第3話「後日談 その3」
「あーん」
「え?」
「あーん!」
私はクレープに乗っかったバニラアイスをスプーンですくい、陽真君の口へ近づける。陽真君と一緒に駅前で定期的にクレープを売っているカートに来た。陽真君はチョコバナナ生クリームを、私はバニラショコラを買い、ベンチに座って食べる。そして今に至ったわけだ。何かおかしいかな?
「凛奈、いいよ。自分のがあるから」
「ダメ! 食べるの!」
「じゃあ、スプーンをくれよ。自分で食べるから」
「それもダメ! 私が『あーん』するの!」
私は断じて拒否する。私は私の手で陽真君にクレープを『あーん』して食べさせてあげたい。これも花音ちゃんが言ってたんだもん。こうするのがいいって。
「じゃあ……あーん」
「うん!」
ぱくっ
陽真君の口の中にバニラアイスが消えていく。
「美味しい?」
「あぁ、ありがとう」
反応が鈍い陽真君。ありがとうとは言っているけど、今のこの状況を本当に楽しんでいるのだろうか。さっきから苦笑いばかりしているように見える。
「陽真君まだ寄りたいところがあるの!着いて来て」
「お、おう……」
とにかく次だ。次こそ……
シャー
私と陽真君は駅付近の繁華街に建っている服屋さんにやって来た。適当に陽真君が気に入りそうな服を選び、抱えて試着室に駆け込んだ。学校の制服を脱ぎ捨て、秒で着替えを済ませた。すぐに試着室のカーテンを開けて陽真君に自らの姿を見せつける。
「どう?///」
「え? どうって……」
私はロングスカートの花柄ワンピースを着ている。とにかく可愛くて、陽真君が気に入りそうな服を選んでみた。着替えてる時はなんかなげやりになってたけど、今こうして陽真君におしゃれした自分の姿を見せると、ちょっと恥ずかしい。でも、反応が鈍いなぁ。
「可愛い?///」
「お、おう……可愛いぞ」
可愛いと言ってくれた。でも、なんか満足できない。きっと嘘はついていないと思うけど、なんか……うぅ……何かが違う。何かが物足りない。
「陽真君! 次行こう!」
「え? 次?」
私はワンピース姿のまま、陽真君の手を取ってレジへ向かう。陽真君が気に入ってくれたみたいだから、とりあえずこのワンピースは買うことにする。とにかく次に賭けてみよう。
「陽真君! 行くよ!」
「待て凛奈! 制服!」
私は試着室に放りっぱなしにしたブレザーとプリーツスカートの存在を思いだし、赤面した。
「ゲームセンター……?」
「うん!」
次に私達はデパートのゲームセンターに来た。目的はアレだ。
「ここで何すんだ?」
「プリクラを撮る!」
「プリクラ?」
カップルはよく一緒にプリクラを撮るものだと、花音ちゃんは言っていた。ここでなら……きっと……
「とびっきりのやつを撮るよ! 行こう!」
私はゲートを通り抜ける。
「凛奈! ちょっと待て!」
突然陽真君が私を呼び止めた。私は立ち止まって振り向く。陽真君……どうしたの?
「いや、その……ちょっと聞きたいことがあるんだ。場所を変えないか?」
私と陽真君は近くにベンチを見つけて座った。陽真君の表情が険しい。私、何か悪いことして怒らせちゃったのかな? それとも陽真君、私といてつまらなく感じてるのかな?
