第4話「神の名は。 その1」



 ピー

 陸上部の顧問の先生がホイッスルを鳴らした。部活の終わりの合図だ。


「よし、今日の練習はここまでだ」


 その合図と共に、地面にぐったりと倒れる走者達。その中には陽真も含まれる。マネージャーは急いで駆け寄り、スポーツドリンクの入ったボトルを渡す。


「陽真君! はい、これ」

「サンキュー、凛奈」


 他のマネージャーよりも早く陽真へボトルを届ける凛奈。陽真はボトルを受け止ると立ち上がって飲んだ。


「あぁぁ……生き返るぅ」

「今日もお疲れ様!」

「ありがとな」


 陽真は凛奈の頭を撫でる。凛奈は堪らず笑顔になる。二人のお決まりのやり取りだ。


「ま~た人目もはばからずイチャついちゃって~♪ お熱いねぇ~♪」


 万里が空のボトルやゼッケンを抱え、二人を横切りながら呟く。


「……///」

「……///」


 二人の顔が夕焼けに負けないくらい真っ赤に染まる。周りの部員やマネージャーは二人の様子をニヤニヤと見つめる。二人が付き合っていることは既に知れ渡っているのだ。とりあえず二人は心を落ち着かせる。


「それにしても、走るのって大変そうだよね。陽真君無理してない?」


 凛奈は陽真の疲れの溜まった顔を心配そうに覗き込む。


「うーん、まぁ確かに大変だな。でもやってて楽しいぜ」

「できるなら代わってあげたいよ。陽真君いつもすごく疲れた顔してるもん……」

「そういう凛奈の方だって、マネージャーの仕事一番頑張ってんだろ。俺としてはお前にもあまり無理はしてほしくないな」


“陽真君、疲れてるのに私のことまで心配して……お人好し過ぎるよ。まぁ、私もそうだって言われそうだけど”


 もし自分にもっと力があれば、自分に走る力があれば、陽真の隣で今より彼の支えになれるかもしれない。


“もっと力があればいいのになぁ……”


 凛奈は夕焼けに染まるプチクラ山を眺めて思う。かみさまがもう一度私の願いを叶えてはくれないだろうかと。


「凛奈、帰ろうぜ」

「うん……」




   * * * * * * *




 ブーブーブーブー

 目覚ましの音だ。私は眠い目をこじ開けて手探りで目覚まし時計を探す。あれ? 音がいつもと違うような……。


 ブーブーブーブー

 なんと振動していたのはスマフォだった。昨晩は目覚まし時計をセットしたはず。それにスマフォの目覚まし機能なんて使ってない。しかもこのスマフォ、私のじゃない。おかしいなぁ……。


「ふぁぁ…………あ?」


 んん? 私ってこんなに声低かったっけ? 風邪でも引いたのかな? 風邪となると陽真君が心配しそうだ。学校も部活も休んでお見舞いに来ちゃいそうだ。それはそれで嬉しいけど。


 とにかく起きよう。


「……え?」


 ここ……どこ? 明らかに私の部屋ではない。広さは同じくらいだけど、寝ているベッドも、勉強机も、本棚も、配置がまるで違う。全然見覚えがない部屋だ。いや、見覚えがないと言うと語弊がある。


「陽真君の部屋……」


 小さい頃から何度か上がらせてもらった陽真君の部屋にそっくりだ。いや、むしろ陽真君の部屋で間違いないかもしれない。なんで私ここにいるんだろう? 勝手に入ったら陽真君に怒られちゃうよ。とにかく出よう。


「……えぇ?」


 視界に入った自分の体に思わず驚いた。寝る前とは違うパジャマを着ている。私こんなシンプルな白シャツなんて着てたっけ? 確かオレンジ色のパジャマを着てたような……。


「硬い……」


 指摘するべきところはまだある。体が異常なくらいにがっちりしている。腕の筋肉がすごい。カチカチだ。少し日焼けもしている。華奢な私の白い腕とは全然違う。


 他にも色々ある。それも含め、おかしいと思ったことを簡単にまとめてみよう。


・明らかに私のではないスマフォ

・陽真君の部屋のベッドで起きた

・声がすごく低い

・体ががっちりしている

・なんか髪が短いような……

・胸がペタンとしている

・股に何か……付いてる……


 これぐらいだ。体の感覚がおかしいのがほとんどだ。一体私はどうなってしまったんだろう。とにかく部屋を出よう。


 ガチャッ

 やっぱり、廊下も私の家と全然違う。ここは陽真君の家なんだ。勝手に入ったことをとやかく言われる前に帰ろう。もうすぐ学校の時間だから急がなくちゃ。


「……あっ」


 洗面台を見つけた。鏡がチラッと見えたけど、なんか陽真君みたいな人が写ってたような……。なんとなく私は鏡の前に立ってみる。


「……え?」


 またよくわからないことが起きた。私は鏡の前に立っている。なのに、鏡の中には陽真君の姿が写っている。陽真君が驚いたように私を見つめる。もしかして……


「私……陽真君になってる!?」


 やっぱりそうだ。私が右腕を動かせば、鏡の中の陽真君も同じように右腕を動かす。じゃあ、さっきから声が低かったり、体が固く感じたりしてるのは……


「これってもしかして……」




「これって……まさか……」


 俺は鏡の中に写る凛奈の姿に唖然とする。鏡の中の凛奈は俺と同じように動くってことは、つまり俺が凛奈の姿になっているということだ。さっきから違和感が漂うこの家も、この声も、この体も、全てがある事実を物語っている。



「私……陽真君と……」

「俺……凛奈と……」




『入れ替わってる~!?』




 君の前前前世から僕は~君を探s(殴


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る