39 『アオイさん』の噂①

 新海家に着き、圭太とアオイさんは並んでリビングにあるソファに、櫻井桜は二人と向かい合ったソファに座る。それから桜は圭太が用意したお茶に口をつけ、ゆっくりと口を開いた。


「なんと言いますか、私がアオイさんについて誰かに何かを話すなんてことはないですよ」


 開口一番告げられた桜の言葉に圭太は一先ず安心していた。これでとりあえず最悪の事態は避けられたということなのだろう。


「そもそも話したところで信じてもらえないのが分かっていますからね。あとこれ手土産です」

「わざわざどうも、でもそれならなんで話し合いに応じてくれたの? 連絡したときにそれを言えば良かったんじゃ」

「それはそうなんですけど……今日は他に少し相談したいことがありまして」

「相談ってこの話についてじゃなくて?」

「はい、それにはアオイさんも少し関係があるんです。というかアオイさんが関係者ですかね」

「アオイさんが?」


 アオイさんに関係あることと言えば都市伝説のことだろうか。そう思って桜の方を見ると、彼女は軽く首を縦に振った。


「新海君なら既に察しているかもしれませんが、今日話したいことというのはアオイさんの都市伝説のことなんです」


 やはりそう来たかと思うと同時にこれから一体何を話すんだという不安が押し寄せてくる。黙って彼女の話の続きを待っていると彼女はこちら、正確にはアオイさんの方を向いて言った。


「アオイさん、こんなことは言いたくないですがいい加減に私の友達を返してくれませんか?」


 突然彼女から告げられた言葉に戸惑うアオイさん。圭太も何が何だかさっぱりな状態だった。説明を求めるためアオイさんの方を見るが彼女も首を横に振る。その様子を見ていた桜は驚いた表情を顔に浮かべた。


「まさか知らないというんですか? 確かに元々悪いのは私達ですけど……でも、だからってそんなのあんまりじゃないですか!」

「ごめん、櫻井さん。話が見えないんだけど、具体的にどういうことか教えてくれる?」


 火に油を注いでいる感じがしなくもないが、この状況ではこうする他に彼女の話の内容を知る手段がないのだ。それに原因が分かればこちらでなんとか出来るかもしれない。そう思っての行動は桜を静める役には立っていた。


「すみません、ちょっと頭に血が上っていました」

「うん、それは良いよ。今のままだとよっぽどの緊急事態でアオイさんが関係してるってことしか分からないからね」

「そうですね」

「じゃあ僕にも分かるように説明してもらえるかな? もしかしたら力になれるかもしれないし」

「分かりました。お話します」


 そう言って彼女の話は始まった。彼女の話は確かにアオイさんについてのことだったが、どうも何かがおかしかった。具体的にはアオイさんがするはずないようなことをした話なのだ。


「えーと本当にアオイさんが櫻井さんの友達を鏡の中に引きずり込んだの?」

「間違いないです。私達が夜の学校で例の都市伝説の噂を確かめようとしたときに起こったことなので」


 彼女の言葉にもう一度アオイさんに視線を向けるが彼女は首を横に振る。どうやら本当に彼女には覚えがないことらしかった。


「具体的にいつぐらいのことなの?」

「二週間前のことです。それにおかしいのが私の友達がいなくなったのに周りの人達は誰もその友達のことを気にしないんです。まるでそんな人は最初から存在しなかったような感じで」


 確かにこの二週間で生徒が行方不明になったという話は一度も聞いていない。彼女の話が本当だとしたら彼女の友達は行方不明になっているはずなのだ。にも関わらず誰も彼女が行方不明になったのを気にしないというのはいささか奇妙な話だった。


「とりあえず事情は分かったよ。でも今すぐには解決出来そうにないから少し調べさせてくれないかな?」

「それは私の友達を探すのに協力してくれるってことですか?」

「そうだね」

「分かりました。私の話はこれで終わりです。では今日のところは」

「送っていくよ」


 その言葉と共にソファから立ち上がるが桜は右手でそれを制する。


「いえ、一人で大丈夫です」


 そう言ってリビングから去っていく彼女の背中はここに来るときとは違って悲壮感が漂っているような、そんな感じがした。確かに今思えばプールのときも楽しんでいるという風には見えなかった。それでもプールに付き合ってくれたのはアオイさんがいたからだろうか。そう思うとどうしてだか無性に悲しさが込み上げてきた。



 とにかくまずはアオイさんと二週間前の事実確認をしなければいけない。二週間前というのは昨日の晩御飯のように思い出そうとして気軽に思い出せる程最近ではないのだから。アオイさんの方へと向き、再びソファに腰かける。


「それで二週間前のことですけど……」

「圭太君、もしかしてまだ私のことを疑ってる?」

「いや……そういうことでもないような、あるような」

「まぁ確かに今回は私が一番怪しいもんね。でも私じゃないっていう証拠は圭太君がよく知ってると思うんだけど」

「僕ですか?」

「そうだよ、あの子はさっき夜の学校でって言ってたよね。でも私はほら、夜は圭太君の家でお世話になってるから」


 考えてみればそうだった。アオイさんは取り憑いている相手から一定以上離れることが出来ないのだ。それに連続で取り憑く先を変えることも出来ない。そしてこの二週間の間は夜の学校へと行っていない。それはつまりそのときアオイさんも学校には行っていないということで、アオイさんの仕業ではないということの証拠であった。

 しかしそう考えれば考える程、桜の言うことはおかしかった。


「だったら櫻井さんが言ってた『アオイさん』って一体誰なんですかね」

「それは私にも分からないよ。その噂だって私の知らないところで勝手に広がったんだから」

「噂が勝手に広がったってアオイさんが何かしたからじゃなかったんですか?」

「それはないよ、私はただ学校いただけ。私が人に危害を加えたことなんて一度もないよ」

「じゃあどうしてそんな噂が……」


 深くは考えたことはなかったが確かに妙なことだった。考えてみれば今まで彼女がイタズラをすることはあっても、人に危害を加えるような行動をすることはなかった。総合的に考えても彼女が誰かを鏡の中に引きずり込むなどあり得ないのだ。


「これ以上は多分考えても分からないですね」

「そうだね」

「だからここはその手の話に詳しい助っ人を呼びましょうか」

「助っ人……もしかして女の子?」

「違いますよ。アオイさんもよく知ってる人です」


 そう言うと圭太は机の上に置いてあるスマートフォンを手に取り、助っ人に連絡をした。

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