43 それはまるで星のように①

 夏祭りの次の日の夜、圭太は玄関で靴を履いていた。


 昨日の夏祭り、あの後は結局アオイさんと二人で花火を見て帰った。そのとき昴と凛のところに行けなかったことについては悪いことをしたと思っているが、だからといってアオイさんを一人で放っておくことは出来なかった。とりあえずその事は良い、問題なのは彼女から出ていた黒いモヤだった。あの黒いモヤが一体なんだったのか、考えてすぐに思い付くのはやはり櫻井桜が話していたアオイさんとは思えないようなもう一人のアオイさんの存在。というのも、もしあの黒いモヤがアオイさんの負の感情で、櫻井さんの言っていたアオイさんを形作っているのだとしたら色々と説明がつくのだ。だからあの黒いモヤについてはすぐにでも確かめる必要があった。


「圭太君? こんな夜遅くにどこ行くの?」


 アオイさんが心配そうな声に圭太は『学校です』と一言だけ返す。こんな遅くに行くことを不審に思ったのだろうアオイさんはそれから圭太に学校に行く理由を尋ねた。


「どうして学校なんて……もしかしてまた同好会の合宿?」

「今回は同好会じゃないです。櫻井さんの言っていたアオイさんの正体が分かったかもしれないんです」

「それって私の知らない私のことだよね。やっぱり人違い、じゃなくて幽霊違いとか?」


 アオイさんの反応を見る限り、黒いモヤについて何も知らないようだった。だが確かあの黒いモヤは彼女全体を覆っていたはずなので何も心当たりがないということは彼女からあの黒いモヤは見えていなかったらしい。


「とにかくアオイさんも来て下さい。そうすれば分かります」

「うん分かったよ」


 今まではあまり彼女の過去に触れないようにしてきたが、きっといつまでもそのままでは駄目なのだろう。彼女の過去に色々辛いことがあったのは知っている。それが多分そのときに身につけた防衛手段だということも想像は出来る。ただ、例えそうだとしてもアオイさんには前に進んで欲しかった。まだまだ遠い未来かもしれないが、仮にこのまま今のような生活がずっと続いたとして、もし突然自分がいなくなったとき残された彼女は一体どうなってしまうのか。そのことを思うと彼女に未練というか心残りを抱えさせたままにはしたくなかった。それが例え彼女が望んでいなかったとしても、そしてそのことで彼女との生活が終わってしまったとしてもだ。


「アオイさんは何か準備とか必要ですか?」

「ううん、準備は大丈夫だよ。それよりもこれって正真正銘の圭太君と二人きりのデートだよね。そのデートが夜の学校ってなんだかドキドキするね」


 ワクワクと少し楽しげなアオイさんの表情に圭太はなんだか少しだけ後ろめたい気分になっていた。これからするのは簡単に言えば彼女のトラウマを呼び起こすかもしれないこと。それは彼女にとって辛いことであるに違いないのだ。だがそれでも『これは彼女ためだ』とそう自分に言い聞かせて圭太はアオイさんを連れて家を出た。

 気のせいだろうか、その日は近頃いつも鳴いている虫がいつもよりも静かなような、そんな気がした。


◆◆◆


 学校に着くと入口は当然閉まっていた。これはもちろん予想出来たことなので以前使った抜け道まで移動する。


「そういえば前にもここ通ったことあるよね」

「そうですね、前に通ったのは僕とアオイさんが初めて会った日ですよ」


 懐かしくもここは約四ヶ月前アオイさんに初めて会ったときに使った抜け道、そのときはまだアオイさんという都市伝説について半信半疑だったと今を思うとちょっぴり不思議な気分になる。


「そっか初めて会ったときか。あのときから圭太君はちょっと頼もしくなった気がするよ」

「単なる慣れです。あのときはいきなりアオイさんが目の前に現れたからちょっと混乱してたんですよ。ちなみにそのときの約束というか、脅しは覚えてますか?」

「脅しは流石に酷いんじゃないかな。もちろん覚えてるよ、友達になって欲しいって言ったことでしょ?」

「そうです、今思うとあんまりアオイさんと友達らしいことしてないな思いまして」


 割りと真面目に反省していたのだが、アオイさんはそんなことはないとでも言うように首を横に振る。


「圭太君、そんなこと気にしなくていいんだよ。私は圭太君と一緒にいられるだけで満足なんだから。それに今の関係ってなんだか友達以上の関係みたいで私は好きだよ」


 そう言って笑う彼女は月明かりのせいかいつもより一層綺麗に見えた。人間では決して表現出来ない綺麗さとでもいうのだろうか、彼女の少し不思議で冷たいとも、温かいともとれる表情に圭太は魅入っていた。


「……ねぇ聞こえてる? おーい!」


 だからなのかアオイさんがこちらを覗き込んでいることにしばらくの間気がつくことが出来なかった。気づいたら気づいたで驚いて一歩後ろに下がってしまう。


「もう、その反応はやっぱり聞いてなかったんだね。まったく駄目だよ、お姉さんの話はちゃんと聞かないと」

「すみません」

「じゃあもう一度聞くけどどこから中に入るの? 夜だから見た感じどこも閉まってるみたいだけど」

「ああ、それは体育館近くの建て付けが悪い方の扉からですよ。前に行ったきりなので今はどうなってるのか分かりませんが多分開いたままだと思います。というかアオイさんも一度通ったと思いますけど」

「そういえばそうかもね、確かあっちかな? 早く行こうよ、圭太君」

「ちょっと無理矢理手を引っ張らないで下さい。自分で行けますから」


 それから圭太はアオイさんに連れられて、ここから校舎を挟んで向かい側にある体育館の方へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る