33 アオイさんは水着を選びたい①
「じゃあ新海君、プールに行くのは夏休みに入ってすぐの水曜日でどう?」
夏休み直前の木曜日の教室、結城凛が机まで来て言った言葉がこれだった。それは以前約束したプールの約束。どうやら日程についてのことを決めたいようだった。
「うん、水曜日で問題ないよ。多分他の三人も大丈夫だと思う」
「OK、それで行こう。じゃあまたね」
バイバイと手を振る凛にこちらも手を振り返す。そんな光景を隣で見ていたアオイさんは何故か少しだけ機嫌が悪そうだった。
「アオイさん今の聞いてましたよね。日にちは大丈夫ですか?」
「もちろん大丈夫だよ。……でもやっぱり危険じゃないかな」
突然そんなことを言うアオイさんに圭太が『いきなりどうしたんですか?』と返すと彼女は真剣な面持ちで言う。
「だってプールだよ? もしかしたら圭太君がナンパとかされちゃったりしたら……私どうすれば」
しかしアオイさんの心配は要らぬ心配だった。今までそんな経験など一度もないし、そもそも自分は男だ。それだけでナンパされない理由としては充分だろう。それよりも寧ろ今回はアオイさんの方が心配だった。
「それを言うんだったらアオイさんの方が心配ですよ。今回は他の人にも見えるようにして行くんですよね?」
「確かに
「それそんな技名みたいだったんですか?」
「どう? カッコいいでしょ? 私ネーミングセンスには結構自信あるんだよね」
ふん、と胸を誇らしげに張るアオイさんに圭太は呆れるしかない。
「ところでどうして私の方が心配なの。私は普通に泳げるけど」
「違いますよ、そういうことじゃなくてナンパです、ナンパ。アオイさんは誰が見ても普通に美人なんですから」
「私のことを美人って……ついに圭太君にもデレ期が来たんだね!」
勝手に一人で盛り上がるアオイさんの顔は若干ニヤけていて、少し面倒なことになりそうだと悟った圭太は諦めのため息を吐く。
「それでどういう所が美人だと思う?」
予想通り来た面倒な質問に圭太は『全部です』と答えると彼女は『な、何恥ずかしいこと言ってるのさ!』と言いながら顔を赤くさせる。なんというか褒めなさすぎても、逆に褒めすぎても駄目というのは控えめにいってもかなり面倒だった。
「じゃあ僕は日程のこと昴と冬馬に伝えに行きますからね」
顔を赤くしたまま機能停止しているアオイさんにとりあえず行き場所を伝えて圭太は彼女から離れた。
◆◆◆
そして放課後、部室に顔を出した圭太は昴と冬馬──主に昴に詰め寄られていた。
「おい圭太、アオイさんが来るって本当なのか!」
「うん、そうだけど」
「それで俺もプールに誘われたっていうのも本当なんだよな?」
「それは前にも言ったと思うけど」
「つまりアオイさんと俺は顔を合わせるってことなんだよな?」
「だからそうだって……」
「来たぞ、これは俺の時代が来た!」
圭太と冬馬を置いて一人で勝手に盛り上がる昴に圭太がこれ以上何も言葉を返すことが出来ずにいると冬馬が『いい加減にしろ』と昴を正気に戻す。
「おお、わりぃな二人とも。それで今日の同好会なんだが……」
昴は一度そこで言葉を止めて自分のリュックを漁る。そして中から一枚のカラフルな紙を取り出した。よく見るとそれは近くのスポーツ用品店のセールチラシだった。
「今日はここに行って水着を新調しようと思う」
絶対に今考えたような提案だが何も言わない。それは圭太も水着を購入しようと思っていたためで、この提案は丁度良かった。
「何も言わないってことは異論がないってことだよな。よし、じゃあ早速買いに行こうぜ!」
「それは良いけど、ちょっと家に帰ってもいいかな?」
「お、どうした? もしかしてアオイさんも一緒に来るのか!」
「いやちょっと洗濯物を干したままだったから」
「そうか、圭太はそこに直接来れるよな?」
「うん、前に行ったことあるからね」
「じゃあ俺達は先に行ってるからよ。用事が終わったらそこに直接来てくれ」
昴はそれから冬馬に『じゃあ俺達は行こうぜ』と声をかけると冬馬を連れて部室を出ていってしまう。残された圭太も家に帰ろうと部室を出るとアオイさんに声をかけられた。
「圭太君はこれから水着を買いにいくんだよね?」
振り向くと少し楽しそうな顔をしたアオイさんがいた。
「はいそうですけど、何でそんなに楽しそうなんですか?」
「うんちょっとね。ところで圭太君は水着の正しい水着の選び方って知ってる?」
「正しい水着の選び方って……サイズとかですか」
「違うよ、圭太君は全く分かってないね」
チッチッチッと指を振るアオイさんは一度離れてからこちらに指先を向けてくる。
「仕方ないから私が圭太君に似合う水着を選んであげるよ!」
一瞬何を言ってるんだと思うもすぐに先程の楽しそうな顔を思い出す。多分先程の顔は自分が水着を選びたいとそういう顔だったのだろう。
「それだったらわざわざ僕の水着じゃなくて自分の水着を選べばいいんじゃないですか?」
言葉の通り、わざわざ人の水着を選ばずに自分の水着を選べばいいとそう思ったのだが、アオイさんはまたもや指を振る。
「もちろんそれもアリだけど、やっぱり圭太君にはどんな水着が似合うのかっていう方が気になるよね」
うんうんと一人頷くアオイさんの言葉に一瞬寒気を感じた圭太は当たり前のことを質問をした。
「まさか僕に女物の水着とか着せようとしてませんよね……」
当たり前のことを質問をした、そのつもりだったのだがアオイさんはかなり動揺していた。まるで本当にそうしようとしていたのではと思うほどの動揺っぷりに圭太も呆れるしかない。
「そ、そんなことあるわけないよ。ヤダナ、ケイタクンカンガエスギダヨ」
「後半全部片言ですけど」
とにかくアオイさんの邪悪な野望には乗らないとして今は早く家に帰らなければいけない。二人をいつまでもスポーツ用品店に拘束するわけにはいかないのだ。
「ほらアオイさん、行きますよ」
「あ、待ってよ。圭太君」
窓から見えた空は夏らしくまだ明るい。この分なら明るいうちに買い物を済ませられそうだった。
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