第13話「NEW YEAR」
ゴーン
七海神社の鐘の音が参拝客の耳を震わせる。真夜中の冷たい外気はか弱い乙女の肌を刺す。哀香はかじかんだ手にハァハァと息を吐きかけながら、鳥居の前で友人と恋人を待つ。
「遅いわねぇ……あいつら何やってんのよ」
「哀香、手袋どうしたの?」
隣には花音がいる。メガネをカチカチいじりながら哀香の白い手を覗き込む。
「お参りするだけだからすぐ終わると思ってはめてこなかったのよ。こんなに待たされるとは思わなかったけど」
「あらあら」
まだ哀香と花音の二人しか来ていない。既に新年を迎えて33分41秒経過している。まだ凛奈と陽真、蓮太郎が来ていない。
「ったく、恋人を待たせんじゃないわよ。レンタカー」
「レンタカー言うな」
「わっ!」
鳥居の陰から蓮太郎がひょっこりと出てきた。思わず哀香は声を上げる。
「おどかすんじゃないわよ」
「ごめん、何を持っていこうか迷ってて……」
「ちゃんと持ってきたんでしょうね?」
蓮太郎はショルダーバッグに手を入れて中を漁る。どうやら哀香は蓮太郎に何か持っていくものを指示していたようだ。
「これでいいかな? パチエナスティック 、レモンサワー味」
「うーん、まぁまぁね」
蓮太郎が取り出したのは手のひら程の長さのラムネ菓子だった。噛むと酸味が口元の筋肉を強ばらせる酸っぱいお菓子だ。駄菓子屋で1本30円で買えるお手頃なお菓子を、蓮太郎は二人に一本ずつ手渡す。
「ありがとう、ちょうど小腹が空いてたのよ~」
「待って! 今食べてどうすんのよ」
花音は受け取るとすぐに封を開けようとするが、それを静止する哀香。
「え? 何?」
「まだ早いわよ」
「それにしても、なんで酸っぱいものをもってこいなんて言ったんだよ……哀香」
「後で役に立つから」
「はい?」
哀香の意図が読めない花音と蓮太郎。とにかく、まだ来ていない凛奈と陽真を待つ。
「あっ、ようやく来たわ……げ!?」
哀香は遠くから近づいてくる二人の影に気づく。しかし、いつになく距離が近いように見える。
「ま、待たせたな……」
「お待たせ……」
陽真と凛奈は二人で一つのマフラーを首に巻き、腕を組んでくっつきながら歩いてきた。恋人巻きというやつだ。哀香はジト目で二人を見つめる。
「何やってんのよ、アンタ達……」
「えっと、陽真君が一緒にマフラー巻こうって……」
「何言ってんだ、お前の方からしたいって言ったんだろ」
「陽真君言っちゃダメ! ……あっ、違う! 違うの! えっと……」
凛奈は腕をバタバタ振る。いつものように頬が赤く染まっているのを見て、哀香達は瞬時に察した。
「凛奈、どういうつもり?」
「……陽真君と一緒にやってみたかったんだもん///」
凛奈はすねる子どものように頬をぷくっと膨らませる。そんな凛奈の頭に手を乗せ、あやすように陽真は呟く。
「正直俺もやってみたいって思ってたからお互い様だよ」
「陽真君……///」
陽真は凛奈の肩へと手を移動させ、更に抱き寄せる。
「それに、くっついてれば温かいだろ」
「へ……///」
「離れんなよ。お前が迷子にならねぇようにしてやるから」
「あ、ありがとう……///」
またしても公然の場で堂々とイチャつき始める凛奈と陽真。すると、哀香達は口の中に違和感を感じた。
「うえっ……」
「な、何これ……」
「どうなってんの……?」
口内が異常な甘味に襲われた哀香達。まるで砂糖とハチミツを混ぜた液体を口の中に流し込んだように甘ったるい。理由はわからないが、なぜかくっつき合う二人を見ると、口の中が甘ったるくなる。
「あ、甘い……」
「何これ? アミラーゼ?」
「い、今よ……」
哀香達はパチエナステイックの封を開け、ボリボリとかじる。口の中の甘味に酸味が重なり、味覚が中和される。
「ん~、酸っぱい!」
「はぁ……助かった」
「恐ろしいわぁ……このカップル……」
哀香達が酸っぱいものを用意するように言っていたのはこのためだった。二人がイチャつくのを見ると、必ずこの甘ったるさに襲われるのだ。
「大げさ過ぎんだろ……」
「あはは……」
二人は苦笑いで答えた。相変わらずベタベタくっついたままで。とかく、フォーディルナイトに転移し、どんちゃん騒ぎした高校生組が全員集合した。
賽銭前には長者の列が出来上がっていた。並んでいる間に寒さを紛らわすためにも、五人は立ち話を始めた。
「そういえば優衣ちゃんは来ないの?」
「アイツは藤野家に乗り込んだわ」
「はい?」
現在万里と豊は二人暮らしをしており、年末は実家へ帰省することになっていた。しかし、しばらく豊に会えないのが嫌だと駄々をこねていた優衣は、無理やりその帰省に参加して豊の実家へと行ってしまった。
「お父様! お母様! 豊さんを私にください!」
「年明け早々何言ってるんだよ!」
