42 夏祭り②

 リンゴ飴を購入した後は凛がどこかへと行ってしまった関係でこちらが指定した場所に凛が戻ってくるまでの間、自由時間となっていた。


「圭太、ここは俺が待ってるからよ。リンゴ飴の他にもアオイさんのお土産とか買ってきたらどうだ?」

「じゃあ任せて良いかな?」

「おうよ、任せておけ」


 昴に感謝をしつつ屋台が並ぶ通りへと向かう。通りはもうすぐ花火が打ち上がるからか先程よりも人通りが少なかった。そんな通りを少し歩いてタコ焼きの屋台まで辿り着く。


「アオイさん、本当にタコ焼き食べるんですか?」


 視線の先には残った最後のリンゴ飴を手に持ち、小首を傾げるアオイさんの姿があった。


「当たり前だけど、何かおかしい?」


 不思議そうに聞いているがアオイさんは今既にリンゴ飴を二本、それにもうすぐ三本目を平らげようとしているのだ。まだ食べられるのか心配しても何らおかしいことはなかった。まぁ今の彼女の様子を見る限りだとまだまだ食べられるのだろう。


「圭太君、私はお祭りに貢献してるんだよ。私達がたくさん買うことによって屋台の人の儲けが増える。そしてお祭りも盛り上がる。そうしたらみんな楽しい、ウィンウィンなんだよ。だから決して私が食いしん坊とかそういうわけじゃないんだよ」


 唐突に謎理論を展開し始めるアオイさんについていけない圭太はただ『そうですね』と頷く。その反応が気に入らなかったのだろうか、アオイさんは頬を膨らませると少し不機嫌そうな顔をした。


「ねぇちゃんと聞いてた? 圭太君」

「はい、聞いてましたよ。つまりタコ焼きが食べたいってことですよね?」


 圭太の言葉にアオイさんは『ぐぬぬ』と唸りながらも首を縦に一度振る。それを見た圭太は屋台の店主にタコ焼きを注文した。


「アオイさん、お待たせしました。熱いので気をつけて食べて下さいね」


 そう言ってアオイさんにタコ焼きが入ったパックを渡そうとするが彼女は頑なに受け取ろうとしない。先程まであれほど食べたそうにしていたのに一体どうしたのかと彼女の方へと顔を向けると、彼女の顔は赤く染まっていた。


「それだったら熱くなくなるように圭太君にふーふーして欲しいな」

「……分かりましたよ」


 少し恥ずかしそうに言う彼女のお願いをなんとなく断ることが出来なかった圭太は一先ず近くのベンチを探し始める。


「あそこなら人気ひとけがなさそうですね」


 それから見つけたベンチに向かい、そこに腰を下ろすのとほとんど同じタイミングで隣にアオイさんが座った。


「……圭太君」


 アオイさんの声がする方へと視線を向けると彼女は既に目を瞑っていて、まるでキスでも迫られているかのような、そんな錯覚に襲われる。しかしすぐにそんなことはないと邪念を外へと追い出すように、つまようじで刺したタコ焼きに息を吹き掛ける。


「じゃあ行きますよ」

「……あーん」


 そのままタコ焼きはアオイさんの口へと運ばれる、そう思っていたが実際にそうはならなかった。


「いただきまーす…………うん、おいひい! もういっほ!」


 アオイさんに差し出したタコ焼きは突然現れた凛の口の中へと消えていた。


「それにしてもよく私が近くにいるって気づいたね」

「えーと……」

「なんだかこれだといつもの私と立場が逆だね。でもこれはこれで案外良いかも、今度から新海君もお菓子持ってきてよ」


 急に現れた凛はそれから畳み掛けるように言葉を発する。マシンガントークというのはまさにこのことを言うのだと身を持って実感していた。


「ところで結城さんはどうしてここに? 昴はどうしたの?」


 凛が次の話を始める前に気になっていたことを聞けば、彼女は流れるように答える。


「高坂君のことは知らないよ。でも言われた場所に向かってたらたまたま新海君がこんな人気がない所に入っていったから気になってついて来たんだよ。新海君こそ何してたの?」

「それは……」

「もしかして言えないようなことなのかな? わざわざ人気のない場所に行くくらいだもんね。まぁそれは良いよ、それよりもタコ焼きとかもっと食べたいな。ほらさっきみたいにあーんとかしてさ」


 それからあーんと口を開ける凛に戸惑っていると、彼女は続けておかしなことを言い始める。


「そういえばここって他に人がいないから今なら新海君が私に何してもバレないよね。ほら私が目を瞑ったら新海君、私にイタズラし放題だよ」


 突然変わった空気にどうして良いのか分からず、とりあえず凛の口の中にタコ焼きを入れようとするが、タコ焼きを運ぶ手は途中で大きく右に逸れた。衝撃でタコ焼きは地面に落ち、その音で目を瞑っていた凛は慌てて目を開ける。


「どうしたの? 新海君」

「いや、何でもないよ。それよりも昴が待ってるから早く行かない?」

「えータコ焼きもっと食べたかったなー。でも仕方ないか、人を待たせてるんだもんね。よし、行こう!」


 そう言って凛は一人昴が待つ場所へと向かう。それを見届けた圭太はそれから自分の左側へと顔を向けた。彼の視線の先には顔を俯けたアオイさんが立っていた。単純に周りの暗さのせいか、もしくはあえて見えないようにしているのか分からないが彼女の表情はここからではよく分からない。


「アオイさん、すみません」

「……ううん、私こそタコ焼き無駄にしちゃってごめんね」


 謝るが返ってきた彼女の言葉に何も返すことが出来ない。正確に言うとこの状況にどうすれば良いのか分からなくなっていた。


「残りのタコ焼きは家に帰ってから食べましょうか」


 辛うじて出てきた言葉もどこかぎこちなくて気まずさだけが増していく。その後圭太が落ちたタコ焼きを空いていたビニール袋に入れて処理していると、アオイさんがボソリと呟いた。


「やっぱり私って駄目だよね……」


 アオイさんが言葉を発した直後、彼女の後方から一発の花火が上がる。笛を鳴らしたような音と共に上昇し、最後に夜空で大輪の花を咲かせる花火に目を奪われていると、突然視界に黒いモヤが映り込む。一体これはなんだとそのモヤを下に辿っていくとそこには今まで見たことがないほど無表情なアオイさんがいた。そして今度は逆方向にその黒いモヤを辿ると、それは学校の方へと続いていた。

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