30 柚葉のお出かけ①
土曜日の朝十時前、学校近くの駅前にあるベンチでは黒髪ロングの少女が顔を赤くして座っていた。恥ずかしさに悶えているその少女の正体はウィッグを被っただけの圭太。彼は当初の予定通り女装していた。
「圭太君、良いよ! サイコーだよ!」
「止めて下さい。これ結構恥ずかしいんですから」
いつものように圭太の隣にいるアオイさんは色んな角度から彼を見ていた。『家でもずっとこの格好だったら良いのに……』と呟いているあたり彼女は今の圭太の格好が相当気に入っているらしかった。そして一方圭太は足元の心許なさにワンピースとはこんなにも頼りないものなのかと今更ながら女装したことを後悔していた。
「すみません待ちましたか、圭太さん。やっぱり似合ってますね、その白のワンピース。次も清楚系で攻めましょうか」
それからようやく柚葉が待ち合わせ場所にやって来たのだが、彼女はついて早々次のことについて提案してきた。気持ち的にはもう二度とやりたくないので丁寧に断ると……。
「分かりました。だったらボーイッシュな感じにします」
「いやそういう意味じゃないよ?」
「じゃあ何が良いですか? お姉ちゃんは結構色んな服持ってますよ!」
この前に会ったときよりもテンションが高い彼女に圧倒されていると、彼女の後ろから遠慮がちに声を掛けてくる男が現れる。
「新井さん、ごめん。待ち合わせの場所じゃないけど偶然見かけたから」
「あ、もう来てたんですね。私達も今から待ち合わせ場所に行こうとしてて」
声を掛けられた柚葉は後ろを向くと、すぐ相手に返事をする。どうやらこの男が彼女に告白をした男らしい。第一印象としては運動神経が良さそうな好青年といったところだろうか。
「それでそちらの人が……」
「ああ、この前話した私の友達で
柚葉の紹介に合わせ一歩前に出てからお辞儀をする。ちなみに名前は柚葉が考えていた。
「初めまして、新海圭花です」
なんとか自己紹介は出来たがどうだろうか。もしかしたらもうバレているかもしれない。そう思って顔を上げるがその心配は必要なかった。
「ど、どうも俺は
彼はこちらが男だと一ミリも疑っておらず、寧ろ顔を赤くしていた。なんだか少し複雑な気分なのは気のせいでないのだろう。一先ずバレていないことが一番、そう納得して柚葉に耳打ちする。
「それでこれからどうする予定なの? 僕これからのこと全く知らないけど」
圭太には何も詳細が知らされていなかった。待ち合わせ場所だけを知らされただけで他には何も知らない。少し雑な気がしたが今更だった。
「そうですね、まずは映画館に行きますよ。それにしてもやっぱり圭太さんバレなかったですね」
「僕としてはちょっと複雑だけど……」
「でもそれだけ可愛いってことじゃないですか」
「そうかな……」
いつぞやのアオイさんが言ったようなことを言われて少し考えてしまう。確かに嫌われるよりはマシではあるが、それでも生まれたときから男なのだ。可愛いと言われるのはどうしても抵抗があった。
「そんなに深く考えないで下さい。さぁ行きますよ」
とにかく今回の目的は今いる楓という男の人となりを知るのと、もしものときの柚葉のボディガードだ。あまり他のことは考えずに行こう。そう心に決めて柚葉のあとについていった。
それから少し歩いて、駅近くにある建物の中の映画館へと来た圭太は気まずさを感じていた。
「あの新井さん、どの映画見るの?」
「来てから決めようと思ったんですけど、今からだとこれしかないです」
そう言って柚葉が指差したのは恋愛映画だった。確かに付き合っていない男女同士で見るには少しハードルが高い映画のジャンルだろう。だがしかし、恋愛映画こそ赤木楓という男の人となりを見るには最適なのだ。その人が片思い中なら尚更だった。
「わ、私はそれが見たいです」
圭太は慣れない私口調で恋愛映画を見ることに一票入れる。こうすれば二人が恋愛映画を見ることに少しは抵抗が無くなるのかもしれないと、そう思って。
「圭花ちゃんがそう言うなら……。どうですか赤木君?」
「俺も大丈夫だよ」
「じゃあ私チケット買ってくるね」
なんとか狙い通りになったことに少し満足感を得ながらもチケットを購入するために一人自動券売機へと並ぶ。しばらくして自分の番が来ると、そこで知らない人の声が耳に届いた。
「ねぇどんな映画見るの? 良かったら俺と一緒に見ない?」
その声は男のものでどうやら男はナンパをしているようだった。少しだけナンパされている人が気の毒だが、こればっかりは自分にはどうしようも出来ない。気にせずチケットの購入を進めていると、声はさらに近づいてくる。
「ねぇもしかして聞こえてない?」
流石に煩くてチケットを購入したあと、後ろを向いて男を確認するとその男はこちらを向いていた。
「おお、やっとこっち向いてくれた。やっぱり君可愛いよね」
どうやらナンパされているのは他の誰でもない自分のようだった。
「圭太君にナンパなんて百年早いよ。圭太君にナンパして良いのは私だけなんだからっ!」
アオイさんのそれも少し違う気がするが、今の彼女には威嚇することしか出来ないのだろう。一体どうしたものかと困り果てていると、男はこちらの手を強引に掴んでくる。
「ほら、一緒に行こうよ。奢るからさ」
「いやちょっと……」
抵抗するも力では叶わず、もう駄目かと思ったその時どこからか知ってる人の声が聞こえて来た。
「新海さん!」
声がする方へ顔を向けると、そこには楓がいた。彼はこちらの様子を見るとすぐさま駆け寄ってくる。
「すみません、その人俺の連れなんです。その手を離してもらえませんか」
「なんだよ、彼女も嫌がってないだろ?」
そう言って男はこちらを見るが、当然そんなことがあるはずもなく全力で首を横に振る。
「嫌がってますよね。スタッフの人呼びますよ?」
最後に言ったこの言葉が決め手となったのか、男はぶつぶつ何かを言いながらも足早にこの場を去っていった。それにしても自分よりも年下の男子に助けられるとは圭太としては情けなさを感じざるを得ない。
「大丈夫ですか? 新海さん」
「うん、大丈夫」
「帰りが遅いから心配しましたよ。それでチケットはもう買いましたか?」
「それならここに」
「だったら早く行きましょうか。新井さんが待ってますよ」
「はい……」
なんというか今は穴があったら入りたい、そういう気分だった。その理由は言わなくても分かるだろう。
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