28 圭太と天使な中学生

「そういえばそろそろ同好会に顔出さないと……」


 放課後、ふと頭を過ぎったのは現在加入している同好会──オカルト研究同好会のことだった。もう最後に行ってから既に二週間以上は経っていて行くに行きづらいが、そろそろ行かないと何か言われるかもしれない。


 仕方なく教室から廊下に出て校舎の三階へと向かうと、部室の目の前に一人の女生徒がいた。制服についているリボンの色から察するに一年生だろう。


「あの、そこはオカルト研究同好会ってところですけど何か用事ですか?」

「……!?」


 声をかけるとその女生徒はビクッと肩を震わせる。


「なんか挙動不審だよね」


 いつの間にか横にいたアオイさんの言葉に例の女生徒を見てみると確かにキョロキョロと、まるで何かから隠れているようで怪しかった。それに女生徒の顔にはどこか見覚えがあった。肩まで伸びた綺麗な黒髪と全体的におっとりとしたまだ少し幼い顔つき、それに身長も高校一年生の割には低い。傍から見ればそれはまるで中学生のようで、そう思ったところでふと頭の中に心当たりのある人物が一人だけ浮かんだ。


「もしかして冬馬の妹さん?」

「は、はい! すみません! 私はただお兄ちゃんに届け物をしたかっただけなんです」


 突然謝り始める女生徒、改め冬馬の妹はそれから慌てて弁解する。どうして中学生である冬馬の妹がこの学校にいて部室の前にいるのかは分からないが、きっと何か事情でもあるのだろうと彼女を見て、そう思った圭太は『大丈夫だよ。誰にも言ったりしないから』と相手を落ち着かせるようにゆっくりと言葉を発する。

 そのおかげか冬馬の妹はパチリと不思議そうに目を瞬かせた後、ホッと息を吐いた。


「ありがとうございます、。もしかしてお兄ちゃんのお知り合いですか?」

「えーと……そうかな。それと僕は男です……」


 まさかだった、まさか自分がお姉さんと呼ばれるときが来るとは思っても見なかった。そんなに自分は男に見えないのだろうかとアオイさんの方を向くが、彼女は何故か力強く頷いていた。とりあえずアオイさんよりもこちらの方が問題だと圭太は冬馬の妹の方へと顔を向ける。そうして見た彼女は今まで生きてきた中で一番驚いたとでも言いそうなほど驚いた顔をしていた。


「え!? 冗談ですよね。だって……」

「冗談じゃなくて本気なんだけど。正直なところ今僕は複雑な心境です」

「そ、そうですよね、すみません。私とても無神経なことを聞いてましたよね」


 冬馬の妹の言葉からはまだあまり納得していないような印象を受けたが、困惑の表情が消えた辺り無理やり自分を納得させたのだろう。それにしてもまだ女子に間違われることがあるとは。確かに中学生くらいの頃なら間違われることはあったが、あれから背も伸び、顔つきも男らしくなったはずなのだ。というかそうなっていないと困る。圭太としてはもう二度とクラスの男子から告白されるという悲劇は起こしたくなかった。


「大丈夫? 顔色悪いけど……」

「は、はい! 大丈夫です」


 心配してくれたのかこちらの顔を覗き込むアオイさんにハッと我に返る。どうやら自分の世界に入っていたらしい。


「いきなり大声を出してどうかしたんですか? えーと……」

「ああごめん、僕は新海圭太です。今のは気にしなくていいよ。独り言だから」

「そうですか、それなら良かったです? 遅れましたが私は新井ゆずと言います」


 冬馬の妹──柚葉はそう言ってペコリと頭を下げる。中学生とは思えないほどの礼儀の正しさに兄とは大違いだな、と本人が聞いたら怒りそうなことを思っていると、ふと本題を忘れていること気づいた。

 

「そういえば今更聞くんだけど、どうして柚葉ちゃんがここにいるの? それにその制服って……」

「それはお兄ちゃんにちょっと用事があって。それとこの制服は学校に潜入するためにお姉ちゃんから借りました」

「冬馬ってお姉さんいたんだ」

「あれ、聞いてなかったんですか? お兄ちゃんの二つ上ですよ」


 ということは一年生のとき、この学校にいたということになるのだが、今まで冬馬の口からそんな話題は一度も聞いたことがなかった。もしかしたら仲が悪いとかそういうことなのかもしれないが、特に何も言っていなかったあたり多分妹の話をすることに夢中になって姉の話をする機会を作れなかっただけなのだろう。そんなことを思っていると後ろから肩をちょんちょんと叩かれる。


「ずっとここに立ったままだけど部室に入らないの?」

「そういえばそうでしたね」


 アオイさんに促され一先ず部室の扉を開く。それから柚葉に向かって圭太は手招きをした。


「ずっとここで待ってるのも疲れるだろうし」

「はい、ありがとうございます。圭太さん」


 『失礼します』と部室の中に入っていく柚葉を圭太は近くの椅子に座るよう誘導する。それからお茶の用意をすると自分自身も部室内の椅子へと座った。


「お茶まで用意して頂いて、なんというか申し訳ないです」

「気にしなくて良いよ。家ではこんなのいつものことだし」

「兄弟がいるんですか?」

「まぁそんな感じかな、ちょっと子供みたいな人がいてね」

「大変なんですね」

「そうだね……」


 突然背中に寒気を感じて振り返れば、そこには怖い笑顔を浮かべたアオイさんがいた。どうやら無意識のうちに彼女をからかってしまっていたようだ。


「どういうつもりなのかな? 圭太君」

「えーと……」


 なんとか上手い具合にこの場を収める方法を考えていると、アオイさんはゴホンと一つ咳をして言う。


「私は子供みたいな人じゃなくて圭太君のお姉さんでしょ!」

「え、そこですか?」


 てっきりからかってしまったことに対して何か言ってくるのだと思ったが、予想外にもそうでなかったようで思わず驚きが口から出てしまう。


「そこってあそこに何かあるんですか?」

「え、いや、探してた物がちょうど今見つかって。騒がしくしてごめんね」


 なんとか柚葉を誤魔化した圭太は一先ずアオイさんを宥めるため発言の一部を訂正した。


「それとさっき家に子供みたいな人がいるって話だけど、あれって実は親戚のお姉さんのことなんだ」

「はぁ、そうなんですか……」


 柚葉からしたら何が言いたいのか分からなかっただろうが、アオイさんの方は納得してくれたらしく、うんうんと頷いていた。

 なんとなく今のやり取りで疲れた圭太がため息を吐くと、部室の扉付近から騒がしい声が聞こえてきた。部室の扉付近から聞こえるその声は圭太のよく知る声だった。

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