第15話「狙われた女王 その2」
「ん? 凛奈から?」
プチクラ山の時計広場のベンチに座っていた哀香。凛奈からのLINEに気付き、彼女とのトーク画面を表示する。
『哀香ちゃんごめん、今日はアンジェラのところに泊まってくるね』
『明日の朝9時に戻るから、その時にお祈りお願いします』
凛奈がアンジェラのところに泊まるという。さぞかし豪華なベッドで快眠できることだろう。少し羡ましがる哀香。
そしてもう一つ、哀香は重要なことに気がついた。
「……え? 向こうにいても携帯の電波繋がんの?」
翌日、アンジェラと凛奈はネグリジェを脱いで着替えを始めた。もちろんお互いの衣装にだ。
「どうして朝から入れ替わらないといけないの?」
「午前中に凛奈の世界を色々見て回りたいのよ。異世界に行くなんて初めてだから♪」
昨日に凛奈が履いていたロングスカートに足を通しながら、無邪気に笑うアンジェラ。
「今さらなんだけどバレたりしないかな? アンジェラの両親とか舞踏会のお偉いさんにもし正体がバレたら……」
「大丈夫よ。お偉いさん方は私と会うの初めてだし、パパとママは今日は一日中用事があってどっかの国に行ってていないもの」
なるほど、どうりで入れ替わりなんて好き勝手な真似ができるわけだ。凛奈は理解した。
「あっ、念のため凛奈と一緒に舞踏会に行く護衛の騎士にはこの入れ替わりのことは説明してあるからね」
「でも、やっぱり心配だよ。女王らしく振る舞えるかな? ダンスも踊れる自信ないし……」
「まぁそこは成り行きでなんとか頑張って。向こうから変なアプローチがあったらテキトーにあしらえばいいわよ」
「えぇぇ……」
あれこれ話す間にアンジェラの着替えは終わっていた。次はパンツとブラジャー姿の凛奈の着替えに取りかかる。舞踏会用のドレスは流石に一人で着替えはできない。
「そうだ、一応……」
バシッ
「あっ、ちょっと! 返してぇ……」
アンジェラは凛奈のかけているメガネを奪い取った。
「メガネしてるとなんか女王っぽくないでしょ? 今日一日没収~」
「うぅぅ……見えにくい……」
凛奈は目をこする。アンジェラの部屋の中で準備は着々と進められた。
「はぁ……」
陽真の口から白い息が溢れる。一番気温が高くなるはずの昼下がりでも、冷たい外気が肌を刺激する。冷えきった足を無理に動かして陽真は階段を登っている。
「凛奈のやつ、なんで集合場所をプチクラ山にしたんだ?」
元々駅前の噴水の前に集合するはずだったのを、先程確認した凛奈からのLINEにより、プチクラ山の時計広場に変更になった。凛奈の意図が読めない陽真。
「とにかく急ごう」
確認が遅れたため、集合場所に数分遅れている。急いで向かわなくては。彼女をいつまでも寒い空気の中で待たせるわけにはいかない。待つのは男の役目だ。陽真は足を急がせた。
階段を登り終え、ベンチに黄色い髪の女が座っているのが見えた。時計広場に着いた陽真は彼女の元へと駆け出す。
「凛奈! 待たせたn……」
「あらアーサー……じゃなかった、陽真! 久しぶり♪」
「……は?」
陽真はぽかんと口を開けて静止した。年明け最初のデートの日、待っていたのは凛奈ではなく、なぜかアンジェラだった。どうしてフォーディルナイトの女王がこっちの世界にやって来て、凛奈の私服を着ているのか。肝心の凛奈はどこに行ってしまったのか。数々の疑問が陽真の脳を満たす。
「なんでお前がここにいるんだよ……」
「今日一日は私が凛奈よ! アーサー……じゃなかった、陽真君! さっそくデートしよ♪」
「ふざけんな」
「いでっ!」
陽真はアンジェラの頭に軽くチョップした。
「はぁ……」
長い廊下を歩きながら凛奈は舞踏会の行われる大部屋へと向かう。舞踏会のために仕立てられた豪華な青白いドレスはうっとうしいほどに重たく、ヒールも非常に歩きにくかった。本当はアンジェラが身に付けるものだったものを、今は凛奈が身に付けている。
「なぁ、君ってアーサーの彼女さんだよな?」
「え? は、はい」
「どう? アイツとうまくやってる?」
「い、一応……」
ロイドが横から首を伸ばして尋ねる。
「おい、口の聞き方に気を付けろ。この子はフォーディルナイトを救った英雄の一人だぞ」
「あぁ、大丈夫ですよ。私ただの一般人ですので……」
その隣からヨハネスがロイドを注意する。英雄というのは、ギャングを率いたガメロが城に攻め、フォーディルナイトが滅亡の危機に陥った時に見事勝利に貢献したあの戦いのことだ。騎士は皆凛奈達のことを敬っているらしい。そういえばその戦いでアンジェラの身代わりになって、ガメロを引き付けたことがあった。その時に一度アンジェラのドレスを着たことを思い出す凛奈。
「しかし……」
「みんながみんな一緒に国を守った英雄ですよ。つまりは仲間です。だからそんなに気を遣わなくても大丈夫ですよ」
「そ、そうか。それにしても申し訳ないな。女王のわがままに付き合ってもらっただけでなく、護衛が俺達二人だけなんて」
ロイドとヨハネスの二人が今夜の凛奈の護衛だ。こんな少人数で隣国の王様や王子を出迎えるらしい。
「生憎ガメロや他の騎士は今日は非番なんだ。それに隣国の王子から要請が来てな」
ヨハネスが言うには、会場の警備をほとんどがその隣国の騎士によって担われるらしく、フォーディルナイトから騎士を導入する必要はないと謎の申し出が出たようだ。
「今はただバレないかどうかが心配です……」
「大丈夫なんじゃないか? パッと見女王にそっくりだぜ」
髪はウェーブをかけてボリュームを出し、化粧で顔を引き立たせた。身長は元々アンジェラと大差がないため問題はない。もはやアンジェラ以上に女王として完成し過ぎているのではないかと思うほどだ。
「まぁ、困ったら俺達を頼るといい」
「ありがとうございます」
話しているうちに大部屋に近づいてきた。会場のセットアップをしている隣国の騎士達が既に集まっていた。女王と思われる女の存在に気づくと、騎士は全員作業を全て止めて凛奈の方を向いてひざまついた。
“何だろう……この複雑な気分……”
決して自分は女王ではないのに、周りの者は凛奈に向けて敬意を払っている。心にモヤモヤを残しながら、凛奈は扉をくぐって中へと入っていった。
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