第51話 バレンタイン(3)

「って桃華ちゃんとの話はいいの! 今は私と大樹くんの時間なんだからね! はい、私に集中して」


 バンっと一つ手を叩くとさっきまでの2人でワイワイしていた雰囲気が一気に静かな雰囲気へ。ただ俺はどうしたらいいんだろう。


 瑞波に任せるのもいいんだけど桃華さんになんか間違った認識を植え付けられてるっぽいし……


「それじゃあ最初からね。はい大樹くんこっち来て~」


 ボンっとベッドに腰かけた瑞波が俺に向けて両手を広げる。もはや、バレンタインってなんなのか分からなくなってきた。


 ちょっと俺が戸惑っていると瑞波が優しく俺を抱き寄せた。基本俺の方から抱き寄せるので瑞波からされたことにびっくりだったり照れくささだったりを感じる。


 瑞波はそっと俺を頭に手を回してるだけで振りほどこうと思えばすぐにでもできるだろう。


 でもそうしたくないと思った。


 バレンタインだからって特別なことしなくても良いってことなのかな。もうそんなことどうでも良かった。ただ瑞波とぎゅーっとしたい。


 今の俺はそれだけしか考えられなかった。何故か俺の中の理性という大切なものが働いていない。さっきまで余裕のフル回転だったのに。


「んっ~!! やっぱりこうすると大樹くんの温もりをすっごく感じるよ」


 瑞波ってカイロだったり手袋だったりよりすごい温かい。なんかこう心の芯から温めてくれる感じ。


 そうして瑞波の温かさを堪能しているところにさらに耳元で甘い囁きが。


「でも今日は大樹くんが私に甘えていい日だからこのまま私の胸に来てくれてもいいよ?」


「……」


 いつもの俺だったら断っていただろう。ただ頭が働いていない俺は言われるまま瑞波の胸に顔を埋めた。


「ひゃんっ! ちょっとびっくりしちゃったよ。でもこうしてするのは初めてだね」


「……」


「ん? 大樹くん?」


 瑞波の声は俺には届いていなかった。瑞波の柔らかさだったり心臓の鼓動だったりに全神経が集中していたから。あぁすっごい落ち着く。


 そして俺の頭を優しい手が撫でてくれる。なんなんだこの瑞波の母性は。このまま寝てしまいそう。


「部活で疲れてるんだよね。良いよ。このまま少し寝ちゃっても。でもあんまり寝ちゃったらダメだよ?」


「ん……少しだけ……」


 そしてそのまま俺の意識は落ちていった。




〈side瑞波〉



「大樹くんほんとに寝ちゃった」


 私の胸の中でスヤスヤと寝ている大樹くんを見下ろして私はポツリと独り言をもらす。こうして大樹くんのつむじをこうしてみるのはなかなかに新鮮だ。


「これも私たちなりのバレンタインの過ごし方だよね」


 桃華ちゃんは外でデートするのもいいよだったり、家の中ではさっきみたいな感じでハイテンションでいくのもいいよって教えてくれた。


 ちゃんと確認しておくけど、桃華ちゃん彼氏いません。ラブコメ漫画からの知識だろうね。


「さてさて。大樹くんが起きるまで可愛い寝顔を堪能させてもらおうかな」



 こうして私たちのバレンタインは過ぎていくのでした。







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