40 『アオイさん』の噂②

「なるほどな、ドッペルゲンガーのついて知りたくて俺を呼んだと。でも圭太、いきなりなんでそんなことが知りたいんだ?」

「うん、ちょっと知り合いがね」


 連絡した助っ人──昴は呼んだらすぐに家に来てくれた。彼にはとりあえず今回のどう考えてももう一人のアオイさんが現れたとしか考えられない現象を『ドッペルゲンガー』として相談し協力を仰いだのだが、状況的にその決めつけはあながち間違っていなさそうな、そんな気がした。


「それってもしかして……まぁそれはいいか。知りたいのはドッペルゲンガーについてだよな」

「うん」


 返事をすると昴は一度頷き、それから話し始める。話をする彼はいつもより生き生きとしていた。


「圭太、まずドッペルゲンガーっていうのはちゃんと知ってるのか?」

「えーと知ってるのは、自分の分身のことってくらいかな」

「そうだな、大体それで間違ってはいないが一つ付け加えるとするならば、自分のドッペルゲンガーと出会ったら死ぬってことだ」

「それは聞いたことがあるよ。死期が近い人が見るとかそんな話でしょ?」

「なんだ、知ってんじゃねぇか。まぁそれも一部の解釈に過ぎないけどな。他にはただの幻覚だとか、生霊だとかもあったな」


 昴はこれとははっきり断言しなかった。確かにドッペルゲンガーは話自体が都市伝説と同じようにあやふやなもの、断言出来ないのだろう。


「それでちょっと気になることがあるんだけどいいかな?」

「なんだ? 圭太」

「その、ドッペルゲンガーが他人に直接危害を加えたりするってことはないのかな? 例えば相手を傷つけたりだとか」


 それが今回一番聞きたいことだった。これで危害を加える可能性があるのならこの現象はドッペルゲンガーということで説明がつく。どういった理由で発生したのかは分からないままだが、様々な可能性の中から少なくともドッペルゲンガーである可能性が高いと絞り込むことが出来るのだ。そうすれば今後ドッペルゲンガーに絞って調べることが出来る。


 昴の反応を待っていると彼はやや困った表情で言葉を発した。


「ドッペルゲンガーでそんな話は聞いたことねぇよ。聞いたことがあるとしても直接的じゃなくて間接的に被害を受けたっていう話だけだ」


 昴の言葉に予想が外れたと少しショックを受ける。ほとんどそうだと決めつけていた部分もあるため、他にどういうことが考えられるのか、咄嗟には思い付かなかった。


「ただな、さっきも言ったとは思うがドッペルゲンガーには色々解釈があるんだよ。その中の生霊っていう解釈なら直接危害があってもおかしくはないな」

「生霊?」

「そうだ、簡単に言うと怨念とか憎しみとか何かしらの強い感情によって生まれるもう一人の自分って感じだな」

「それは無意識でも起こるものなの?」

「まぁ無意識状態でも本人がそれを強く願っていれば起こるんじゃないか? まぁ俺は実際に見たわけじゃないから実のところはよく分からねぇけどよ」

「そうだよね変なこと聞いたよ、ごめん」

「謝らなくていい、気にするな。そういえばさっき聞きそびれたけどよ。知り合いっていうのはもしかしてアオイさんのことなのか」


 昴の質問にすぐに答えられないでいると、彼は少し寂しげに『そうか』とだけ言い、ソファから立ち上がる。


「話したくないなら無理には聞かねぇよ。圭太にも話せない事情とか何かがあるんだろ?」

「ごめん、昴」

「なんですぐ謝るんだよ。ただまぁそうだな、俺個人としては親友のお前が何か変なことに首を突っ込んでるんじゃないかって心配にはなるよな」

「やっぱりそうだよね、今日もいきなりこんなこと聞いたりして」

「当たり前だろ、何年親友やってると思ってるんだ。だからなんだ、俺はお前からの協力があれば喜んで応じると思うぜ。多分冬馬もそう言うだろうよ」


 今昴がとても頼もしく見えたのはきっと気のせいではないのだろう。考えてみれば彼は昔からそうだったのかもしれない。普段こそは強引であるものの、いざというときには何も聞かずに協力してくれる。協力してくれる度に悪いとは思うがついつい甘えてしまう。なんというか彼はいざというとき頼りになる兄貴のような存在だった。


「ありがとう、昴。でも……」


 だがそれでも今昴にアオイさんのことを打ち明けるわけにはいかない。彼を信じていないわけではないが、こればっかりは自分だけで決めていい問題ではないのだ。


「そうか、協力出来ることがあったら何でも遠慮せずに言ってくれよ。とりあえず話も終わったみたいだし俺は帰るわ」


 それから圭太は寂しげにリビングから姿を消す昴を心の中で『ごめん』と謝りながら見送る。その後、今までリビングの隅の方にいたアオイさんが申し訳なさそうにソファへと腰を下ろした。


「ごめんね、圭太君。私のせいでなんか空気悪くしちゃったみたいで」

「いいんですよ、昴は分かってくれる男ですから」

「信頼してるんだね、彼のこと」

「そうですね、僕の親友ですから」


 言葉を発したとき何故かアオイさんの表情が一瞬だけ暗くなったような気がした。ただそれは本当に一瞬で気のせいだと思った圭太はそれから先程昴から聞いたことについて話し始める。


「とりあえず昴のおかげで大体どういうことを調べるのかを絞り込めましたね、アオイさん」

「そうだね、生霊だっけ?」

「まぁアオイさんの場合は生霊じゃなくて死霊ですけど、それだと意味が変わっちゃいますからね。とりあえずドッペルゲンガーって呼ぶことにしましょうか」

「確かにそれだと意味が変わっちゃうよね」


 アオイさんはクスッと笑いながら受け答えをする。しかしそれがまるで何かを誤魔化しているように見えた圭太はアオイさんに質問していた。


「アオイさんは何か心当たりとかないんですか?」

「心当たり? 怨みとか憎しみみたいなことだよね。どうかな、今の生活は楽しいしパッとは思い付かないかな」


 しかし彼女の返事からは何か誤魔化しているようなそんな感じはしなかった。だとしたら先程の違和感はなんだったのか、考えれば考えるほど分からなかった。

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