36 アオイさんとのプール②
「ここって本当に市民プールなの?」
目の前には市民プールとは思えないような外観をした大きなドーム型の建物があった。もはやそれはテーマパークといってもいい気がするのだがその建物は正真正銘、市が運営している市民プールである。
「あちゃー夏休みだからやっぱり人多いか」
「そうですね、でも仕方ないですよ。このプール、市民プールなのに市民プールな感じがしないって人気ですから。中でたまにイベントもやってますし」
市民プールについて早々そんな会話をする凛と桜。どうやらこのプールは相当な人気があるらしかった。五百円という安い値段でこの外観、きっと中もすごいのだろう。
「おい、圭太ちょっと」
未だ見ぬ市民プールの内装に期待を膨らませていると突然後ろから昴に声をかけられる。その声に返事をしながら振り返れば、昴は少し緊張した面持ちで頬を掻いた。
「あのよ、アオイさんってどんな水着なんだ?」
普段の昴らしくない女々しい質問に圭太はそういえばと昴がアオイさんに好意を抱いていたことを思い出す。ただそれでも昴の質問はいつもの彼らしくなかった。
「それだったら今からプールだし、自分の目で確かめればいいんじゃ……」
「バカヤロー、圭太! そんなこと出来るわけないだろ!」
語気を荒らげる昴はそれからすぐに『すまん』と小さな声で謝罪し、言葉を続ける。
「……考えてもみろ、俺はまだアオイさんと今日を含めてもまだ二回しか会ってないんだぞ? そんなやつがまじまじと水着を見てたら、その……気持ち悪いだろ?」
「それは……」
確かに昴の言っていることは正しいような気がした。誰だって見知らぬ人に自分の体をまじまじと見られるのは気持ち悪い。ただアオイさんにとって昴は見知らぬ人ではなかった。彼は知らないだろうが、ほぼ毎日一方的にだがアオイさんは昴と顔を合わせているのだ。だからというわけではないが、アオイさんが昴に対して彼が想像しているようなネガティブな反応をすることはほとんど考えられなかった。それにそもそもアオイさんはそんなことを言うタイプではない。
しかしこれをどう昴に伝えたものか悩んでいると、既に自分の世界に入って『どうすればいいんだ……』と頭を抱える昴の後方から冬馬がやや疲れた顔でこちらへと歩いてくる。
「圭太、昴の言うことは全部聞き流して良いからな。コイツさっきからこんな感じなんだ」
移動中二人で何か話しているとは思っていたが、どうやらそのとき冬馬は昴の話をずっと聞かされていたらしい。それにしても昴がアオイさんのことになるとここまでおかしくなるとは圭太としても驚かずにはいられなかった。
「おーい三人ともそこで何やってるの? 私達は先に中に入ってるよ」
少しして市民プールの方から凛の声が聞こえてくる。先程から凛に拘束されているアオイさんを含めた女子三人はそれからすぐに建物の中へと入っていった。
「とにかく圭太、昴は放っておいて俺達は行こう」
「でも……いいの?」
「ああ、コイツなら放っておいても何の心配もいらないだろ」
少し可哀想な気もしたが今の状態の昴を相手にすることを考えると、自然と足は建物の方へと向かっていた。
◆◆◆
水着に着替え終えた圭太、冬馬、そしてあの後すぐに着替えてこちらに合流した昴の三人はプールの更衣室近くで先に着替えに入ったにも関わらずまだ着替え終えていない女子三人を待っていた。
ちなみにここの内装は見る限り市民プールではなくウォーターパーク、そのものだった。流れるプールはもちろん、ウォータースライダー、そして期間限定で『びしょ濡れ!? お化け屋敷』なる看板を掲げた建物もあったりした。これだけあってワンコインで入場出来るとは一体どういうことなのか、不思議に思うのはきっとここに来た人だとごく自然なことなのだろう。
それはさておき、しばらく待っていると聞き慣れた声が更衣室の方から聞こえてきた。どうやら女子三人が着替えを終えたらしい。
「さぁ泳ぐぞぉ!」
気合いたっぷりにそう宣言する凛はこちらを視界にいれるとすぐさま走り寄ってくる。残りの二人は普通に歩いてきた。
「ごめん、もしかして待たせちゃった?」
「いや僕達もちょうど今着替え終わったところ。そういえば結局それを選んだんだね」
お決まりのやり取りをした圭太はそれから少し顔を赤くしながら小さな声で言う。
「あ、うん新海君がせっかく似合ってるって言ってくれたからね」
対して凛も意外に直球な言葉に弱いのか照れ臭そうに視線を下に移す。
その時、横からいきなり人影が現れた。
「えいっ!」
現れた人影──アオイさんはそんなことを言いながら圭太と凛の間に手を入れる。いきなりのことでビックリした圭太が『いきなり何をするんですか』という意味を込めてアオイさんを見ると彼女はそれから何をするでもなく、ただオドオドしていた。
「えーとあのこれは……あの、ちがくて」
アオイさんが必死に言い訳を始めるとそれに対して凛が怒ることはなかった。寧ろ彼女は……。
「もう、アオイさんはなんでこんなに可愛いんですか? もしかして嫉妬ですか? 私を殺す気何ですか? うぅう可愛いっ!」
悶えていた。どことなく苦しそうな彼女に『大丈夫?』と声を掛けようとするが、彼女はすぐに悶え状態から復帰する。
「あ、新海君。今のは何でもないから気にしなくていいよ。それとアオイさんってお持ち帰りOKなのかな?」
最後の質問にとりあえず駄目と返事をした圭太は次に少し顔が赤いアオイさんの方へと向き、事情聴取を始める。
「それでアオイさんはどうしてあんなことしたんですか?」
「それは……そう、丁度そこに手を入れやすそうな隙間があったからだよ」
すぐに視線を逸らすアオイさんの様子を見る限り、彼女が嘘をついていることは確実だったが、これにはきっとやむを得ない理由があるのだろうとそう思った圭太はそれ以上何も聞かないことにした。
「ほら圭太君、あっちにウォータースライダーがあるよ。まずはあれに乗ろう!」
「そうですね」
きっとアオイさんにも言えないことの一つや二つはあるのだ。だがどうしてだか、そう納得したとき少しだけ寂しい気分だった。
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