第6話「神の名は。 その3」



 なんとか授業はうまくこなしている。陽真君は成績も優秀だから気が抜けない。全神経を陽真君の文武両道のイメージを壊さないようにすることに集中させなくては。


 キーンコーンカーンコーン

 四時限目が終わった。昼休みに陽真君と会ってお互いのことで何かわからないことや、これから起こるであろう問題事を話し合うことになっている。早く行かなきゃ。でも、その前に……


「トイレ行こ」


 私は廊下の奥にあるトイレへ向かった。




「……ん?」


 トイレに入ると、数人の女の子達が一斉にこちらに振り向いた。何か用かな?


「キャァァァァァァ!!!」

「……あっ!」


 しまった。また自分が陽真君であることを忘れていた。いつものように普通に女子トイレに入ってしまった。男の子が入ってきたことにより、案の定女の子達は叫ぶ。


「ご、ごめんなさい。間違えました……」

「浅野君よ! 浅野君が来てくれたわ♪」

「え?」


 叫んだ後に、女の子達は私をキラキラした眼差しで見つめてくる。ていうか、なんで入ってきたことを喜ばれてるんだろう……。


「あの浅野君が目の前に……幸せぇ~♪」

「私、浅野君の大ファンなの! いつも応援してるわ! 部活頑張ってね~♪」

「浅野君どうしたの? 凛奈ちゃんならここには来てないよ?」


 女子トイレに入っても喜ばれるなんて、陽真君どれだけ学校の人気者なんだろう……。もはやこの学校の中で陽真君のことを知らない女の子なんていないんじゃないかと思う。全員にちやほやされてるのかも。


 ガシッ


「陽真君~? こっち来てくれるかな~?」

「わっ!」


 急に私の姿をした陽真君が現れ、無理やり私の右腕を引いて廊下へと連れ出した。




「凛奈! トイレは間違えたらダメだろ!」

「ごめん……でも女の子達喜んでたよ?」

「マジ? ……いやいや、とにかく気をつけろ! トイレはマジで!!!」

「ごめん……」


 陽真君は私の声で思い切り怒鳴る。私は堪らず涙目になる。陽真君の体になってもすぐに泣く癖が出るなんて……。


「あっ……わ、悪い。少し言い過ぎた」

「ううん、私が悪いの。陽真君の評判下げちゃってごめんね……」

「……とにかく頑張ろうぜ」


 それから私は陽真君のフリを頑張った。いつも眺めていた陽真君の姿を思い浮かべながら。私は浅野陽真君、私は浅野陽真君だと自分に言い聞かせた。






 疲れた。陽真君があまりにも人気者過ぎたから、女の子達とすれ違う度に声をかけられ、期待の眼差しを向けられる。恥ずかしい。そうだ、恥ずかしいと言えばもう一つ。


「ねぇ陽真君、男の子の“アレ”ってどうなってるの?」

「アレ?」

「ほら……その……股に付いてる変なの……///」

「あぁ、チンk……」

「私の声で言わないで!!!///」


 陽真君ほんとにデリカシー無さすぎ!


「すまん、俺にもよくわからないんだ。もっと大人になったらわかるよ」

「うぅぅ……///」


 用を足すのすっごく大変だったんだから。男の子の体ってすごく不思議だ。でも、女の子よりかは簡単かな。まだ恥ずかしいけど。


「り、凛奈……」

「なぁに?」


 陽真君がもじもじしている。まさか……


「俺もトイレ……行きたくなった……///」

「……///」


 あぁ、かみさま……どうかこれ以上私達を辱しめるのは止めてください……。






 そして迎えた放課後。最後の山場である陸上部の練習が待っている。


「凛奈、本当に行くのか?」

「大丈夫、私はやってみせる!」


 陽真君として部活を乗り気ってみせる。休んだりなんかしたら、それこそ陽真君のカッコいいイメージが崩れかねない。今日一日陽真君の姿で失態を犯しまくっている。これ以上ヘマをしたら陽真君のこれからの学校生活がめちゃくちゃになってしまう。これ以上陽真君の評判を下げたらいよいよまずい。


 私は更衣室へと入る。陽真君のゼッケンを握り締めて決意する。


 私は走る!






 俺は陸上のコーナーでバテバテになった俺の姿を遠くから眺める。あんなに情けない自分の姿を客観的に見るのはキツいな。


「ダメじゃねぇか……」

「凛奈、本当に浅野君の体で走ってんの?」


 万里も隣でボトルに水を注ぎながら俺の姿で走る凛奈を眺める。万里も凛奈の方から事情は聞いている。もちろん信じてくれた。


「あぁ」

「いいの? 凛奈がかわいそうだよ」

「でも、あいつが走りたいって言うから……」


 俺の姿をした凛奈の足はおぼつかない。いくら俺の体だからといって、走る体勢やペース配分を考えずに無茶苦茶に走ればすぐに体力を失ってしまう。長距離走は考えながら走ることが大切だ。まぁ、凛奈は知らないだろうな。


「凛奈が走りたいって?」

「あぁ……」


 そういえば、俺が陸上部に入るとあいつに伝えた時に言ってたな。自分も一緒に走りたいって。俺は反対気味だったから、あいつは結局マネージャーになった。


「相当無茶してるわね、あの子」

「え?」

「浅野君のためにあそこまでするなんて、余程あなたのことが好きなのよ」

「……」


 改めて俺は凛奈を見る。見かねた顧問の先生から別メニューを言い渡されている。あれは多分Cメニューだな。腹筋100回、腕立て伏せ100回、背筋100回の地味にキツいメニューだ。元の俺なら難なくこなせるが、中身が凛奈なら耐えられないだろう。


「あっ、凛奈……」


 凛奈は腹筋を始めた。一回目からもうキツそうだ。それでも震えながら上半身を必死に起こそうとしている。


「浅野君」

「……後は頼む」


 俺はボトルを持って駆け出した。もう見てられない。


「はぁ……はぁ……」

「凛奈」

「陽真君!」

「凛奈、来い」

「え?」


 俺は凛奈の手を引いて校舎裏へと連れて行った。なるべく一目に付かないところに行きたかった。話をするためだ。


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