで待ってろよ」


 陽真君……それ、いつかプロポーズしてやるってまんま言っちゃってるよ。でも……


「陽真君……ありがとう。嬉しい……///」

「おっ……おう」


 部屋の中が温かい空気に包まれているのに対し、部屋の外では陰湿な空気が流れていた。


「うっ……なんだ? 急に口の中が甘ったるく……おぇっ、気持ち悪い……」

「何!? 二人だけに使える特殊能力か何か? おぇぇぇぇ……」

「はぁ、結局こういうエンディングにたどり着くのよね」


 ロイドさんとヨハネスさんは口内を襲う謎の甘味に悶絶した。どうして私達を見ると口の中が甘ったるくなるのかは、もちろん知るよしもない(ていうか、私達もよくわからない)。アンジェラは深くため息をついた。どこにいても、何をしても甘い空気を撒き散らす私達の愛は、ついにフォーディルナイトまでも巻き込んで大きくなっていった。




 結婚かぁ……いつになるんだろう。今度は堂々とドレスに着替え、陽真君と一緒にバージンロードを歩けるようになる、その日は。今からとても楽しみだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る