第38話 お昼ご飯

「いただきま~す。って言ったのはいいんだけどさ、瑞波さん」


 お昼を生物講義室で食べることにしていて横には瑞波がいる。それはいいんだけど。


「箸が一善しかないよ?」


 何故か箸が一人分しかないのである。


「あ~ほんとだ。あはは可笑しいなぁ」


「なんだ、その超棒読み感じ。まさかわざとじゃないよな?」


「私がわざと忘れるわけないじゃん。でも仕方ない。今更どうすることもできないし同じ箸使うしかないね」


 瑞波、これは絶対狙ってやってるわ。確信犯だ。迂闊だった。割り箸くらい持って来ておくべきだった。


「それなら先に瑞波が食べてくれ。その後に俺が食べるよ」


 ないものをねだっても仕方ない。今日は瑞波が作ってくれたんだから先に食べるのは瑞波で決定。


 俺は瑞波が食べ終わったあとに頂くとしよう。ほんとは早く食べたくてやばいけど。


「だめだめ。今日は大樹くんに食べてもらいたくて作って来たんだから。というわけで、あ~ん」


 そう言って差し出されたのは一つのから揚げ。


「ほらほら。どうぞ、食べてみて」


「ならありがとう。いただきます」


 パクリと一口食べてみる。咀嚼した瞬間に口いっぱいに広がる肉汁。肉の中までしっかり下味が付いてるのも分かる。


 噛めば噛むほど感じる肉の旨味。もう最高のから揚げと言ってもいい。思わず顔がふにゃ~ってなってしまう。


「どうかな? お母さんに土曜日に習って今日作ったの。美味しい?」


 少し不安そうに俺の方を見つめる瑞波。でも心配する必要なんてこれっぽっちもない。だってこんなに美味しいんだから。


「瑞波ありがとな。すごい美味しいよ。俺のためにこんな頑張ってくれたって思ったら嬉しくてやばい」


「そ、そんなことないよ。ただ大樹くんが喜んでくれて笑顔を見せてくれたらそれだけで私は嬉しいから」


「俺もなにか瑞波にしてあげないとな。俺ばっかりがして貰ってたらダメだし」


 今は何もできないけどプレゼントを贈ったり俺も弁当を作ってたり。いや、弁当は難しいけど。


 ただここまでして貰ってるんだから俺だって瑞波を笑顔に出来るような何かをしたい。ちょっとよく考えておこう。


「それならさ大樹くん。ちょっとして欲しいことがあるんだけど、いいかな?」


「お、なんでもいいぞ。ドンとこい!」


「私にもあ~んってして欲しいなって」


 もちろんダメな訳がないのでグッとサムズアップした後、瑞波から箸を受け取ってハンバーグを掴む。


 後は可愛らしく口を開ける瑞波に食べさせてあげればいいだけ。食べさせてあげればいいだけ……そのはずなのに……


「どうしたの大樹くん。は~や~くぅ~」


 後ほんの少しで瑞波の口の中に入るってところで箸が動かない。何故かドキドキする。ただハンバーグを食べさせてあげるだけなのにと思ったら二つ理由が分かった。


 一つの理由は軽く口を開けて目を瞑ってるこの瑞波の「あ~ん」の姿というか表情が思った以上に破壊力があること。もう一つは間接キスじゃね? ってこと。


 後者の方はそんなの今更だろとか、慣れただろとか思うところがあるかも知れないがそんなことはありません。まじて手が震えてます。


 ただ瑞波が待ってるので俺は意を決して口の中にそっとハンバーグを入れた。パクっていう可愛らしい音と共に口が閉じてもぐもぐしだす。


 その仕草がもう絵になるし俺をドキドキさせる。教室に俺たち2人という理由もあってかなりやばい。


「ん~大樹くんにあ~んってされて食べるものってすごい最高! 次は私が大樹くんに、これにしよっと。あ~ん」


 こんな感じてお弁当箱が空っぽになるまでお互いにあ~んし合っていた。そのせいか冷たいはずのお弁当を食べたのにすごい温まった。



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