29 中学生の色恋沙汰

「お、柚葉じゃないか。こんなところまで来るなんてそんなに俺に会いたかったのか!」

「違います」


 部室の扉から現れた冬馬と柚葉の間では開口一番そんなやり取りがされていた。今の冬馬の態度は圭太からしてみれば見慣れないものだったが、柚葉の反応をみるにこれがいつも通りの冬馬なのだろう。それにしてもこちらが知る彼と家での彼は全く違うようだと圭太は驚かざるを得ない。


「てか冬馬、早く中に入ってくれ」

「ああ、すまん。昴」


 ここで冬馬に続いて昴が部室の中へと入ってくる。彼はこちらを見ると『今日は圭太もいるのか』と少し驚いた表情をしていた。そんな昴に対して柚葉は席を立ってペコリとお辞儀をする。


「初めまして、昴さん。私は新井柚葉と言います」

「おお、同好会の新人か?」

「違う、柚葉は俺の妹だ」

「……妹? 確かお前の妹はまだ中学生だろ?」

「多分姉貴から制服を借りてるんだろ」

「なんだ、そういうことか。てっきり同好会の新しいメンバーかと思ったぜ」


 昴が話し終えたところで少しの間静かだった柚葉がゴホンと咳をする。どうやらそろそろこちらの話を聞けとそういうことらしい。


「そろそろ本題を話してもいいですか?」


 許可を求めるというよりはほとんど命令に近い柚葉の言葉についつい口をつぐんでしまう。部室にいる全員が静かになったのを確認した柚葉はそれから一瞬迷うような表情を見せたあと口を開いた。


「大した話じゃないんですけど、少し相談したいことがありまして……」


 重々しい空気で切り出された話にごくりと唾を飲み込む。まるでこれから重い病気の告白でもするかのような表情の暗さに少し身構えていると、それからすぐに柚葉は続きを話した。


「……実は私、告白されたんです。それでどうすれば良いのかを聞きたくて」


 だが結果的には身構える必要はなかった。どうやらただの恋の相談のようだ。

 それにしてもどうして兄に報告する必要があるのか、そう思ったところでまさかと冬馬の方を見る。


「断りなさい。柚葉に恋愛はまだ早い!」


 柚葉と冬馬のやり取りを見ている限りだと報告する決まりになっていたらしい。だがあの冬馬だ、例え妹に浮いた話があったとしても許すとは思えない。だからなのか冬馬のやり方には納得が出来なかった。そしてそれは昴も同じようだったようで。


「あのよ、冬馬。それは少し強引じゃないのか。お前はただ妹さんに彼氏が出来るのが嫌だからそう言ってるだけだろ? そこに妹さんの意思はないじゃねぇか」

「それは……」

「お前はただ自分を押し付けてるだけだろ?」


 昴の最後の言葉が止めとなったのか、冬馬は少し嫌々ながらも柚葉に質問する。


「柚葉はその人のことがす、す、好きなのか?」


 まるで娘に初めて彼氏が出来た父親のように動揺している冬馬は今にも死にそうな表情をしていて、そんな冬馬に少し考える素振りを見せる柚葉はそれから『分からないです』と煮え切らない返事をする。

 それを聞いた冬馬はまだ好きだと決まったわけではないにも関わらず、冷や汗をだらだらと流していた。


「そんな馬鹿な……」


 ついに思考が停止してしまった冬馬の代わりに圭太が柚葉に続けて質問する。


「それで分からないってどういうこと?」

「はい、その人は普段から優しいですし嫌いではないのですが……」

「恋愛で言うと少し違うと」

「そうです、そうなんです! どうしてそこまで分かるんですか?」

「まぁ昔色々とね……」


 そう、昔ただ友達だと思っていた男友達に告白されたときもそういう感じだった。別に相手のことは嫌いではなかったのだが、やはり相手が男というのもあってどうしても受け入れることが出来なかった。彼女の場合も少し理由は違えど何か受け入れられない理由があるのかもしれない。


「そうですよね、色々ありますよね。余計なこと聞いてすみません」


 彼女にはどうやら気を使わせてしまったようで、圭太は慌てて『そんな大したことじゃないよ』と弁解する。


「それでどうしたら良いと思いますか?」

「問題はそこだよね」


 問題は最終的にどうするかに辿り着く。断るのは簡単だが、その後のことを考えると下手に断るわけにもいかない。どうするか、うんうんと唸っていると側で話を聞いていた昴が何か閃いたように手をポンと打った。


「あのよ、だったら圭太と一緒にその男を見てくればいいんじゃねぇか? その男と一回デートに行ってよ」

「でもそれって僕が邪魔にならない? それになんか相手を刺激しそうだし……」

「そこは心配するな、俺に考えがある」


 どこか嫌な予感がしながらもそのまま続きを促す圭太に昴は話の続きを言う。


「圭太が女装すれば何の問題もないだろ?」

「いや、問題だらけだよ。大体そんなのすぐにバレるに決まってるし……」

「昴さん、それ良い考えですね。圭太さんなら私大歓迎ですし、何より心強いです。それにお兄ちゃんも許してくれそうですしね!」


 何故か自分の言葉が無視されて話が進んでしまうことに焦った圭太はさらに反論を続ける。


「でも僕女性用の服なんて持ってないよ」

「それなら大丈夫だ。俺の姉貴の服がある。確か圭太と同じくらいの体型だから着れるだろ」

「そうですね、私から頼んでおきます」


 しかしついには冬馬までもが昴の話に乗っかってきた。さっきまで嫌な顔をしていた男が一体どんな心境の変化なのか、彼に聞いてみると……。


「実際俺も相手の男が気になるしな。この機会にどういう男なのか知っておきたい。それと、もしその男が柚葉に変なことしようとしても圭太がいるから安心だろ?」


 どうやら都合の良いボディガードだと思われているようだった。三人に迫られて断るに断れない状況の中、追い討ちで圭太の後ろにいた人物が言う。


「圭太君、女装やろう!」


 こうなればどう頑張っても圭太に逃げ場など存在しなかった。残された道は女装一択。それ以外にない。


「……分かったよ。でもあんまり無茶なことはしないでよ?」

「分かってます! 任せて下さい!」


 やけにやる気満々な柚葉と対称的に圭太は少しげんなりしていた。

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