豊の両親の前で土下座をする優衣。まだ婚姻が認められない年齢にも関わらず、豊の両親に彼との求婚を申し出る。
「大事なことをすぐ忘れる息子ですが、よろしくお願い致します」
「料理しか取り柄のない息子ですが、よろしくお願い致します」
「二人共酷い!!!」
何の驚きも見せずに、さぞ当たり前のようにお辞儀をする藤野夫妻。
「兄さん……ほんと、優衣ちゃんに何したの?」
「何もしてないよ!!!」
汚物を見るような蔑みの目を兄に向ける万里。
「これから末長くよろしくね、アナタ……💕」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
12歳年下の未来の妻に抱かれ、発狂する豊。優衣は思う存分藤野家を引っかき回した。
「優衣ちゃん、豊さんのこと好きだね~」
「向こうで変なことしてないといいけど……」
既に手遅れであることを、哀香はもちろん知らない。列も順調に進んでゆき、神社の巫女が列に並んでいる参拝客に甘酒を振る舞い始めた。哀香達は甘酒片手に立ち話を続ける。
「アイツと豊さんはまだいいわよ。ゆたゆいはね」
「ゆたゆい……(笑)」
豊と優衣のカップリングで「ゆたゆい」である。哀香が勝手にネーミングしている。
「豊さんが引き気味だからまだマシよ。でもはるりん! アンタらはどうかしてるわ!」
哀香は陽真と凛奈を指差す。陽真と凛奈で「はるりん」である。二人の頭にはクエスチョンマークが浮かんでいる。
「ふぇっ?」
「なんだよ」
「いつまで恋人巻きしてんのよ!!!」
陽真と凛奈はまだ一つのマフラーを共有していた。腕も組んだままである。
「仕方ねぇだろ、マフラーが一つしかねぇんだから」
「絶対わざとでしょ!!!」
「まぁまぁ哀香、こういう時くらい許してあげましょうよ」
さぞ当たり前のように答える陽真と、叫ぶ哀香をなだめる花音。蓮太郎は他人顔で甘酒をすする。
「こういう時って……いつもくっついてんでしょこの二人は」
「哀香ちゃん、このマフラー長くて恋人巻きしやすいんだよ~」
「どうでもいいわ!!!」
いつの間にか列は賽銭箱の前まで進んでいた。財布から五円玉やら十円玉やらを投げ込み、手を合わせて神様に祈りを捧げる。フォーディルナイトでの冒険を通し、神様へ祈りを捧げるという行為がより身近に感じるようになった五人。
「みんなは何をお願いしたの?」
蓮太郎が四人に聞く。
「私は体重減りますように」
哀香が真剣な顔で答える。
「哀香は別に太ってなんかn……」
「うっさい」
「はい……」
「そういうアンタは?」
「これからも哀香と楽しく過ごせますように」
「!?///」
蓮太郎不意打ちを食らって赤面する哀香。ここにも「蓮哀」という素敵なカップリングが成立していた。この二人も一応付き合っているのだ。
「花音、アンタは?」
「恋人できますように……」
「あぁ……」
この五人の中でただ一人恋人がいない花音。二組のカップルに挟まれて心の中に孤独を感じていた。キャラクター的に自分の色恋事情を気にしない性格をしていそうだが、意外と周りに流されやすいようだ。彼女に気を遣い、これ以上追求するのを止めた哀香達。
「それじゃあお守りでも見に行きましょうかねぇ~」
列を離れ、破魔矢やお守りを売っている市場へと足を進める哀香。
「おい、なんで俺達には聞かないんだ?」
「……」
哀香はお得意のジト目で陽真と凛奈を見つめる。
「どうせアンタらは知れてるわ」
「別に変なことなんて願ってねぇよ」
「哀香ちゃぁん……」
凛奈の目から見えない光線が放たれる。
「はぁ……もう言いたいなら言いなさいよ」
「じゃあ凛奈から……」
「陽真君から言ってよ」
「凛奈言えよ」
「陽真君お願い」
「さっさと言え! このバカップル!!!」
ゴーン
鐘の音と哀香のツッコミが重なる。
「そんじゃあ、せーので」
「うん」
花音はメモ帳を開いてメモする準備をし、蓮太郎は背中の後ろでスマフォで録音を始めた。哀香は呆れ顔で甘酒をすする。
『せーのっ!』
『今年も凛奈(陽真君)と一緒に幸せに過ごせますように……///』
「……」
ブシャャャャャャャャャ
哀香は思わず甘酒を吹き出した。ごく普通の願い事が来るであろうと予想はしていたが、この二人が言うだけで口の中の甘ったるさが限界を越えた。
「甘っ! あぁもう! 私なんで甘酒なんて飲んでんだろ。もうアンタらとっとと結婚しなさいよ!」
「すごいね、見事に被ったよ」
「やっぱり『はるりん』には勝てないわぁ~」
笑い合う三人。なんだかんだ言っても祝われていることを知って照れくさくなる凛奈と陽真。
「お前らなぁ……」
「えへへ……///」
2020年もかみ忘カップル達にご注目ください。
アンジェラ「作者さん、私にも注目してください」
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