38 アオイさん防衛作戦会議

 プールに行った次の日、圭太はアオイさんを一階のリビングに呼んで大事な話を切り出そうとしていた。彼の顔は普段よりも神妙でアオイさんはごくりと息を呑む。


「それでちょっと良いですか、アオイさん。ものすごく大事な話があります」


 圭太に促されたアオイさんはソファに座り、それを確認した圭太は再び口を開く。


「アオイさん、大変な事態になりました」

「大変な事態って……一体何があったの?」


 アオイさんは圭太を少し心配した表情で見つめる。


「……実はアオイさんの正体が昨日プールに一緒に行ってた櫻井さんにバレてたんですよ」


 圭太としては結構重要な話だったのだが、それを聞いたアオイさんはどこか拍子抜けしたような顔をしていた。


「えーとうん、それは多分大丈夫だよ。今までもそういうの何度かあったからね」

「……でもそれで謎の研究員がアオイさんのことを知って、アオイさんが謎の施設に連れて行かれたらどうするんですか?」


 そんな圭太の心配に若干呆れながらもアオイさんは言葉を返す。


「流石にその心配をされたのは死んでこの方一度もないよ。そもそも私って幽霊だし捕まらないんじゃないかな」


 対して圭太は更なる心配を口にする。


「アオイさん、それは違いますよ。世界には多分謎の組織が沢山あって、多分謎の研究も沢山してるんです。幽霊を捕まえる技術だってあるかもしれませんし、幽霊を捕まえにそれこそ黒服の黒いサングラスかけた体の大きい男の人達がこの家に押し入ったとしてもおかしくはないんですよ!」

「……流石にそれは考えすぎじゃ」

「いえ、これは考えすぎなんかじゃありません! アオイさんと出来るだけ長く一緒に過ごすためにも考えなければいけない問題です」

「……私と長く一緒に過ごす」


 圭太の宣言にアオイさんは若干頬を緩ませる。何を思ったのかは分からないがとりあえずこの宣言に彼女が否定的でないことは確かだった。


「そうです。そのためにもどうすれば良いのかを一緒に考えましょう、アオイさん」


 その言葉で決心がついたのかアオイさんは一度深呼吸をする。


「分かったよ、私も圭太君と一緒にいたいからね。その話乗ったよ」

「アオイさんならそう言ってくれると思ってました。じゃあ早速櫻井さんに連絡を取って三人で話し合いましょうか」

「……ちょっと待って圭太君、連絡を取るってもしかしてその櫻井さんって子の連絡先知ってるの?」

「はいそれは……」


 突然アオイさんの様子がおかしくなったと感じた圭太は一先ず相手の様子を窺う。そうしているとアオイさんは自らの体を震わせながら、多少の怒気を含んだ視線をこちらへと向けてきた。


「……私の知らないところで女の子と連絡先を交換してたんだ」


 言葉から察するに彼女の知らないところでクラスメイトの女子と連絡先を交換していたことが気に入らなかったのだろうか。寧ろそれ以外には考えられない。


「はい……アオイさんの正体について知っている人をそのままには出来ないですし……」

「その気持ちも分かるけど、やっぱり私には一言欲しかったかな」

「はあ……」

「でも圭太君もいちいち私に報告しないといけないの面倒だよね」

「それはそうですね」

「だから私考えました」


 話が段々とおかしな方向になっている気がするが黙ってアオイさんの言葉を待つ。しばらくして何故か再び頬を緩ませた彼女は続きの言葉を言った。


「私が二十四時間、おはようからおやすみまでずっと圭太君の隣で監視するっていうのはどうかな? もちろんお風呂の時とか、お手洗いの時もコミコミのお得なプランだよ」


 アオイさんのまさかの提案に圭太は少しの間言葉を失わざるを得ない。それはつまりプライベートの消失そのもので到底受け入れられるものではなかった。


「却下です」


 アオイさんの正体がバレたことについて対策会議がどうしてそういう話になったのか分からないが、とりあえずは櫻井桜、彼女に連絡を取ることで決まった。しばらく間、アオイさんが放心状態だったのはあまり気にしない方が良いのだろう。


◆◆◆


 後日、連絡を取った後すぐにOKの返事がきた櫻井桜をアオイさんと一緒に駅前で待っていると駅からこちらに軽く頭を下げながらやってくる彼女の姿が見えた。しばらくしてこちらまでやって来た彼女にまずは『今日はいきなり呼び出してごめん』と一言謝罪の言葉を言う。すると彼女はチラリとアオイさんの方に視線を向けながら『大体どういう理由で呼び出されたかは分かっているつもりです』とこちらの目的を既に察しているような言葉を返してきた。


「じゃあ早速だけど、どこで話そうか。下手に人の多い場所だとあれだし」

「ここから新海君の家は近いんですよね?」

「そうだけど」

「だったら新海君の家で話し合いませんか。そっちの方が新海君も落ち着いて話せますよね?」

「でもクラスメイトの女子を家に上げるってなんか……」

「嫌ですか? でも美人な幽霊さんは家に上げるどころか一緒に住んでますよね?」

「それは……」


 桜の最後の一言が決め手となって話し合いの場所は我が家──新海家で決定した。女子を家に上げるのは何となくいけないような気がしたのだが、彼女の言う通り確かにアオイさんは家に上げるどころか一緒に住んでいるので今更と言えば今更だった。


「じゃあ新海君行きましょうか。アオイさんも今日はよろしくお願いしますね」

「う、うん」


 今不可視モードであるアオイさんが見えるということは本当に見える人だということで、それまでなんとなく心の中にあった『もしかしたら本当は見えていないんじゃないか』という淡い期待は見事に砕け散っていた。最もこの状況で例えアオイさんが見えていなかったとしても初めアオイさんの正体について問われたときに否定出来なかった時点で手遅れなことには変わりないのだが。


 とにかくこの話し合いが凶と出るか、吉と出るかは彼女──櫻井桜にかかっていると言っても過言ではなかった。彼女から噂が広がれば今までように平穏過ごすことが出来なくなる可能性だってある。だから圭太としてはただ彼女がいい人であってくれと願うことしか出来なかった。

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