第23話「凛奈の忘れ人 その2」




「君達、迎えに来たよ」


 アルバートとカローナが果樹園の持ち主の家にやって来た。入り口には馬車が止めてある。今日の仕事はどうやらここまでのようだ。


「家には連絡入れたかい?」

「はい、今日は友達の家に泊まると」

「便利だねぇ~。そのスマフォというものは」


 フォーディルナイトにはもちろんスマフォなどの精密機械は存在しない。連絡は紙媒体で行うのが主流だ。四角く平たい箱で電話したり、メッセージを送り合う凛奈達を、アルバートとカローナは不思議そうに見つめる。ちなみに、凛奈達は今日は城に泊めてもらう予定だ。


「それじゃあ馬車に乗って」

「はい、ありがとうございます」


 果樹園の従業員にお礼を言って、凛奈達は馬車に乗って城へと戻っていった。城に戻ると、一向は夕食の時間まで城内の清掃を手伝い、夕食と入浴を済ませ、それぞれ指定の部屋へと入っていった。




   * * * * * * *




「ふぅ……疲れた……」

「果樹園とかって結構ハードなんだな……」


 俺は凛奈の個室を訪れ、寝る前にいつものお喋りをした。昔からそうだ。俺が凛奈の家に泊まる時、就寝の前に二人は他愛もない会話を続ける。逆の場合も然りだ。

 幼い頃は話の話題が尽きなかったものだ。少しでも凛奈を楽しませてやろうと、俺はペラペラ口を動かしてたな。今は凛奈の方から話すことが多くなったが。


「でも、フォーディルナイトもだいぶ豊かになってきたよね」

「アンジェラの奴、頑張ってんだろうな」


 今日は見かけなかったが、アンジェラも直接隣国の貧しい地域を訪れ、食料配給や農耕作業の手伝いをしている。俺達もたまに手伝ったことがある。まだ小さいのに女王としての職務を着実に遂行している。大したもんだ。


「いろんな人達と関われたよね」

「あぁ。その人達のおかげで、俺達もより絆が深まった」


 思い返せば、記憶喪失に遭って凛奈とすれ違い、すったもんだあって再び記憶が戻り、ギャングと命懸けの激闘を繰り広げて一つの国を救う。こんな経験滅多に味わえるものじゃない。それでもあの出来事があったからこそ、こうして今凛奈の隣にいられる。


「本当にありがとうね、陽真君。大好きだよ」

「俺もだ……凛奈」

「……///」

「……///」


 会話が続かなくなった。とても気まずい空気が流れる。横目でお互いの様子を確認する。凛奈の奴、また何か頬が赤くなってないか?




 スッ……


「へ?」


 凛奈が妙に距離を詰めてくる。俺達はベッドに腰掛け、隣同士で座っているのだが、頬を赤く染めた凛奈が少しずつ俺に詰め寄ってくる。


 ギュッ……


「お、おい……///」


 凛奈が俺の左手に自らの手を添え、そのまま優しく握る。肩までくっ付けてきて、ほぼ俺にもたれ掛かった体勢になる。何だ何だ?今日の凛奈はやけに積極的だ。普段はこんなスキンシップなんて取らないぞ。


「何だよ……///」

「しばらくこうしてて……///」


 まるで酒に酔ったように赤く頬を染め、横目で俺を見上げてくる。俺の方が身長が高いために凛奈が見上げるような視線になる。その上目遣いやめろ! 可愛いから!


 そういえば、今夜の凛奈はピンクの短パンのパジャマを着ている。前に凛奈の家に泊まった時に着ていたものだ。アンジェラから支給されるロングスカートのネグリジェではない。短パンからそそりでる白くて清潔な足の肌がまぶしい。ここで膝枕でもしてもらったらどんなに気持ちいいことか…。


「……///」


 耐えろ……耐えるんだ! その足に触れたいなんて思うな! この小さい体を抱き締めたいなんて思うな! そして…今すぐ押し倒したいなんて思うな!

 今ここで凛奈を襲って……セ、セッ……なんてしていいものか。俺はギャングじゃねぇんだぞ。凛奈にそんなことしたら、どんなに軽蔑されることか。静まれ……俺の理性!




「……いくじなし」

「え?」


 凛奈、今なんて言った?




