41 夏祭り①
アオイさんのドッペルゲンガーについてスマートフォンで調べていたある日、一件の通知が圭太のスマートフォンに入った。それは凛からの夏祭りのお誘い、一先ずアオイさんに確認を取る。
「アオイさん、夏祭りとか行きませんか?」
「ん? 夏祭り? 行く行く! 行くよ圭太君!」
誘った瞬間話に食い付くアオイさんに重要なことを伝えていなかったと続けて補足説明をする。
「えーと前にプールに行ったメンバーで行こうって話なんですけど……」
「えっ?」
突如として勢いを失ったアオイさんはそれから『そっか、そうだよね。圭太君が私を誘ってくれるはずなんてないもんね』と独り言を呟き始めた。なんというか少しだけ申し訳ない気持ちになるが気を取り直して再度アオイさんを夏祭りに誘う。
「それでアオイさんは夏祭りに行きますか?」
「そうだね、本当は圭太君と二人で行きたかったけど仕方ないよね。私は行けないって伝えておいてよ」
「行けないってどういうことですか?」
「正確には圭太君が行くなら行くしかないんだけど、そのお誘いは断るしかないってことかな。この前のプールで他の人に私の姿を見えるようにしたでしょ? あれって結構大変でもう一度それをするには少し時間を置かなくちゃいけないんだよ」
つまり不可視モードを再び解除するにはもう少し時間が必要だということだった。確かに以前不可視モードを解除している間は疲れるとかそういう話を聞いたことがある気がする。多分解除に何かしらの力を使っているのだろう。
「だったら僕もこの誘いを断ります。それで夏祭りに二人で行きましょうよ」
「駄目だよ、圭太君の話だと夏祭りには圭太君の親友も来るんでしょ? だったら行かないと」
「でも……」
「私も行かないわけじゃないんだし、心配しなくても大丈夫大丈夫。だって私はお姉さんなんだから!」
謎の理由を言いながらグッと親指を立てるアオイさんに折れたのは圭太の方だった。ただ一つ思うこともあった。確かにアオイさんも一緒に行くには行くのだが、その間アオイさんは他の誰にも存在を認識されない。つまりアオイさんが存在していないのと同じということで、なんだか圭太にはそれが悲しいことのように思えた。それが幽霊というものの運命といえばおしまいなのだが、それでも悲しいことなのには変わりない。
「分かりました、夏祭りには行くことにします」
「そうだよ、行ってきな! 若い者は色々経験した方がいいからね」
「その考えで行くとアオイさんは若くないってことになりますけど」
「ん? 圭太君は今なんて言ったのかな?」
笑顔であるにも関わらず圧力を感じる彼女の表情に無意識で首を横に振る。
「いえ、やっぱりアオイさんはものすごい若いです。もう子供みたいな若々しさですよ」
「それもなんか微妙に嬉しくないんだけど……まぁ良いや夏祭りは楽しんでおいでよ、圭太君」
「はい、そうします」
「じゃあ私はちょっと夏祭りに向けて練習してくるからね」
「練習って何の練習ですか?」
「何の練習って圭太君に変な虫がつかないようにする練習だよ」
アオイさんの表情は笑顔であったが圭太はどうにも恐怖を感じていた。彼女は一体何をするつもりなのだろうか、それを本人に聞くことなど到底出来そうになかった。
◆◆◆
そして夏祭り当日の夕方、会場の近くである家の最寄り駅で待つ圭太のスマートフォンには一件の通知が入っていた。
「もうすぐ来るみたいですから少し我慢して下さい、アオイさん」
「私はもう待てないよ。タコ焼きが私を待っているんだよ!」
タコ焼きを売る屋台に惹かれるアオイさんを必死に引き止めていると駅の方から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「ごめん、待った? その様子だときっと待ったよね。いやーそれにしてもまいったよ。桜とアオイさん、それに新井君も来ないなんてね」
聞き慣れた声の方へと顔を向けるとそこには凛と昴の姿があった。どうやら一緒に来たらしい。
「圭太、勘違いするなよ? 言っておくけど駅の近くで偶然会っただけだからな」
昴の謎の言い訳に凛は『なにそれ、なんかその言い方だと新海君が高坂君の彼女みたいだね』とこちらも謎の発言をしていた。
「二人とも変なこと言ってないで早く行くよ」
なんとなくその場から逃げ出したい気持ちになっていた圭太はそれから凛と昴と共に人の流れに乗って夏祭り会場へと繰り出した。
夏祭り会場までの道の端には様々な屋台が並んでいた。なんとなく視線を感じて横に顔を向ければアオイさんが何か物欲しそうな目をこちらに向けていた。
「分かってますから、もう少しだけ待ってください」
「さっきからそればっかりだよ」
「仕方ないですよ。ここだと人も多いですし、後ろには二人もいるんですから」
「それは分かるけど……」
「お姉さんなんですから我慢くらい出来ますよね?」
「……うーん分かったよ。でも後でちゃんと食べるからね」
「分かりました、約束です」
アオイさんと約束をしていると後方から凛に声を掛けられる。
「おーい新海君、あっちにリンゴ飴があるけど一緒に行かない?」
その声で一度アオイさんの方へと顔を向けると彼女は表情をパッと輝かせた。
「アオイさん、タコ焼きの前にとりあえずリンゴ飴でもどうですか?」
「うん、圭太君が食べて欲しいなら食べてあげてもいいよ。とりあえずリンゴ飴は食べる分と予備で三本は買っておこう」
前々から思っていたことだがアオイさんはどこか食い意地が張っているというか、胃袋が大きいというか結構食べるようだ。なんとなくそのことを思いながら彼女の方を見ていると彼女は何かを必死に否定するように言い訳を始めた。
「違うんだよ。この予備の二本は明日と明後日の分で、今日で全部食べるわけじゃないんだよ、本当だよ?」
「でも明日とか明後日になったら溶けちゃうんじゃないですか?」
「だったら仕方ないね。三本は今日私が責任を持って全部食べるよ」
「それでも三本は食べるんですね」
「三本はノルマだからね」
一体何のノルマなのかは気になったがなんとなく長くなりそうな予感がしたので詳しくは聞かなかった。とりあえずアオイさんはリンゴ飴を食べるということ、それだけを確認した圭太は先程から返事を待っている凛に向けて了承の言葉を返した。
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