「陽真君、なぁに?」
「凛奈、お前今日どうしたんだ?」
「え? 何が?」
「さっきから様子がおかしいぞ」
陽真君が眉をひそめる。私はさっきまでの自分の行動を振り返る。確かに怪しいかもしれない。急にクレープをあーんしたり、可愛い服を見せた感想を求めたり、プリクラを撮ろうと言い出したり。
「いや、普通にデートしたかっただけならいいが、お前があんなに積極的なのがちょっと珍しくてよ。つい不審に思っちまった」
そうか。私がこんなに強引に陽真君をしたいことに誘うなんて今までなかったかもしれない。陽真君が戸惑うのも無理はない。
「でも、本当にどうしたんだ?」
「……」
もう正直に話そう。私が悩んでたことも。花音ちゃんに言われたことも。
「彼女っぽいことがしたい?」
「うん。せっかく陽真君と恋人になれたのに、私……彼女っぽいことができなてないと思うの。だから花音ちゃんに相談したんだ」
彼女っぽいことと言っても、曖昧過ぎるのはわかっている。とにかく私は陽真君の彼女になれたんだもん。陽真君の彼女として、するべきことはしなければならない。でも、何をすればいいのかわからない。だから花音ちゃんに相談したところ、さっきまでの「スイーツを『あーん』して彼氏に食べさせてあげること」、「可愛いコーデを着て彼氏を満足させること」、「彼氏とプリクラを撮ること」を教えてもらった。
「彼女として、陽真君を満足させてあげたいの。でも、どうすればわからなくて……」
「そういうことだったのか」
「ごめんね。きっとつまらなかったよね……」
「凛奈……」
私はうつむく。やっぱり私には陽真君の彼女なんて、贅沢過ぎたのかな? 私みたいな地味な女に、学校の人気者である陽真君の彼女なんて務まらないのかな?
チュッ
「!?///」
陽真君は無理やり私の顔を振り向かせ、唇にキスをしてきた。本当にいきなりだったから、私は心臓が爆発しそうなほど驚いた。
「バーカ、んなわけねぇだろ。大満足だっての」
「え?」
「確かにいきなりだったからさっきは戸惑ったけど、俺はめちゃくちゃ嬉しいぜ。お前があんなに積極的に接してくれるなんてな」
陽真君……。
「お前、思ってること顔に出過ぎだぞ。自分が俺の彼女でいいのかって悩んでるだろ」
「……」
「いいか、言ったはずだぞ。俺はお前が彼女じゃなきゃダメだ。俺の彼女はお前じゃなきゃ務まらねぇ。俺にとって、お前は世界で一番可愛くて、魅力的な女なんだ」
陽真君は私の手を握って言う。
「それに、特別なことなんてしなくてもいい。お前と一緒にいれれば、俺はどんなことも楽しいんだ。もちろんデートしたいならいくらでも一緒に行ってやる。平凡なことでも、特別なことでも、「お前と一緒」ということに意味があるんだ」
あぁ……もう正直その辺で止めてくれてもいい。それ以上陽真君の言葉を聞くと、涙が止まらなくなる。
「彼女なら、ただ俺のそばにいればいい。それだけでいいんだ。一緒にいてくれるだけで、俺はすごく嬉しいから。これからも俺のそばにいてくれよ」
ベンチが私の瞳から溢れ落ちる涙で湿っていく。温められた私の心みたいにふにゃふにゃになりそうだ。
「もう……どこにも行かせねぇからな」
私を抱き寄せる陽真君。もう……陽真君はなんでこんなに優しいのだろうか。これが私の彼氏、浅野陽真君。幸せ過ぎる。
「それはこっちの台詞!」
私も思い切り抱き締め返す。陽真君だって行方不明になって異世界なんかに行ったくせに。でも、戻って来てくれて嬉しい。私の彼氏になってくれて嬉しい。あぁ……私、本当に陽真君との日常を取り戻せたんだなぁ……。
「私もずっと陽真君と一緒にいる! 約束したもん♪」
「おう、じゃあまた今度クレープ食いに行こうぜ。次は俺が『あーん』するからな」
「え?」
「あと、違う服も着てくれよ。今度はもっと露出度高めの奴で」
「えぇ……///」
調子に乗る陽真君。それでも……
「わかった……///」
陽真君が相手なら、どんな恥ずかしいこともできる。他でない陽真君のためだもん。
「ありがとう。それじゃあ、プリクラ撮りに行くか! デートの続きだ!」
「うん!」
私と陽真君はゲームセンターのゲートを、手を繋ぎながら通り抜ける。これがバージンロードだったらいいなぁ……なんちゃって。
私はこれからも陽真君と一緒に生きていく。この街で、陽真君と一緒に愛を育てていく。私と陽真君の居場所は他でもない、ここなんだ。この日々が復活するのを、私は待っていた。
おかえり、陽真君。戻って来てくれてありがとう……。
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