32 柚葉のお出かけ③

 地獄の着せ替え審査会が終わり、圭太は近くのベンチで休憩していた。着せ替え人形と化してから早二時間、圭太の気力と体力は底を尽きていた。


「……疲れた」

「すみません、少しやり過ぎたかもしれません。あとこれどうぞ」


 流石に柚葉もこれはやり過ぎだと思ったらしく心配そうに声をかけてくる。それと同時に飲み物も渡してきた。


「ありがとう、貰うよ」

「いえ、これはお詫びというか、なんというかそういうものです。あのときは少し自分の制御が効かなかったので……」

「……確かに服を選んでるときの柚葉ちゃん、すごいノリノリだったもんね」

「それは本当に申し訳なかったです」


 そう言って申し訳なさそうに頬を掻く彼女はかなり反省しているようで怒る気にもなれない。まぁ今回デートは柚葉と楓の二人がメイン、この件は二人へのサービスということで水に流しても良いのだろう。


「……ところで赤木君はどこに行ったの?」

「赤木君ならお手洗いですよ」

「それなら丁度良いかもね」

「何が丁度良いんですか?」

「いやこれまでで赤木君のことどうかなって思ったから」

「あーそういう意味でしたか。そうですね……」


 少し考える素振りを見せるが、表情はあまり変わらない。つまりそういうことなのだろう。


「赤木君のことはもちろん嫌いじゃないですし、寧ろ好きな方の部類に入りますけど、私にはやっぱり分からなかったです」


 今日一日必死に考えた結果がきっとこれなのだろう。彼女なりに考えて悩んで導き出した答え。残念だがこれが彼女の本心なのだ。


「赤木君的には残念だね」

「それは……せっかく告白していただいたのに申し訳ないとは思っています。でもまだ私には恋愛というのが分からないんです」


 『おかしいですよね』と同意を求めてくる柚葉は少し辛そうで、一体彼女がこのことでどれほど考えたのか想像もつかなかった。


「そっか、じゃあ赤木君への返事は……」

「はい、圭太さん。今日は私に付き合ってくれてありがとうございます。圭太さん、今日はもう疲れたでしょうから帰っても大丈夫ですよ。赤木君には私から言っておきますので」


 柚葉に真剣な顔でそう言われれば従わないわけにはいかず、素直に帰路につく。おそらく彼女はこれから楓という男に告白の返事を言いに行くのだろう。


「最後まで見届けなくて良かったの? 圭太君」


 帰路についてから少ししてアオイさんからそんな言葉をかけられる。圭太にはアオイさんの言葉がまるで柚葉を心配しているように聞こえていた。


「はい、あの二人のことなら後は柚葉ちゃんに任せておけば大丈夫です」

「それもそうかもね。ここから先は私達が関わらない方が良さそうだもんね」

「そうですよ、告白の返事なんて誰にも聞かれたくないですよ」

「それって圭太君の体験談?」


 何故か少し悲しそうな顔でそう質問される圭太はとりあえず『どうしてどうなるんですか』と言葉を返しておく。実際のことを言うと告白の経験は無いこともなかった。まぁ相手はどれも男なのだが。


「だって圭太君の言い方そういう言い方だったじゃん。お姉さん気になるよ、教えてよ」

「嫌です」

「嫌ってことは告白されたことあるんだね。酷いよ圭太君、私というものがありながら」


 わざとらしく落ち込むアオイさんがこちらに絡んでくるのが少し面倒になった圭太はだったら逆にとアオイさんに対して質問をする。


「だったらアオイさんはどうなんですか? 告白されたこととかあるんですか?」

「えっ!? 私?」


 突然切り返しにアオイさんは慌てふためく。どうやら逆に質問が飛んでくるとは考えもしなかったらしい。


「私はあ、あれだよ。モテモテだったから当然……」


 言葉の途中で突如としてアオイさんは顔を俯け、黙り込んでしまう。そんな彼女が少し心配になった圭太が彼女の顔を覗き込むとそこでは真っ赤な顔をした彼女が恥ずかしそうに目を瞑っていた。この反応は多分嘘を言おうとして止めるも、途中まで言ってしまったために後戻り出来なくなってしまったということなのだろう。


「無いんだったら良いですよ、アオイさん」

「別に無いこともないよ。ほら、圭太君と初めて会ったときだって言ってくれたよね。行くところが無いんだったら俺の家に住みな……って。それってもはや告白みたいなものだよね」

「誰ですかそのダンディーな人。僕そんなこと言ってませんよ」

「言ってたよ! あとお前のハートは盗んでも良いのかい? ダンディ……っていうのも言ってたよ」


 楽しくなったのだろうか、ふっと煙草をふかす仕草をしながらキメ顔をするアオイさんはとても清々しい良い顔をしていた。


「そろそろ僕も怒りますよ」

「はは、やっぱりバレた?」

「バレるもなにもそもそもその人は誰なんですか」

「えーと昔見たドラマのダンディなおじさんなんだけど、知らない?」

「そんなドラマがあったんですね」


 どこの層に向けてのドラマなのか考えるもよくは分からず、なんとも言えなくなる。その様子を見ていただろうアオイさんはジェネレーションギャップでも感じたのか突然別の話を始めた。


「ところで今日の晩御飯はどうする? 私も手伝うよ」

「そういえばもうそんな時間でしたね。何にしましょうか……アオイさんは何か食べたいものとかあります?」

「えーとね、唐揚げかな」

「アオイさんって結構わんぱくな食べ物が好きですよね」

「唐揚げが好きで何が悪いのさ」

「悪いとは言ってませんよ、ただ……」

「子供っぽいっていうのは許さないよ?」


 先読みして釘を刺してくるアオイさんは勝利の笑みを浮かべていて、まさにそれを今言おうとしていた圭太は口をつぐむしかない。

 それから少しして近くのスーパーが目の前に見えると圭太はスーパーを指差して、アオイさんの方へと顔を向けた。


「買い物をしましょうか」

「そうだね、そこで食べたいもの決めれば良いよね」


 アオイさんの言葉に『そうですね』と一言返して圭太はスーパーの入口へと向かう。そのとき圭太はまだ女装したままだったのだが、そんなことは今日一日女装していたことを考えるとほんの些細なことだった。それに彼が男であると疑う者は多分現れないのだろう。

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