第52話 バレンタイン(4)

 今俺はめっちゃ柔らかい何かの感触を堪能していた。腕を回して身体全体でその柔らかさを感じる。


 それはマシュマロを人サイズにしたような感じで。でも柔らかさの中にある程度の質量も感じることができる。最高の抱き枕みたいだ。


 そんな人をダメにする柔らかさをさらに堪能しようとおでこをグリグリする。


「ち、ちょっと大樹くん! そんなことしちゃだめ!」


 この抱き枕はまさかの声もするらしい。ふゎあ〜もっとギュッとしよう。


「あっ……もう大樹くん実はエッチ?」


 瑞波そっくりの声が聞こえてくる。聞こえて……ん? 


「はっ!?」


 俺はそこから飛び起きた。すると目の前にはちょっと顔を赤らめたの瑞波が。


「待ってくれ。これは夢の中で無意識のうちにしてしまったことで別にやましい考えがあったわけではなくて。だからわっぷ!」


 俺が必死に弁解を述べているとぬっと瑞波の腕が伸びてきてさっきのように俺を抱きしめる。今回はさっきみたいに頭が働いていない俺ではない。


 離れようと必死にバタバタさせるのに瑞波の力が思った以上に強くて離れることができない。それどころか動けは動くほど瑞波の柔らかい胸に俺の顔が埋まっていく。


「こ~らあんまり暴れないの。さっきみたいにしててくれていいんだから」


「もうそういうわけにはいかないの! さっきまでは冷静じゃなかったけどって苦しい……」


 瑞波の胸にぎゅーってされて呼吸ができない。柔らかさの天国の中で死ねるなら本望……ってまだ俺にはやりたいことが山ほどあるのに死ねるか!


「あっごめんね大樹くん。ちょっとやり過ぎちゃった」


「ん。まぁ柔らかかったので全然オッケーっていうか」


「え? なにか言った?」


「なんでもないよ!? 今日はせっかくのバレンタインなんだから瑞波のしたいこともしようよ」


 とりあえず俺はさっきの失言を隠すべく話を逸らすことにした。さっきのを知られると俺がスケベな男認定されてしまうからな。すでにスケベだろという意見は受け付けないので悪しからず。


「私のしたいこと? ならさっきみたいに」


「それ以外でお願いします!!」


 さっきのように両手を広げるポーズをとる瑞波だがそれに乗ってしまうと無限ループだ。なので全力でお断りした。だいたい瑞波は最初に「バレンタインは彼氏に甘えても良い日」だと言っていたのに俺の方が甘えてしまっていた。


「う~ん。ならどうしようかな……よしっ決めた! もう大樹くんに渡しちゃう!」


 そう言うと机の上に置いていた黒く光る箱を大切そうに持って俺の前にゆっくり差し出した。


「はい、大樹くん。私からチョコレートだよ」


「ありがとう瑞波」


 俺はそれをしっかり受け取る。そしてそれと同時に心がすごい満たされていくのを感じた。


 恋人が俺だけのために作ってくれた世界に一つだけのチョコレート。嬉し過ぎて幸せ過多で気絶するところだった。


「開けてみてもいい?」


 瑞波が頷いたのでそっとリボンを外して箱を開ける。あけるとそこには丸く形が整えられたチョコレートが。上にはココアパウダーが振られている。


「これはって」


「生チョコっていうやつだよ。昨日作ったの」


 すごいな。こういうのって既製品でしかみたことなかった。瑞波かなり頑張ってくれたのかな。だって作るの難しそうだし。


 一つ手に取ってじっくり観察する。


 すごい。めっちゃ美味しそう。このチョコまるで黒いトリュフだ。


「じゃいただきます」


 そう言って俺はチョコを一つ食べてみる。


「すごい美味しい」


「よかったぁ。上手に出来た自信はあったけどやっぱり気に入ってくれるか心配で。今、ちょっとほっとした」


 口の中で優しくとろけていくこの食感。そして濃厚な味わい。まさしくガチの生チョコだ。


 そして瑞波も嬉しそうに顔をほころばせる。あぁバレンタインって最高だな。こんな日がたしかに一年に一回は必要かもしれない。


 俺たちのバレンタインはまだまだ続いていく。





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