 ガチャッ


「凛奈~!」


 ノックも無しに、突然アンジェラがドアを開けて入ってきた。凛奈はすぐさま俺から離れ、何事もなかったかのようにアンジェラに対応する。アンジェラが来なかったら襲うチャンスだったんだがな。


 ……いやいやいや! 襲うなよ! 俺!


「アンジェラ……どうしたの?」

「実はね……って、なんでアーs……陽真がいるの?」

「あぁ、ちょっとな」


 まだ陽真呼びに慣れてねぇのかよ。そんなに難しいか?


「俺、そろそろ寝るわ。また明日な」

「うん。陽真君、おやすみ……」


 “おやすみ”の言葉がいつもより寂しげに聞こえた。アイツが何を求めていたのかは、俺にはわからなかった。ただ、あんなに自分の体を近づけて、まるで俺を誘っているようにも見えた。凛奈の、まさか……いや、まさかな。


「凛奈! 実はね!」


 アンジェラは俺が部屋を出ていくと、気にせずに凛奈と話を続けた。異性である俺よりも、同性であるアンジェラの方がきっと話も弾むだろう。これもアイツのためだ。邪魔者の俺はさっさと自分の部屋へと戻っていった。


「……」


 俺は妙な胸騒ぎがした。






 翌朝、俺は目覚めると一番に私服に着替えた。ある程度元の世界に帰る支度を済ませ、ふと凛奈の様子が気になって部屋を出た。そろそろ起こしに行ってやるか。


「よう、アーサー」

「おっ、ロイド、ヨハネス」


 部屋を出ると、騎士の正装で廊下を巡回しているロイドとヨハネスに出会った。朝からご苦労なことだ。ヨハネスなんか、最近は古代フォーディルナイト文字を勉強し、理の書の解読を試みてると聞いた。騎士の中でも特に優秀な二人だ。


「これから女王様を起こしに行くんだ。いつも寝坊してるからな」

「大変だな、お前ら」


 二人はアンジェラの部屋に向かう。俺は凛奈の部屋だ。アイツもたまに10時近くまで寝ることあるからな。おそらく今行けば、可愛い寝顔が見られ……っておい! 何考えてんだ俺は!


 キー

 凛奈の部屋のドアをゆっくり開ける。凛奈はまだ寝ているようだ。そっとベッドに近づくと、ベッドにもたれてアンジェラが寝ていることに気づいた。こいつ、自分の部屋に戻らなかったのかよ。


 凛奈はすぅすぅと小さな寝息を立てている。メガネを外すとさらに可愛さが増し、つい視線が釘付けになってしまう。ほんとこの寝顔反則だろ……どこまで理性を揺さぶらせたら気が済むんだ。


「んんん……」


 凛奈はゆっくりと目を開き、俺をじっと見つめる。どうやら目覚めたばかりで寝ぼけているらしい。


 バッ

 目を擦りながら起き上がる凛奈。俺は枕元に置いてある凛奈のメガネを手に取って渡す。


「おはよう、よく眠れたか?」

「え? あの……は、はい、おはようございます……」


 少しおどおどしながら、凛奈はメガネをかけた。初めて俺の家に泊まった時の朝のように、慣れない友人宅での目覚めに戸惑った幼い頃の凛奈を思い出す。どうした、そんなに慌てて。ていうか、なんで敬語なんだ?


「早めに荷物片付けた方がいいぞ。10時にはもう向こうに戻るからな」


 10時には荷物をまとめ、ホーリーウッドの森に集まらなければならない。時間になったら万里が向こうで祈りを捧げて、霧を発生させてくれる約束になっている。


「え? 向こうって、何のことですか?」

「何って……現実世界だよ。ここは異世界なわけだから、俺達の住んでる元の世界に戻らなきゃならねぇだろ」

「あぁ、そういえば昨夜この子がそう言ってたような……」

「凛奈?」


 さっきから凛奈の様子がおかしい。まるで自分が現実世界の人間であることを忘れてしまったようだ。いつものようにタメ口で話さないことも引っ掛かる。まだ寝ぼけてんのか?


「あ、あの……ちょっと聞いてもいいですか?」

「何だ?」


 凛奈はゆっくりと口を開いた。








「あなたは誰ですか?」




「……え?」


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