31 柚葉のお出かけ②

「結構泣けましたね」

「そうだよね、新井さんは普段からこう言うのとかよく見たりするの?」

「そこそこ見ます。逆に赤木君はどうですか?」

「俺はあんまり見てないけど、たまには良いな」


 柚葉と楓の二人は先程見た映画の話で盛り上がっていた。確かに映画はかなり泣けるもので全体的に完成度が高かった。結果的にはこの映画を選んで正解だったのだろう。そして本題の楓の人となりについてだが映画中の彼は映画に集中する柚葉を気づかってか、チラチラ見ていたりはしたが手を繋ごうとかそういうのはなかった。その様子を見る限り彼はかなり純粋な男のようだ。これならば冬馬のお眼鏡に叶うかもしれない。


「それで圭花ちゃんはどうでしたか?」

「……ん? あ、うん。すごい泣けたね」

「そうですよね、じゃあいい時間ですからご飯にしましょうか」


 そう言って柚葉と楓が先に行く中で圭太はその場で立ち止まっていた。


「あれ、圭花ちゃん来ないんですか?」

「ちょっと先に行ってて!」

「分かりました。じゃあ私たちは近くの雑貨屋にいますのであんまり遅いようなら連絡下さい」


 というのも……。


「げいだぐぅん……ティッシュちょうだい!」

「はいはい、少し落ち着いて下さい。まずは深呼吸ですよ、深呼吸」


 アオイさんが映画を見てからずっとこんな調子だったのだ。話を聞く限りどうやらアオイさんは泣ける話にめっぽう弱いらしかった。感受性が豊かというか、彼女らしいといったららしいのだが。


「アオイさん、ティッシュですよ」

「ありがどぉう、げいだぐん……」


 直後にズズズッと鼻をかむ音が聞こえる。そんなやり取りを何回か繰り返すと徐々にアオイさんの調子は戻っていった。


「もう一枚要りますか?」

「ううん、もう大丈夫だよ。本当にありがとうね」


 まだ少し目が赤いが、彼女の言葉がしっかりと聞き取れるようになっているのでもう大丈夫なのだろう。


「全くアオイさんは仕方ない人ですね」

「どういう意味?」

「アオイさんは知らなくて良いことですよ。じゃあ人も待たせてますし、早く行きましょうか」


 本当に手のかかる人だと言おうとしたのだが、あとが面倒なので黙っていることにした。というより黙っていたのは寧ろ今の方がアオイさんらしいとそう思ったからかもしれない。


 それから雑貨屋で柚葉と楓の二人と合流し、スマートフォンで近くの飲食店を探す。だがしかし、検索に引っ掛かる店は数えるほどしかなかった。


「ごめん、探したけど近くにファミレスくらいしかなくて……そこでもいい?」

「私は大丈夫です」

「俺も大丈夫です」


 二人の返事を聞いたあとファミレスへと向かい、店員に連れていかれた席に着いて注文を済ませる。


「そういえば外食って久しぶりかも」

「そうなんですか? 圭花ちゃん」


 ふと思ったことを呟けば、それに柚葉が食いついてきた。


「いつもは家で作ってるから」

「……作るって圭花ちゃんはお料理が出来るんですね。すごいです!」

「ちょっとだけだよ。そんな大したものは作れないから」

「それでもですよ。家庭的な女の子はモテますよ?」

「それは……」


 分かっていなかったのだろう。言ってから慌てて柚葉は口を塞ぐ。


「あの……ごめんなさい」

「いや、悪気がないのは分かってるから良いよ。ところで今日はこのあとに何かまだあったりするの?」


 気まずくなるのを避けて話を変えれば柚葉は突如としてフフフッと不敵な笑みを浮かべる。どうやらまだ何か他に行く予定のところがあるようだ。


「ありますよ、とっておきです」

「とっておきなんて楽しみだな。ですよね、新海さん」

「うん、そうだね……」


 だがどうにも胡散臭いというか、何か裏がある気がしてならなかった。まるでなにか良からぬことを企んでいるかのような笑いに恐怖していると柚葉がニコッと笑顔を浮かべる。


「そうですか、楽しみにしてくれて何よりです。じゃあ食べたら行きましょうか」


 そう言った柚葉の真意が分かったのは実際にそのときが来てからだった。



「じゃあこれから服を見に行きますよ、二人とも」

「それって俺がいてもいいのか?」

「寧ろ赤木君がいた方が男の子側の意見が聞けて良いんですよ。ですよね、圭花ちゃん」

「そう……だね……」


 悪い予感は的中していた。女装をさせられた上に服を見に行くなど着せ替え人形のように扱われる未来が見えている。かといってここで帰るのはこのデートの雰囲気を壊してしまうことに繋がる。


「じゃあ行きましょうか、圭花ちゃん、赤木君」

「はい……」


 回避策を考えるも結局何も浮かばず、圭太は服を見に行くことしか出来なかった。


 そして店に来て早々、予想していた良からぬことがさっそく起きた。


「それで圭花ちゃん、出来ればこれを着てみてもらえませんか?」

「でもそれって……」

「良いじゃないですか。今は圭花ちゃんなんですから」

「でも……」

「ほら、試着室はあっちですよ。あとこれとこれとこれも持っていってください」


 柚葉に様々な服を渡され、試着室へと押し込まれる。これはもう着ていくしかないということなのだろう。男で女物の服を着せられるというのは中々複雑であった。


「初めはどれから着ていく? 私的にはこのチェックのやつを来てもらいたいな」

「アオイさんは外で待ってて下さい」


 とりあえず中に入り込んだ不埒者を外へと追い出し、再びどれから着るかを考える。さっきアオイさんを外へと追い出した時に見えた柚葉の期待するような目。逃げ場はもうない。自分の恥を捨てるしかなかった。まず手始めにさっきアオイさんが着て欲しいと言っていた少し大きめのチェック柄シャツと白のトップス、デニムのショートパンツのセットを手に取る。流石に足の露出が激しければ相手も引くはず、少し不本意ではあるがこれで着せ替え人形とはおさらば出来るかもしれない。


 そう思ったのだが実際に着てみると自分でも驚くほど違和感がなかった。


「どうしてこうなった……」


 想像ではもっと男らしさが全面に出て、服とのアンバランスさが目立つと思ったのだが鏡の中の人間は自分でいうのもなんだが完璧に着こなしていた。似合っていることに喜べば良いのか、それとも似合ってしまったことに嘆けば良いのか、よく分からない心境になっていると外から『もう良いですか?』という声がかかる。


「大丈夫だけど……」


 少し控えめに許可を出すと勢いよく試着室のカーテンが開かれる。外には柚葉の他に楓、アオイさんもいた。


「さて、どんな感じに……ってなるほどやはり私の目に狂いはなかったようですね」

「すごく似合ってますよ、新海さん」

「圭太君、私の選んだやつ着てくれたんだね。私はもう思い残すことなんてないよ」


 左から柚葉、楓、アオイさんの順にどこかのコンテストのようなコメントを残していく。どうやらそういうシステムらしい。


「じゃあ次お願いします。圭花ちゃん」


 そう言って試着室のカーテンを閉める柚葉は人を惹き付けるような笑顔を浮かべていて、少しだけ冬馬がシスコンになった理由が分かった気がした。それとまだまだ悪夢は終わらないようだった。

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