34 アオイさんは水着を選びたい②
「おーい、遅かったじゃねぇか、圭太」
「一度家に帰ってたんだから仕方ないだろ、昴」
目的地に着くと昴と冬馬が待っていた。これは分かる。
「お、ようやく来たね。新海君」
「どうも今日はよろしくお願いします」
しかし結城凛、そして普段から彼女とよく一緒にいる
「どうして二人がここに?」
気になって聞いてみれば……。
「私達も新しい水着探しに来たんだよ。それで偶々高坂君達を見つけて、新海君も来るっていうから一緒に待ってたの」
という返事が返ってきた。どうやら彼女達と昴達が一緒に待っていたのは偶然の結果らしい。
「だから新海君、今日は一緒に水着を選ぼうよ!」
「うんそれは良いけど」
「だったら善は急げだよ。行くよ、桜」
普段のアオイさんのような凛の高いテンションに少しだけやりにくさを感じながらも圭太は彼女達に続いて店内へと入った。
店内に入ると様々なスポーツ用具が見渡す限り並んでいた。テニスのラケットに野球のグローブ、それらを見流しながら目的の水着コーナーへと向かう。
「思ったよりも結構種類があるな」
「確かにな、今度妹とも行くか」
「何しに行くんだよ」
「そりゃ妹の水着を買うために決まってるだろ」
「お前それマジで言ってるのか? 冬馬」
「ああ本気だが、それがどうした?」
「いや別にいいんだけどよ……」
シスコンである冬馬はともかく、昴の言う通り水着コーナーには様々な種類の水着があった。競泳用の水着から普通の水着、ざっと見ても数百種類はあるだろう。
「すごいね、ここ」
「そうだよ、ここは何故か水着に力を入れてて凄いんだから」
心の声を口から漏らすと、それに反応して凛が得意気に胸を張る。彼女が何故得意気なのか、圭太には分からないがこの状況を楽しんでいるということだけは伝わってきていた。
「じゃあここからは各自自由行動ってことで」
少しすると昴はそう宣言して一人でどこかに行ってしまう。それに続いて冬馬もいなくなり、男では圭太だけが取り残されていた。
「新海君、良かったら一緒に回らない? 水着を選ぶときって男の子の意見が参考になるし」
凛の言葉に、彼女の隣にいた桜もうんと頷く。そんな反応をされては圭太が断れるはずもなかった。
「僕で良かったら」
「ありがとう、じゃあ早速」
手を引かれるがままに圭太が女物の水着コーナーへと行くと、そこには可愛いらしい様々な水着が並んでいた。胸元にフリルがあしらわれたデザインのものやワンピースタイプのもの、それからワンショルダーものとそこはパッと見ても男を拒絶しているような、そんな印象を受ける場所でどうにも圭太は居心地の悪さを感じていた。
「あ、これ可愛い。新海君はどう思う?」
「うん、似合うと思うよ」
「そう? じゃあ試着してくるね」
気まずいながらも凛を試着室へと送り出すと誰かにトントンと肩を数回叩かれる。
「ねぇ圭太君、これどうかな?」
その声に振り返るとそこには水着姿のアオイさんがポーズを決めて立っていた。いつの間にという驚きが先行するもすぐに気恥ずかしさへと上書きされる。いつもより布面積が少ない水着は彼女の白い肌と決して小さくはない胸を引き立てていてどうにも直視することが出来なかったのだ。とにかく普段の彼女と水着姿の彼女とでは訳が違った。
「良いと思います……」
顔が熱くなるのを感じながらもなんとか返答すると、アオイさんは心配そうにこちらの顔を覗き込んで来る。
「顔が赤いけど熱でもあるの?」
「いやそうじゃないですけど……」
「そうじゃないって言われても……本当に熱とかじゃないの?」
「……はい」
「だったらもしかして私の水着姿に見惚れてたとか? なんてね……」
「……」
冗談っぽく笑うアオイさんに図星を突かれて黙ってしまうと、彼女は一瞬驚きの表情を見せ、それからすぐにニヤニヤと表情を緩ませ始める。
「そっかそっか、圭太君はこういうのが好みなんだね」
「いや、そういうわけじゃ」
反論すると彼女は何を思ったのか、今度は自らの胸をこちらの腕へと押し当てて来た。彼女の侵略行為に抗うように必死でもがくが彼女の力は想像以上に強く、抜け出すことは叶わない。
「遠慮しなくても良いんだよ。圭太君は男の子なんだから」
「そう言われても遠慮しますって……」
「遠慮なんて無用だよ、新海君。さぁ見たままの感想を私に」
突然聞こえたアオイさんとは違う声に視線を声がした方へと移す。そこ──カーテンが開いた試着室には丁度着替えを終えたのだろう凛が片手を腰に当てて立っていた。胸元にフリルがあしらわれた淡いピンク色を基調としたデザインのビキニを身に纏った彼女はアオイさんとはまた違った魅力があって、こちらもまともに見ることが出来ない。しかし、だからと言って今自分の唯一の役目である水着を着た凛と桜に対して率直な意見を言うという仕事を全うしないわけにもいかなかった。
「……似合ってると思う」
凛、そしてアオイさんから少し視線を逸らして言えば……。
「ねぇちゃんとこっち見て言ってよ!」
凛は少し不満げな顔でそんなことを言って来る。恥ずかしさをこらえて言われた通り彼女の方を見ると、彼女と目が合った。
「どう? この水着は」
「さっきも言ったけど似合ってるよ」
今度こそと素直に感想を言えば、彼女はホッと息を吐く。
「ふむ、新海君の赤い顔を見る限りどうやらその言葉は本当みたいだね」
「いやこれはちがくて……」
「うん、良いよ良いよ。新海君は一応男の子なんだから。じゃあちょっと別のも試してみようかな」
そう言うと凛は一度試着室のカーテンを閉める。そのタイミングで背中に鋭い痛みが走った。
「圭太君はいつから浮気男になったのかな」
鋭い痛みの正体はアオイさんのつねり攻撃、どうやら彼女は少しの間自分が放置されていたことに怒っているようだった。
「仕方ないじゃないですか。意見を求められたんですから」
「でも鼻の下伸びてたよね」
「いや伸びてないですって」
「言い訳は聞きたくないよ。やっぱり今回のプールは想像してたより危険なんだよ。考え直そう、圭太君」
アオイさんはこちらにしがみついたまま、まるで野良猫のように周囲を警戒していた。『石橋を叩いて渡る』という言葉があるが、クラスの女子とプールに行くことに対して彼女の場合は石橋を叩きすぎて橋を破壊してしまうくらい考えすぎというか、慎重だった。
「まるで別人ですね……」
聞こえてきた言葉に声を辿るとそこには凛の友人である桜がいた。そんな彼女の視線は自分ではなく何故かアオイさんの方に向いているような、そんな気がした。
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