第7話「神の名は。その4」
「あぁぁ……生き返るぅ……」
私は陽真君から渡された水を飲む。運動した後の一杯は格別だ。疲れた体に冷えた水が染み渡る。いつもは渡す側だからなんか変な感じだけど。
「ありがとう、陽真君!」
「あぁ……」
「さてと、行かなきゃ。腹筋あと97回残ってるから」
いつまでも休んでいるわけにもいかない。陽真君のカッコいいイメージを崩さないためだ。私はアスファルトから立ち上がり……
「凛奈!」
「ん?」
立ち上がろうとする私を、陽真君は言い留めた。
「ごめん……」
陽真君がなぜか突然頭を下げて謝った。私の黄色い髪がぶらんと垂れ下がる。どうして? 陽真君は何も悪いことしてないよ。
「どうして謝るの?」
「色々強要して悪かった。もう学校での俺の評判を下げないようにしないといけないとか考えなくていい」
どうやら気づかれてしまったようだ。私が陽真君のために無理をしていることを。でも、今の私は陽真君なんだ。陽真君らしく、毅然としてなくちゃ。
「そんな、それじゃあ陽真君が……」
「凛奈、俺を演じるの辛いだろ。辛いなら止めてもいいんだぞ。そんなに無理しなくてもいいんだぞ。俺のために自分を傷付けるのは止めてくれ」
陽真君は私の腕を掴む。私の手は本当に小さくて頼りない。少しひねっただけで骨なんか簡単に折れてしまいそうだ。私になってみて気づいたらしい。力では愛する人を支えられないことを。
「陽真君……」
「俺が顧問に頼んでくる。今日は休ませてくれって。お前はもう十分頑張った」
「ありがとう……」
陽真君は私に笑いかける。いつもの私の顔で。私になった陽真君か初めて見せる満面の笑顔だ。どんなことが起こっても、陽真君が優しいことに変わりはなかった。
陽真君は私に腕を差し出す。私はそれを掴んで立ち上がる。
「俺の体、重っ!」
「あはは……(笑)」
私は苦笑いする。やっぱり陽真君でいるのはとても疲れる。中身が私なんかじゃ、とても代わりは務まらないや。
「かゆいところはございませんか~」
私は家に帰り、お風呂で陽真君の体を洗っている。女の子の体の洗い方を陽真君は知らないだろうから、私が後ろから手伝ってあげている。私の黄色い髪がシャンプーの泡で包まれていく。改めて見てみるとすごく綺麗だ。これが自分の髪なのかぁ……。
「お前は美容師か」
「言ってみたくなるでしょ♪」
頭を洗っている陽真君は満更でもない様子だ。誰かに頭を洗ってもらうのってすごく気持ちいいもんね。ちなみに今日はこのまま陽真君の家に泊まるつもりでいる。最後まで陽真君を支えてあげなくちゃ。
「まぁ、わからなくもねぇが」
「ずいぶん昔に同じようなことしてたよね。確か仲良くなったばかりの頃……」
「……!?」
そうだ。陽真君と出会って仲良くなったばかりの頃、よく陽真君の家にお泊まりに行った。一緒にお風呂に入ったこともあった。代わりばんこで背中洗ったり、頭洗ったりしたっけ。そして「かゆいところはございませんか~」なんて美容師さんごっこをして遊んだ。懐かしいなぁ……すごく楽しかった。
あっ、なんか陽真君、顔赤くなってる。
「もしかして陽真君も覚えてくれてるの?」
「こ、こんな状況だから思い出しただけだ!所詮ガキの頃の話だろ……///」
「そっかぁ……でも私は嬉しいよ。昔みたいにまた陽真君と一緒にお風呂に入れるなんて」
「……///」
陽真君の顔が更に赤くなる。私の体だから、何かあるとすぐに照れてしまう癖が残っているのだろうか。なんだか可愛い。
「と、とにかく! お前はもう今日みたいな無理はするな! お前は浅野陽真なんかじゃねぇ。清水凛奈なんだから」
「うん、ありがとう」
「だから……その……これからも俺はお前の彼氏とし……て……」
ん? どうしたんだろう? 陽真君の様子がおかしい。
「どうしたの!? はる……ま……く……」
何だろう、なんだか視界がぼやけてきた。湿気で曇ってるせいじゃない。だんだん眠くなってきているのだ。なんで……
バタンッ
しまった、つい眠っちゃった。なんで急に眠くなったんだろう。私は手をついて起き上がる。あれ? 体の感覚がさっきと違うような……
「あっ!」
だんだん鮮明になっていく視界に陽真君の姿が写っている。ということは!
「元に戻ってる!」
私は体をぺたぺたと触る。白く細い腕、大きなおっぱい、黄色く長い髪、透き通った高い声。間違いない、元の私の体だ。すごく華奢で頼りない体が、今は修学旅行の思い出のように懐かしく感じられる。
「んんん……あっ、凛奈!」
「陽真君! 戻ってるよ!」
陽真君も自分の体を触って確かめる。やった! 戻れたんだ! よかったぁ……。やっぱり自分の体が一番だ。
「やったな! 凛奈!」
「うん! 本当によかったぁ……」
戻った理由はわからない。そもそも入れ替わった原因もわからない。一体何だったんだろう? とにかく、何もかもがよくわからない入れ替わり現象は、突如解決した。よかった、これにて一件落着……
「……!?」
「ん?どうした凛n……」
私は思わず赤面した。そう、私の体は裸だ。今元の体に戻り、隣には同じく陽真君がいる。
「……///」
「あぁ……」
陽真君も照れているのに目を反らそうとしない。
「見ないでぇぇぇ!!!!!///」
私は両手で陽真君の目を塞ぐ。恥ずかしさが突然火山が噴火したように吹き上げる。
「いや、俺になら見られていいって言ったろ!」
「やっぱり無理! 恥ずかしい!!!///」
「一緒に風呂に入れて嬉しいって言ったろ」
「嫌! 恥ずかしいぃぃぃ~!///」
私は陽真君の頭をぽかすか叩く。陽真君は満更でもない顔で私の腕を受け止める。ほんと、陽真君と一緒に過ごしているといつ何が起こるかわからなくて落ち着けない。
それでも、陽真君と一緒に過ごす時間は楽しい。今はまだ恥ずかしいけど、いつか陽真君ともっと知らないことを知って、大人になっていきたい。
陽真君のいなくなったお風呂場で、私は自分の胸を洗う。陽真君に自分の裸を見られても本当に平気になるのはいつなんだろう。
私はなぜかその時を少し楽しみに思っている。
「……ふふっ♪」
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